現代陶芸のコレクターとして名を馳せ、20世紀後半には、ギャラリストとして日本の現代陶芸を国内外に紹介する数々の展示を成功させた菊池智(1923〜2016)。自らのコレクションを展示し、また様々な展覧会を企画することで現代陶芸の発信地となるべく、2003年に菊池寛実記念 智美術館(以下、智美術館)を開館した。同館が2004年度より「陶芸の〈今〉とその可能性を探る」ことを目的に、隔年で開催している公募展が「菊池ビエンナーレ」だ。年齢や経歴はもちろんのこと、作品の形態やサイズについても制限を設けることなく、“現代を感じさせる作品”を求めて作品を選出する。
2004年当時、陶芸の公募展といえば——現在ではほとんど終了してしまったが——新聞社の主催するものが一般的であった。いわゆる若手作家の登竜門として位置づけられているような公募展である。しかし、「菊池ビエンナーレ」は登竜門的な役割に止まらない。第5回から審査員を務める国立工芸館館長の唐澤昌宏は、その独自性について展覧会図録に次のように記している。
「その要因の一つが、美術館が公募展そのものを主催し、企画展の一つとして展覧会を開催してきたことにある。実際に、美術館の名が冠された公募展が開催されたことは大きな衝撃であった。それは作品の鑑賞者よりも、制作に携わる作家の方が大きかったに違いない。自身の作品が美術館に展示されるというイメージは、作品を制作する者にとって、どれほどの魅力があることだろうかと想像する。」(展覧会図録 p. 8 唐澤昌宏著「陶芸界における菊池ビエンナーレの位置づけ」より)。
1階ロビーから螺旋階段を下り、地下1階に広がるのは美術館の展示室として独創的な空間だ。曲線を駆使したデザインや、高さを変えて組み合わせられた什器に作品が展示されると、さながら回遊式の庭園で植物や水辺の景色を味わうように、立ち止まりながら作品との出会いを楽しむ感覚で鑑賞することができる。つまり、ホワイトキューブと表現されるような美術館の無機質な展示空間や、百貨店の催事場にずらっと作品が並ぶような、陶芸展とは大きく異なる鑑賞体験だ。そして、近年の現代アートシーンでの活躍が著しい桑田卓郎や新里明士などがこれまでに入選してきたように、まさに「陶芸の『今』」を注視してきた公募展であり、美しく演出された空間で、最先端の陶芸表現と出会える企画展でもあるのだということがわかるだろう。
概要はこのぐらいにして、第10回の入賞作を具体的に見ていこう。応募総数359点のうち、一次画像審査で129点を、二次審査では5点の入賞作品を含む入選作53点を選出した。大賞に選ばれた《色絵銀彩陶筥「さやけし」》を手がけた若林和恵は、本公募展で大賞を受賞した初めての女性作家であり、第7回より入選を重ねてきて今回が初の入賞だ。東京藝術大学大学院美術研究科で陶芸専攻を修了し、イタリアで白地に鮮やかな色彩を施す陶器(マヨリカ焼)を学んだ経験をもつ。
轆轤(ろくろ)で身の部分と蓋をつくり、白釉、銀泥を塗り重ね、線状の銀箔を貼った。さらに薄く塗り重ねられた漆によって透明感と奥行きが生まれ、キャンバスに絵具を塗り重ねて絵を描くようにして仕上げた陶筥(とうばこ)だ。「コロナ禍や戦争のニュースを聞いて生まれるクヨクヨした気持ちなども含め、自分自身のエッセンスをすべて作品に込めよう」という思いから作品を手がけたという。
「この作品は蓋つきの箱で、一応用途があるようですが、これだけ大きいものですから日常的な使用に向いているとは言えません。しかし、蓋のついた箱には、手紙など大事なものをしまっておけるという用途があります。そして、その大事なものとは、かたちのあるものばかりではないなと。それに気づいたときに、口に出したくない気持ちや、隠しておきたい心情を入れられるものとして、作品のかたちが決まっていきました。コンセプトとしては、自分の見えないスピリットの入れもの、と表現できるかもしれません」
うつわのかたちを備えながらも、具体的なものを入れて使用することを目的につくられたわけではない。それは、優秀賞に選ばれた宇佐美朱理の作品にも通じる。
宇佐美の制作上のイメージは、「人の感情」や「音の響き」、そして「人とモノの命が土を介して時の輪を巡る世界」を形象化するところにあるという。複数のレイヤーとなった色面の重なりと、回転の軌跡を連想させる環状の土の溝。重厚感ある厚みをもった土でありながら、どこか不安定さを感じさせる色や形状、質感などの不均衡な融合が、前述した作者のイメージを陶芸作品として表出させた。
奨励賞には、次の3作品が選ばれた。ゆったりとした筒状の鉢に、直線的な勢いのある筆運びで細魚(さより)の絵付を施した小枝真人《染付深鉢 細魚》。縄文土器の水煙渦巻紋や火焔紋を思わせる造形表現がインパクトを放つ波多野亜耶《帰依》。球体(卵、種、地球)に打ち付けられた斧に人為を、アマガエルに命を表現した塚越祐貴《おもう》。うつわの形状をそのまま採用し、細魚が群れを成す大海の空間を表現した小枝は、その勢いのある染め付けの独自性が高く評価された。一方で、波多野の作品を特徴づけているのは、装飾の域をはみ出すようなダイナミックな流れの表現と、その対称性や規則性が生み出す均衡感との不思議な結びつきだ。
そして塚越は、木製の球体やアマガエルなど作品を構成する要素の質感とフィギュアのリアリティにこだわり、環境破壊と人間の運命との関係への思いを作品に込めた。
計5点の入賞作品以外の入選作品に目を向けても、うつわの形状を採用した作品もあれば、抽象的な形状、異素材の質感を土で表した再現性の高い作品まで多様だ。総じて作品の完成度が高く、非常に見応えのある展示だ。展示室の空間演出も味わいながら、現代陶芸の多様性を堪能してほしい。日本からアートを発信するためのキーワードとして、「工芸」に裏打ちされた高い技術力であったり、徹底して磨き上げる完成度へのこだわりであったり、そうした要素が注目されている理由の一端が見えてくるはずだから。
「第10回菊池ビエンナーレ展 現代陶芸の〈今〉」
菊池寛実記念 智美術館
2023年12月16日(土)〜2024年3月17日(日)