1960〜70年に日本で生まれ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の常設展でもフィーチャーされるなど、重要な美術動向として国内外で知られる「もの派」。その代表アーティストのひとりである菅木志雄(すが・きしお)の大規模個展「開館20周年記念 菅木志雄展〈もの〉の存在と〈場〉の永遠」が、岩手県立美術館で開幕した。会期は12月18日から2022年2月20日まで。
菅をはじめ、アーティストの関根伸夫、李禹煥(リ・ウーファン)、吉田克朗らに代表される「もの派」とは何か? Blum & Poeのアシュレイ・ローリングスは、2007年にTokyo Art Beatで発表したテキスト「『もの派』について」で次のように説明している。
「もの」をできるだけそのままの状態で作品の中に並列して存在させることで、それら自体に語らせることを目的とした。それゆえに『もの派』の作家は何かを「創造」するというよりは、「もの」 を「再構築」し「もの」と空間との相互依存的な関係性に注目した作品を作り上げた。そしてある「もの」に対する既存の概念をくずし、「もの」との新しい関係性を築きあげることに挑戦した。
菅自身も、素材を並べる、曲げるといったシンプルな行為を加えながら、石や木、金属等の日常的な素材を空間に置いたり組み合わせたりすることによって、素材同士や置かれた場所、さらには人との関係性を問い続けてきた。
本展は、半世紀以上にわたる制作活動を10年ごとに区分し、最新作のインスタレーションやレリーフ、ドローイング、写真、記録映像など約120点の作品から通覧する。
わたし自身が、ものの限界をつくりだすのではなく、状況がそのまま、限界のきわまった場所としてあることを見定め、そこにもっとも自然な在り方を措定することである。(『Kishio Suga 1988-1968』(私家版、1988))
これは1971年の菅の言葉だが、10年の区切りごとにこうした思想を表す言葉が壁に掲示され、鑑賞者は言葉を手がかりに作品への思索を深めていくことになる。
内覧会のインタビューでは、活動初期に「作品が工事現場のようだと批判された」とも振り返った菅。活動初期より意識してきたのはランド・アート、アルテ・ポーヴェラ、エコロジーアートなど自然、大地、素材といったキーワードでがバックグラウンドにある美術動向で、つねに周囲の環境やものとの対等な関係を保持する姿勢を大切にしてきたという。
本展で発表する新作は《景位》(2021)。コンクリートブロックが主体となる本作は、ホワイトキューブで展示された際に空間に違和感を生む。この違和性は作品の重要な要素のひとつなのだという。
そしてこの新作と向かい合うように展示されるのは、木、石、アクリルペイントからなる《潜深》(2018)。現在、静岡で山が近くにある環境で暮らす作家の視点が反映されている。
「林に立って木の枝を見ると、全部が違うように生えていて人間の想像を超えるところで成立していることがわかる。1本から数多に分岐する枝と空間のあり方を目に見えるかたちで表したいと思いました。壁で枝を遮断することで、僕のものに対する構造性を明らかにしています」。
こうした発言から気になってくるのは、菅がどのような環境でどのように制作しているかということ。本展では、制作風景を収めたドキュメンタリー映像でその様子を知ることができる。存在感のある作品群が、まるで日常動作のひとつであるように軽やかに構成される光景はまさに「素材とコミュニケーションする」という言葉がぴったりだ。
「環境や素材とのコミュニケーションは絶対に必要。私は自分の世界だけで孤立してアートなんてできないと思っています。自分がどのような状況を生んでいるかをつねに考えて、周囲との行き来がないと、アートをやってもしょうがないと思います」と菅は語る。
本展では、岩手県立美術館が所蔵する作品も多く展示され、地元・盛岡にあるギャラリー彩園子(さいえんす)で継続的に作品を発表してきたことも明かされる。東京や静岡を拠点に世界的な活躍を見せながらも、地元・岩手との接点を支柱としてきた菅の側面は、これまで広く知られてこなかったのではないだろうか。
菅はTokyo Art Beatの取材で最後に、岩手とのつながりを次のように語ってくれた。「いまでも、どこにいても岩手へのノスタルジーはつねにある。僕は子供の頃、岩手ではいつでも野原にいたから、人間と会うよりも野生にいるほうがいいという感覚がずっとあるんです。若い頃、岩手を出て違う世界を見たいと思ったけど結局のところどれも仮の場のように感じられた。制作や展示で岩手に戻ってくるたびに、植物が成長するように自分も育つような感覚を得られます」。
「場」の上に「空間」があり、それらは連動して作品をかたち作るという菅。美術館から一歩外に出れば、その「場」にはどんな原風景がひもづいているかを体感できるという点でも、本展はこれまでとは異なる特別な展覧会と言えるだろう。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)