公開日:2022年6月8日

李禹煥の初期作から最新作が集結。8月開幕の「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」会見レポート

日本で初めての李禹煥の回顧展とも言える展覧会の会見の様子をレポート。国立新美術館で8月10日から11月7日まで。

李禹煥

2022年8月10日に国立新美術館で開幕する「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」。その開幕に先駆け、6月8日に記者発表会が行われた。

コロナ禍で2年ぶりとなる国立新美術館の対面記者会見でもあった本会見には、逢坂恵理子(国立新美術館館長)、米田尚輝(国立新美術館主任研究員)、そして今回個展を行うアーティストの李禹煥(リ・ウファン)が出席。展覧会紹介と対話が行われた。

日本では2005年に横浜美術館で行われた「李禹煥 余白の芸術展」以来の個展であり、李にとって東京の美術館では初個展となる本展。初期から最新作までを網羅的に展示し、「日本で初めての李禹煥の回顧展と言ってもいいのではないか」と話すのは、担当学芸員の米田尚輝。作品点数は全58点からなり、展示の前半が彫刻、後半は絵画で会場が構成される。

左から国立新美術館主任研究員の米田尚輝、李禹煥、国立新美術館館長の逢坂恵理子

李禹煥の代表作である「関係項」が集結

展覧会冒頭を飾るのは、李にとって最初期作品となる連作《風景Ⅰ》《風景Ⅱ》《風景Ⅲ》(すべて1968)や、オプ・アートに影響を受けた《第四の構成A》(1968)など、ビビッドな色彩の作品たちだ。これらの作品を手がけた1968年は、作家の代表シリーズのひとつである「関係項」が誕生した重要な年でもある。本展の見どころは、ガラス、鉄板を素材に人々の視覚に懐疑の目を向ける《関係項》(1968/2019)、作家がその場にいたという痕跡が刻まれた《関係項、原題:現象と知覚B》(1968/2022)をはじめ、様々な「関係項」が一堂に会する様子だ。

記者会見の様子

「関係項」とは、すべての「もの」は単体で存在しているのではなく関係性によって成り立っているという李の思想を反映した作品シリーズ。ひとえに「関係項」と言っても、硬軟対照的な素材の特性を浮き彫りにした作品や、アメリカのミニマル・アートに接近した作品、そのほか、正面性が強調された作品、自然環境との諸条件を活用した作品など、じつに多彩なシリーズであることがわかるだろう。

2018・22年制作の《関係項─エスカルゴ》は、鏡面仕上げの作品内部に入り込むことで人間の無限への恐れ、希望を体感できる作品。体験を通して李の思想に触れたい。

いっぽうの絵画のセクションでは、「関係項」と並んで作家の代表作として知られる絵画「点より」、「線より」シリーズなどを展示。壁面に直接絵画を描く《対話─ウォールペインティング》も国立新美術館版が披露され、展覧会の最終章は大型の最新作が締めくくるという充実のラインアップになっている。

記者会見の様子

李が会見で語ったメッセージ

会見では、米田が李に質問を投げかけるかたちで対話が行われた。まずは、東京で作品を見せることについて、李は次のように語った。

「私の生まれは韓国ですが、60年以上日本に住み、学んだところも作家としての出発も日本でした。人生が黄昏に差し掛かるいま、始まりの場所(東京)に戻れることはありがたい。ただ僕は、外をほっつき歩いたということもあって、国家の保護をほとんど受けることがなくインディペンデントに孤独に戦ってきました。それは大変厳しい、つらい道でした」。

李は、既成概念を疑い、近代が作り上げたものを壊し、作品を通して新たな地平を見つけようとする自らの試みを「不穏な異議申し立て」と表現し、それゆえに批判も多かったと振り返る。しかしその後風向きが変わっていったという。

「欧米で4〜50年間走り回りましたが、最初は理解されず馬鹿にされることも多かったです。けれどそのうちアジアや世界的な価値観、ものの見方が変わってきました。自分のロゴスでもある、外部や他者といった要素を作品や自らに取り入れることが重要じゃないかということが理解され、いろんな地域で認められ、欧米でも似た作品が出てきたという実感があります」。ここで作家が語る「他者」や「外部」は、李が故郷を離れ、欧米諸国で人々や異なる価値観とぶつかりあうなかで出てきた言葉だと強調した。

会場では、若い鑑賞者やアーティストに向けたメッセージも語られた。

「若い世代はAIなどのテクノロジー、グローバルで新たな知識に囲まれ、生き方自体が新しくなっている。ただ僕は、その生き方でこぼれ落ちるものがあると思う。なかでも重要なのが身体。身体は曖昧だけれど、内と外を切り結ぶ大切なものです。思想家の吉本隆明は『言葉は内臓から出すべき』と言っているが、身体を振り返り、意識し、身体から発する表現を身につけてほしいです」。

そして最後に、「日本に安住しないで世界に出かけたり、外で戦い、もっと大きな問題提起することが大事」と激励した。

もの、関係、他者について絶え間ない思索を続け、半世紀以上走り続けてきた李。その歩みに広い会場でじっくりと向き合える本展は、今年見逃せない展覧会のひとつになるだろう。

李禹煥

*展覧会は国立新美術館の後、兵庫県立美術館に12月13日〜2023年2月12日巡回予定。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。