今年4月、来場者による損壊で公開中止になっていたクワクボリョウタの《LOST #6》。作家による修復作業を経て、9月8日から再公開することが発表されている。
同作は、約10年前からクワクボが取り組んできた、小さな光源を積んだ電車模型の移動と空間内に配置されたさまざまなファウンドオブジェによる影の変化を生かしたシリーズ。越後妻有里山現代美術館MonETに常設展示されてきた《LOST #6》では、新潟県十日町で使われてきた織物機具の一部や農機具などが素材となり、サイトスペシフィックなインスタレーションとして人気を集めてきた。
損壊が起こったのは今年4月21日。修学旅行に訪れていた中学生2名がクワクボの《LOST #6》とカールステン・ニコライの《Wellenwanne LFO》を破損。後者は事故直後の同月28日に仮復旧したが、前者は全損に近い状態のため公開休止になっていた。十日町市は、損壊の事実と経緯を明らかにし公正に調べる必要があると判断し、被害届を提出していた。
同件が報道されたことを受け、クワクボからは以下のコメントが寄せられていた。
まず、このような状況に僕が平気でいられるのは、多くの人が作品を愛してくれていることを知ったからです。支えてくれている皆さんに感謝しています。
暗い展示室で何が起こったのか、どうして生徒たちがこんなことをするようになったのか、自分はまだすべてを理解しているわけではありません。まだ中学生ですから、これからの発言や対応には注意深くありたいと思っています。考えてみれば、誰でも若いうちはちょっとした失敗をするもので、今回結果だけ見れば一線を越えていたかもしれませんが、それでも誰かに怪我を負わせたわけではありません。確かに作品は完全に破壊されましたが、物は物です。幸いこの作品に使われている素材は(その多くは現地の方に譲っていただいた織り機です)どれも修理や再生が可能なようです。しかも、作者はまだ生きていて作品を修復する気力も体力もあります。だから、物理的な面ではそれほど深刻な状況ではありません。
それよりも重要なのは、生徒たちが内なる不満や怒りや欲望をさまざまな違った形で表現できるように支えることです。これはアーティストの力ではどうにもならない。大人や学校、友だちや地域の人たちの協力が必要です。少なくとも自分は、修復を通じて、この事件が彼らや彼らのコミュニティ、そして芸術を愛する人々に悪い爪痕を残さないよう、最善を尽くしたいと思います。良い夏休みを迎えましょう!
作品を損壊した側、作品を守る役割を持つ美術館側など、様々な面で論点の多い事案だが、「物」としての作品の修理・再生は可能であり、損壊という意図しない出来事から派生する二次的な流言や必要以上の批判を広げまいとするクワクボのコメントは、アーティストの発言として重要だろう。
こういった経緯を踏まえつつ、クワクボは《LOST #6》が展示されていたのと同じ場所で7月30日から9月4日まで《エントロピア》を制作・特別展示していた。同作公開前の7月17日には、あらためて以下のコメントを発表している。
物が散乱する様子にはある種の美しさがある。
バラバラになった作品を片づけながらそう感じてしまった。
それは不謹慎で不都合な感情ではあるが、そもそも美しいと感じる気持ちは、物事の正しさと関係なく発動してしまう厄介なものなのである。
このバツの悪さを自分なりに納得するために、新しい作品を作らせてもらうことにした。
この作品では乱雑に置かれた鏡の破片が、なぜか秩序だったモザイク模様を映し出す。それによって、一度は失われた秩序が、再び並べ直されることで新しい秩序を形作る、そのような状況を現出しようと試みた。
《LOST #6》をはじめとするクワクボの光を用いた作品は、古い映像装置である幻灯機の仕組みを活用した、メディア装置なしには存在できないかりそめのイメージと、それを鑑賞する者同士が共有する体験性に重きを置いたシリーズだ。その意味で、損壊と再公開のあいだだけ存在した《エントロピア》は、再び常設展示される《LOST #6》以上に、人々の記憶の中でのみ残される作品となっただろう。そこに、クワクボが考える「物」と「記憶」の関連性が示唆されているとも言えるかもしれない。
《LOST #6》の再公開は9月8日から。