上海を拠点に活躍するアーティスト、Ling Meng(リン・メン、以下リン)の、世界で初となる個展が渋谷のDIESEL ART GALLERYで開かれている。
リンは中国の大学でコンピュータ・サイエンスを学んだ後、オーストラリアでマルチメディアを学び、帰国後は広告代理店でアート・ディレクターとして働きながら、自身の作品を制作してきた。現在は、フルタイムのアーティストとして活動している。
この経歴からも想像できるように、リンの制作ではアートと科学の融合が大きなテーマとなっている。これまで、植物、鉱石、土、花など、地球を構成する自然物を用い、インスタレーション、タイポグラフィー、写真など多岐に渡る技法を用いて作品化を行ってきた。
今回の展覧会は、彼の世界観を形作る5つのシリーズで構成されている。まずは、“Winter of Shanghai – Plant Specimens”。これは植物の標本のシリーズで、採集した植物を押し花にし、標本のように額の中に納めた作品だ。といっても、いわゆる標本とは異なり、リンの洗練されたセンスによって一つ一つがまるで絵画のような構成と色使いによって配置されている。昨年末頃までに上海で採集したという植物にはまだ鮮やかな色が残り、紫陽花の花びらからはみずみずしさすら感じられる。けれども、やがて時間が経てば乾燥が進み、色が落ちていくのは免れない。標本になった時点で、植物はいったん死を迎えているが、今この瞬間の状態を閉じ込めた標本の上にもまた時間が流れていく。つまり、これらは植物の標本であると同時に、「時間」そのものの標本でもあるのだ。
「自然は『時』の経過によって作られ、そして『時』は自然の標本によって保管される」。たゆみなく流れ行く時間の一部を切り取ることで、保存できるのではないか。そう考えたリンの回答の一つがこの作品なのだ。
今回の展示で床に広がる“Soil Carpet”は、4種類の異なる色の土による造形。黄土色、ピンクといったカラフルな土は、離れたところから見ると絨毯のようにも見える。
そして3つ目が、“Earth Ore”(地球の鉱石)というシリーズ。衛星画像を、鉱石の形に切り抜いた作品。まるで宝石のように美しい鉱石に変身した地形画像は、それはそのまま現実の地球の「標本」でもあるのだ。
そして、今回の展示の中でも異色なのが、“Soliloquy”。磁器で作られた、鳥の死骸と眠る赤ん坊の彫刻によるインスタレーション。すべてリン自身の手で形成したという繊細な彫刻には、身体や頭の部分に穴が開いている。そして、開いた穴からは骨が覗いているのだが、よくみると、鳥には人間の骨が、そして赤ん坊には鳥の骨が入っている。作家によると、動物や植物にも感情があるように感じられることがあり、同じように、人間も時に動物のように本能だけに従って振舞うことがあるという点に着目し、動物も植物も人間も、命を持つものとして、どちらが偉いということはなく同等の存在なのだというメッセージを込めている。また一方で、この作品の背景には、人間は死後生まれ変わると来世では鳥になるかもしれないし植物になるかもしれないという、輪廻転生の思想もあるという。これこそが、リンの制作の中心となる哲学である。
最後に、砂鉄で描かれた幾何学的な造形“Magnetism”。幾何学模様は彼の作品によく登場するモチーフだ。理系出身で、デザイナーでもある彼のセンスが余すところなく発揮された作品であり、科学の法則が作り出す美に見とれずにはいられない。リン曰く、彼にとって一番大事なのは、扱っている主題そのもの。まず、主題となる存在があり、それをどのような手段で作品化するか考える段階で、自分が表現したい形態を実現するのに最も適した技法を考える。器用で、グラフィックデザインから作陶から何でもできてしまう彼だが、技法ありきではなく、哲学ありきなのだと。ただし、リンの作品を見て、それをどう受け取るかは、見る人に自由に考えてほしいという。
自然を通して世界と人間を見つめるリンの視線には東洋的な思想の片鱗も感じられるが、それは中国やアジアというローカリティというよりも、彼の世代(1980年生まれ)に通じるユニバーサルな感性である。
なお、リンのインスタグラムを見ていただくと、彼の世界観がよりよく分かるので、ID: Ling_Meng_07でぜひ検索してみてほしい。
公式ウェブサイト
DIESEL ART GALLERY Ling Meng [Specimens of Time -時間の標本- (スペサマンズ・オブ・タイム)]展