公開日:2023年3月16日

特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」(国立民族学博物館)レポート。カラフルでかわいいだけじゃない、「民衆芸術」の歴史とパワー

「なぜラテンアメリカの民衆芸術はこれほど多様なのか」を考える充実の展覧会。会期は3月9日~5月30日。

展示風景より。「生命の木」と呼ばれる陶器のオブジェ

古代文明の遺物から現代のアート・コレクティヴの作品まで

大阪の国立民族学博物館で、特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」が開催されている。会期は3月9日~5月30日。

ラテンアメリカでは、民衆のつくる洗練された手工芸品は「民衆芸術」(スペイン語でArte Popular=アルテ・ポプラル)と呼ばれる。本展では、北はメキシコから南はアルゼンチンまで、古代文明の遺物から現代のアート・コレクティヴの作品まで、国立民族学博物館が所蔵する作品を中心に約400点を展示。

「第1章 民衆芸術と出会う」「第2章 民衆芸術の誕生:ラテンアメリカ形成の過程 」「第3章 民衆芸術の成熟:芸術振興の過程」「第4章 民衆芸術の拡大:記憶と抵抗の過程 」「第5章 ラテンアメリカ世界の多様性」の5つのパートで、「なぜラテンアメリカの民衆芸術はこれほど多様なのか」という問いを掘り下げていく展示構成となっている。

民衆芸術との出会い

展示風景より

第1章の展示室に入ってまず目に入ってくるのは、カラフルでなんとも愛らしい玩具や楽器たち。最初に頭に浮かんだ感想は、「かわいい!欲しい!」。ラテンアメリカの民衆芸術は、生活の中で使われる実用品や、宗教的行事に使われる儀礼用品などがベースになっているが、観光客に向けたお土産品や、海外の蒐集家のための装飾品として発達していった側面もある。そう考えると、思わず欲しくなってしまうのも当然なのかもしれない。

展示風景より

冒頭で紹介した「民衆芸術(Arte Popular=アルテ・ポプラル)」という言葉だが、本展ではこの言葉が意識的に使われ、その意味を再構築する試みが行われている。展示を見始めたときはただそのかわいさに魅了されるばかりであった私も、見終わった後にはこの言葉に特別な意味を感じるようになった。ここから、その過程を振り返っていこう。

展示風景より

第2章では、民衆芸術を「諸文化の伝統的な造形表現」という意味でとらえ、民衆芸術の誕生と形成の過程を見ていく。メキシコからコスタリカにかけて発展したメソアメリカ文明と、ペルーを中心にエクアドルからチリとアルゼンチン北部にかけて広がるアンデス文明の遺産である土器や織物からは、コロンブス到達以前のアメリカ大陸の造形を知ることができる。

展示風景より

先史時代から続いたこれらの文化は、1492年のコロンブス到達以降、ヨーロッパ、アフリカ、アジアから渡ってきた人々の文化と混淆し、複雑化していく。16世紀以降、多くの先住民族は植民地統治によって文化の喪失を余儀なくされたが、外来文化を積極的に取り入れて変容してもきた。20世紀半ば以降はさらに、販売することを目的に商品としてつくられる作品が増え、表現が多様化していった。

展示風景より。パナマのサンブラス諸島を中心に居住する先住民族・グナによる、「モラ」と呼ばれる手芸作品。向かって右のマネキンの上衣の模様のモチーフは、選挙ポスター。作り手が興味を持ったものがなんでもモチーフになるのがモラのおもしろさ。
展示風景より

先住民族と外来者の間で混血が進み、新しい文化が形成されていった様子は、キリスト教信仰に関する習慣に如実に見ることができる。近年、ディズニー映画『リメンバー・ミー』でも題材となり広く知られるようになったメキシコの「死者の日」の祭壇を再現したコーナーでは、信仰に対する強いエネルギーが伝わってくる。

展示風景より。メキシコでは11月1日と2日の「死者の日」に、日本のお盆のように、亡くなった家族の霊が生前の自宅に戻るとされている。家庭では祭壇がつくられ、遺影と十字架、戻ってきた霊をもてなすための食べ物や酒などが供えられる。

ラテンアメリカの民衆芸術には、ヨーロッパやアフリカだけでなく、アジアの文化も多く取り込まれている。メキシコの漆器は、日本からの影響を強く受けており、現地で漆器を指す「マケ」という言葉は、日本語の「蒔絵」に由来すると言われる。

展示風景より。メキシコの漆器「マケ」には漆は使われておらず、植物の種子や昆虫から出る油が使われいてる。

芸術振興策による成熟期

20世紀前半に、民衆芸術は新たな展開を迎える。メキシコとペルーで国家による芸術新興活動がおこり、手工芸品の芸術性を強調する文脈で「民衆芸術」という名称が公式に使われ始めたのだ。第3章では、この芸術振興策を通じて成熟していった作品を紹介する。

展示風景より。「生命の木」と呼ばれる陶器のオブジェ。もともとはキリスト教のテーマを表現するものだったが、現在ではさまざまなテーマでつくられる。展示されているこちらは、職人の世界がテーマになっている。

メキシコとペルーの政府が、展覧会の開催や博物館の設立、作品のマーケティング支援など、さまざまな面から芸術活動を支援し、優れた作品が数多く生まれたこの時代。制作技術の親から子への継承や、集落内での共有も盛んになり、メキシコのメヒコ州の陶器や、ペルーのアヤクチョ県のレタブロ(箱型祭壇)など、現在も代表的な位置を占めるジャンルが確立されていった。

展示風景より。「レタブロ」とは、ペルーのスペイン語で扉のついた箱型祭壇のこと。こちらも現在では宗教的なテーマだけでなく、さまざまなテーマでつくられる。写真は、手工業の職人の工房がモチーフになっており、レタブロを制作している様子も見られる。

そして、本展のポスターにいる「あいつ」も、この章で見ることができる。「あいつ」の正体は、「ヤギのナワル」。ナワルとは、メキシコの民間信仰で動物に変身するシャーマンを意味する。空想的な動物の姿を描く「アレブリヘ」の木彫で、このジャンルもまたメキシコの芸術振興策の中で盛んになったものだ。

展示風景より。手前が、本展のメインキャラクター的な役割も担う「ヤギのナワル」。奥は「コヨーテのナワル」。

記憶と抵抗の民衆芸術

私がいちばんの見どころだと感じたのが、これに続く第4章。「民衆芸術の拡大:記憶と抵抗の過程」と題されたこの章では、民衆芸術を「市民による批判精神の表現」としてとらえる。ラテンアメリカでは、1970年代から現在に至るまで、軍事政権や債務危機、新自由主義経済による格差の拡大などを背景に社会運動が活発化している。これに伴い、権力への抵抗や記憶の風化の阻止のために、作品がつくられるようになった。

展示風景より
展示風景より

一見するとほのぼのとしたタッチの作品だが、その背景には壮絶な体験がある。上の写真は、チリでつくられる手縫いのパッチワーク「アルピジェラ」。軍事独裁政権下での人権弾圧によって家族が「行方不明」となった女性たちが、暴力の記憶や民主主義の要求をテーマに制作したものだ。下の写真は、メキシコのオアハカ州の女性グループ「オルミーガス」がアメリカ合衆国への不法移住の旅の様子を刺繍したもの。彼女らの住む村では、こうした風景が日常の一部なのだ。

展示風景より。国際女性デーの3月8日を意味する「8-M」というタイトルが付けられた作品。西洋由来のフェミニズムでは捉えきれない多様な女性の存在を表現する。

最後の第5章では、仮面というひとつのジャンルに焦点を当て、ラテンアメリカ各地の作品を展示することで、その多様性を明らかにする。これまでの展示を振り返りながら仮面を見ていくと、ひとつひとつの顔が民衆のたどってきた歴史を語りかけてくるようだ。

展示風景より

「文化混淆の歴史」「公共政策」「市民の批判精神」の3つのキーワードから、ラテンアメリカの民衆芸術の多様性を見てきた本展。展示の最後には、コロンビア出身の人類学者 アルトゥーロ・エスコバルが提唱した、「プルリバース」(多元的世界)という概念が紹介されている。「多様性」という言葉が人口に膾炙し、なかば形骸化もしつつある昨今。「多様である」とはどういうことか、多様な存在が併存するとはどういうことか、改めて考えるヒントとして、ラテンアメリカの民衆芸術を見ることはいま必要なことなのかもしれない。

展示風景より

新原なりか

新原なりか

にいはら・なりか ライター、編集者。1991年鹿児島県生まれ、京都大学総合人間学部卒。その後、香川(豊島)と東京を経て現在は大阪市在住。美術館スタッフ、ウェブ版「美術手帖」編集アシスタントなどを経てフリーランスに。インタビューを中心とした記事制作、企画・編集、ブックライティング、その他文章にまつわる様々な仕事を行う傍ら、エッセイや短歌の本の自主制作も行う。