江戸時代の日本人が着用した衣服はなんと豪華であることだろう。むろん庶民層までとはいかないが、貴族階級のみならず、京・大坂などの上方や江戸の富裕な町人の間で、小袖と呼ばれる華やかな模様に彩られた衣服が流行していた。西洋の立体的な衣服とは違って、平面的な和服は、広げるとダイナミックな模様が1面に現れ、まるで1枚の絵画のようだ。それは身にまとう人を美しく見せると同時に、その人の趣味や教養を語るための意匠だった。
本展では、当時の小袖700点あまりが集められ、意匠の別に展示されている。意匠は大きく3つの分野に分かれ、その3つとは、松竹梅や葵、紅葉、菊、桜などの植物模様(季節感を感じさせる)、日用品を表した模様(雅な王朝文化を思わせる)、詩歌や物語を表した模様(源氏物語、伊勢物語の1場面や、文字そのものを描いたもの)であるが、なかでも日用品を表した模様は、例えば洗濯物が干された縁側や、飼い犬が駆け回る様子や、琴などの楽器が描かれ、それを身にまとう人の趣味だとか、人となりのイメージが膨らんでくるから面白い。
当時の人々は、小袖をすべてオーダーメイドしていたわけだが、その際、最新流行の模様が掲載されたファッションブックである「雛形本」を参考にしながら発注したのだという。発注者は、呉服商を通して職人に作らせ、1枚が実に大変な手間と行程を経て完成する。いっけん贅沢な話のようだが、しかし小袖は、衣服として利用されたその後も形を変えて大切に保管や、きちんと再利用されるのだから道理にかなっている。例えば、襦袢へリメイクされたり、掛け軸となって飾られたり、仏具として寺へ奉納されるなどするのだが、この辺りの生活の知恵といおうか、日本人の古きエコ精神に感心させられる。
さて、展覧会場には、小袖以外にも気になる日用品が展示されている。なかでも衣服に香をたきしめるための道具「伏籠」や、香りを聞き分ける遊び道具「組香」は、日本人が古来から身だしなみのみならず、香りにも敏感であるという繊細な特質を物語っていよう。