公開日:2023年5月19日

リサ・ラーソンの日本初公開作品からわかること。松屋銀座「リサ・ラーソン展 知られざる創作の世界─クラシックな名作とともに」レポート

スウェーデンを代表する陶芸家、リサ・ラーソンの個展が松屋銀座でスタートした。これまで日本で紹介されることのなかった作品も含めた約250点が展示される本展。会期は5月17日から6月5日まで

会場風景より

ミュージアムショップや街の雑貨屋へ赴けば、高い確率で目にするリサ・ラーソンの動物グッズ。陶製の置物にはじまりマグカップや文具など、丸々として愛らしい動物の佇まいは日本に多くのファンを生み出してきた。

そんなラーソンの国内4回目となる展覧会「リサ・ラーソン展 知られざる創作の世界 - クラシックな名作とともに」松屋銀座で5月17日にスタートした。キュレーションを担当したのはラーソン家の長男、マティアス・ラーソンと美術史研究家でリアン・デザイン・ミュージアム館長のルーヴェ・イョンソン。

会場風景より
会場風景より、《ネコ/大きな動物園シリーズ 現在の愛称:マックス》(1958-79) © Lisa Larson/Alvaro Campo

家族で作りあげた展覧会

1931年生まれのリサ・ラーソンは現在91歳。高齢により来日が叶わなかった本人に代わり、長女のヨハンナが開会式に登場し、3年ぶりに開かれた個展の喜びを次のように話した。「日本の皆様が母・リサの陶芸に興味を持ってくださっていることに心を動かされ、光栄に思っています。今回の展覧会では、弟のマティアスが貯蔵庫に眠っていた宝物の作品を見つけ出す本当にすばらしい仕事をしてくれました。そして美術史研究家のルーヴェ・イョンソンさんとともに作品をセレクトし、テーマにそってキュレーションを行いました。今回ルーヴェさんがリサの制作方法やモチーフを分析してくださったのでリサのライフワークが理解しやすくなっていると思います」。スピーチは「ありがとうママ、あなたのつねに湧き上がる想像力と制作意欲に感謝します」と、母・リサへの感謝の気持ちで締めくくられた。

会場風景より

会場は9章構成。ラーソンはその作家人生でシリーズ生産向けのデザインモデルを数多く手がけてきた。代名詞はやはり動物のフィギュアだが、1章では動物に加え女性、子供をかたどった名作が集合。コレクターなら誰もが知るであろう希少アイテムも展示される。

会場風景より、《ハイイロアザラシ/危機に瀕した動物たちシリーズ》(1977) © Lisa Larson/Alvaro Campo

まだ知られていない作家像に光を当てる

そうした「すでに知られているラーソン」ではなく、「まだ知られていないラーソン」に光を当てるのが本展が目指すところでもある。2章では1954〜80年、ラーソンがスウェーデンを代表する食器ブランド「GUSTAVSBERG(グスタフスベリ)」で筆による装飾に従事していた頃の器や花器。3章ではスウェーデンの家屋をモチーフとしたレリーフなどが紹介される。ユニークピース(一点もの)の作品からは手仕事の痕跡が感じられ、アーティストかつ職人とも言うべきラーソンの側面を浮かび上がらせる。また、その瑞々しい創造の萌芽はすでに学生時代から健在であったことが、6章に並ぶ初期作品からわかる。

会場風景より
会場風景より、《青いトリ(ユニークピース)》(1955) © Lisa Larson/Alvaro Campo

ラーソン作品は世界のなかでも特に日本に多くのファンがいると言われるが、本国スウェーデンではどうだったのだろうか? 5章「マスメディアの中のリサ・ラーソン」では、50年代のデビュー以来、マスメディアに頻繁に登場した大スター・ラーソンの一面が垣間見える。自身の作品だけではなく、家族や日常生活にまでカメラがフォーカスされている様を見ると、さながら現在のライフスタイルモデルのような存在だったことがわかる。

会場風景より

本展でもっとも作品点数が充実しているのは7章「レア&ユニーク:希少なるユニークピースの数々」だ。50年代より、量産型モデルのシリーズと並行してアトリエで制作されていたユニークピースの数々が揃う本章は、どれも思わず「かわいい!」と声を上げたくなるような、あるいは瞑想的で不思議とじっと見入ってしまうような存在感を放つ。

会場風景より、《花を持つ子ども(ユニークピース)》(1970) © Lisa Larson/Alvaro Campo
会場風景より、ともに《思索する(ユニークピース)》(左が1980年代、右が1970年代) © Lisa Larson/Alvaro Campo

なかでも、動物好きラーソンのエッセンスが詰まった「未知の動物たち」シリーズは、想像上にしか存在しない動物をかたどったユニークな作品群。本展限定グッズとして一部が商品化されているため、気になる方はミュージアムショップのチェックをお忘れなく。

ミュージアムショップで販売される「未知の動物たち」シリーズの限定フィギュア

長女のヨハンナが開会式で話した、ラーソンの「つねに湧き上がる想像力と制作意欲」は新たな素材の探究からも見ることができる。8章「新しい素材への挑戦」では、ガラスやブロンズによる作品が登場。涼しげなガラス製のネコ《ネコ/自由な動物たちシリーズ》(製造1970年代)や、童話小説『親指姫』をモチーフとしたブロンズの《親指姫》(1978)は一見すると陶のイメージが強いラーソンによる作品とはわからないが、所有欲が刺激される魅力は共通。実際に、限定商品として鋳造されたブロンズ塑像のシリーズは現代のコレクターたちが大きな関心を寄せているそうだ。

会場風景より、《ネコ/自由な動物たちシリーズ》(1970年代) © Lisa Larson/Alvaro Campo
会場風景より、《瞑想/思想家》(1978) © Lisa Larson/Alvaro Campo

本展は、ラーソンと影響関係にあったグンナルの作品に着目した9章「リサとグンナル─芸術家同志の語らい」で締めくくられる。ラーソンには、52年に結婚してから2020年に先立たれるまでともに生活し、仕事をしてきた芸術家の夫・グンナルがいた。グンナルの作品は抽象画、風景画、レリーフなど多彩だが、いずれも北欧の冷たく澄んだ空気を宿すような穏やかな作風が魅力的。アーティスト同士、互いの作品をどう見てどのようなコミュニケーションがなされていたのか、作品点数は少ないながらも興味がかきたてられる章になっていた。

会場風景より

会場には「かわいい」が溢れているが、初公開作品からは「かわいい」の後ろにある職人性、創造へのパッションなど、アーティストの多面性を堪能できる本展。この後は秋田・アトリオン(7月8日~8月27日)、北海道立帯広美術館(9月9日~11月19日)、滋賀県陶芸の森陶芸美術館(2024年3月2日~5月28日)、岐阜県現代陶芸美術館(2024年6月~8月)へ巡回予定だ。

会場風景より、《日本女性》(1958-73) © Lisa Larson/Alvaro Campo
会場風景より、左から《雌鳥/レグホーンシリーズ》(1968年以降)、《雌鶏/レグホーンシリーズ》(1984) © Lisa Larson/Alvaro Campo
会場風景より
会場風景より

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。