戦後日本美術において「もの派」を牽引し、人ともの、ものとものとの相互関係を問う表現を続ける李禹煥(リ・ウファン、1936〜)。「もの派」以前の視覚の問題を扱う初期作品から新たな境地を開く新作までを鑑賞できる初の大規模回顧展「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」が、国立新美術館の開館15周年記念展として開催中。会期は8月10日から11月7日。
コロナ禍により国立新美術館では2年半ぶりとなった対面での開館式。李にとっては2005年以来の17年ぶりとなる日本での個展となる。2019年より館長をつとめる逢坂恵理子(おおさか・えりこ)は、「描かくことと描かないことが両立している作品群は多面性や両義性に満ちています。一人ひとりが作品と向き合い五感を開いて、それぞれの出会いを見出してほしい」と語った。
1936年韓国に生まれた李禹煥。哲学や文学に専心し、ソウル大学校美術大学を経て日本大学卒業後の1960年代後半から、本格的に作品制作を開始。初期には視覚の不確定さを問い、人工素材や自然物をそのままに組み合わせ提示する「もの派」としての活動を進めていく。既存の芸術のイメージや文化的意味から解放された表現を求め、人ともの、もの同士の相互関係を重要視した。近年ではグッゲンハイム美術館やヴェルサイユ宮殿などで個展を開催するなど、国際的に活躍している。
李自身が構成を考案した本展は、彫刻と絵画の2セクションに分けられ、1960年代の最初期の作品から最新作までを時系列で追うことができる。たとえば彫刻では代表作「関係項」シリーズ、絵画では《風景 I, II, III》、野外展示場には石とステンレスが用いられた大型作品が公開されている。
2014年にヴェルサイユ宮殿で発表されたアーチ作品のヴァリエーションとして制作された新作《関係項—アーチ》。本作品は李自身が30年以上前に冬の松本で見た虹から想起された。「雨上がりの田舎道を歩くと道を挟んだ向こうに小振りの虹がかかる。とても幻想的でドキドキ。こんな作品が作れたらなと。そんなことも忘れ寒いベルサイユをうろついていると、ふと思い出して良いアーチをつくれた」と語る李。ステンレス製のアーチの両脇には石が置かれ、さらにその下にステンレス板が設置されている。その上を歩く鑑賞者は、アーチをくぐるたびに、周囲の風景が絶えず新たに更新されるという体験をすることになる。
フランスで2017年に初公開された《関係項—棲処(B)》。ル・コルビュジエ作のラ・トゥーレット修道院内で展示されることになった本作で、「コルビュジエ建築に逆らうダイナミックなもの」を李は目指したという。鑑賞者が歩くたびに荒々しくぶつかり合う石片の音を作品の一部とし、その動きや隙間などから、空間全体が生き物の息吹のように感じられる作品となっている。
《関係項—サイレンス》は、空間にどっしりと置かれた石とその石に静かに見られているような白いキャンバスで構成される。李は、「無機物同士だが、組み合わせることによって有機物のようになっていく感覚を体感してほしい」と語る。
絵画セクションでは、「もの派」の出発点である錯視現象の表現や、キャンバスに描かれた作品と展示空間の途切れのない全体が生み出す空間表現を体験することができる。
李の初期作品群《線より》《点より》では、地塗りされたキャンバスに規則正しく線や点が描かれている。繰り返される点、次第に薄くなる線から、また次の線へと移り行く反復表現は、李の時間への関心が強く顕れた作品となっている。無限の概念を表すシステマティックなこの表現は10年にわたって続き、李の創作の軌跡を示す重要な一部となっている。
空間に浮いたようにも見える作品、《対話—ウォールペインティング》は壁に直接描かれている。白から黒へのグラデーションはないものからあるものへの暗示しており、李の言う「余白現象」が展示室全体に広がることを体感できる。
素材そのもののありように注目し、ものともの、人とものとの関係性を追い求めてきた李の「関係項」シリーズは見る者の五感に語りかける。
本来の機能が果たせない曲げられたゴム製メジャーと、その上に設置された3つの石から成る《現象と知覚A 改題 関係項》は、視覚の不正確性を表す。隣に展示された《構造A 改題 関係項》は鉄板でつくられた立方体のなかに、綿がつめられている。膨張する綿と相反する素材である鉄があえて組み合わされた表現は、もの同士の関係を問い直している。
《関係項—プラスチックボックス》は南フランスにあるアリスカンという古代ローマ墓地にて2021年に発表された作品。3つのプラスチック製の円筒容器は、それぞれ地球の構成要素である水、土、空気を含んでいる。この作品に関し、李は「文明批判的」だと語る。自然物のすべてが人工物で閉じ込められ、色電球で照らされた作品は人間が遮断されていることを暗に示しているという。そのいっぽうで、容器に収めきれない外部の自然物の存在をも暗示するこの作品は、自然と宇宙が完全に閉じ込められることはないと、鑑賞者に気づかせる。
自己と他者、あるものとないもの、描くことと描かないことの終わりのない相関関係を、シームレスにつながった展示空間と、ものと人が響きあう表現によって実現した、ダイナミックな本展。李は、「これからももう少しは頑張ってやっていきたい」と短かなコメントで開会式を閉じた。語る言葉以上に作品空間で身をもって体験してほしいという気持ちが感じられる。李の言う「身体の五感でみる無限感」を、本展に実際に足を運び体感してほしい。