JR立川駅北口一帯に、109点のパブリックアートを集めたエリア「ファーレ立川」。立川高島屋S.C.の敷地内に設置された岡﨑乾二郎の《Mount Ida ─ イーデーの山(少年パリスはまだ羊飼いをしている)》が同商業施設の一部リニューアルにともない撤去される可能性が取り沙汰されていた問題で、1月19日、高島屋が現状の場所で引き続き作品を保存する方針に変更することを発表したと、複数の新聞が報じた。
Tokyo Art Beatの取材に対して、高島屋広報は「報道された保存への方針変更は事実。立川高島屋S.C.内の3フロアの営業終了後、今年秋頃に新設する『(仮)マルシェ広場』のリニューアルプランは引き続き検討を進めているが、岡﨑氏の作品は現状のまま保存し、公開も続ける予定」と回答。
方針の変更理由については「アートに弊社は古くから関わってきた。今回の移設・撤去の議論のなかで美術関係者などから貴重な意見をいただき、ファーレ立川と作品の文化的・歴史的価値、そして市民から同スペースが愛されてきたことを再認識した」とのこと。
いっぽう、前述した同施設のリニューアルプランに関わる作品の保存・公開については、高島屋社内、アーティストも含めた関係者と協議を進めており、今後具体的にかたちにしていきたいと述べた。また、撤去問題が表面化した2022年秋頃から作品の移設を含め、関係者間での協議は続けられてきたという。
同問題に関しては、小説家である福永信による特別寄稿、また美術評論家連盟(略称:美評連)による要望書の提出・公開など、文芸・美術の分野から様々な意見が寄せられていたが、関係者らの地道な活動、高島屋との議論、作品を管理する同社の最終的な判断によって、作品の維持が実現したと言える。
美評連の会員でもある美術批評家の沢山遼は、今回の動向について以下のコメントを寄せている。
一つの作品が失われることは、物理的な形態のみならず、その作品が負ってきた歴史的、美術史的背景なども失われることを意味します。
今回の撤去問題では、砂川闘争を含む立川の歴史や彫刻の歴史、戦後文化と作品の構造がどのように結びついているかなどの問題があらためて提起されました。批評的な問題とも言い換えることができます。
そうした論点や今回現れた問題の構造が隠され、無効化されるなら、今後も同じことが起きるでしょう。そのためにこれからも議論を続けることが重要だと思います。
方針変更が決定する以前の今月16日、岡﨑が自身のホームページで公開した作品解説と撤去問題に対する声明によれば、《Mount Ida ─ イーデーの山(少年パリスはまだ羊飼いをしている)》は、
制作中に考え続けた核心は、「ほんとうの公共的な領域とは何か、それをいかに彫刻として確保するか」でした。
誰にも占拠されない、誰の土地でもない空白を彫刻の内側(この彫刻の中心には換気口という実際の穴もあります、その穴の上に人は立てない)に置いて、そこに人間の手の侵入から逃れた自然、植栽をおき鳥や動物たちを招く、というコンセプトはそこから来ています。この彫刻の設計思想の源泉は、現在もつづく砂川の人々の活動(たとえば収用された土地でいまも耕作をつづける)から受けています。つまりフェンスに囲まれた中の空間は(立川の市民が大切に、守ってきた)誰にも侵されることのできない(忘れてはいけない)場所の尊厳を象徴しています。
(中略)
この彫刻をつくるとき必死で考えたのは、文化にとって何がもっとも大切なのか、守らなければいけないかということでした。彫刻は正面からは、やさしい故郷の山のような姿にも見えます。が、この山々はねじれ絡み合い、歴史のさまざまな葛藤にまきこまれながらも、それをダイナミックに旋回し前進する力へ変換する運動体として構成されています。
と述べている。
1950年代後半から60年代にかけて続いた砂川闘争は、1955年に在日米軍が日本政府に対して日本各地の在日米軍基地の拡張を不当に要求したことから始まった市民運動として知られる。
立川基地の拡張工事をめぐっては、補償の受け入れをめぐる市民間での意見の対立、事業者による強制測量における警官隊と市民の衝突、日米安保条約に基づく刑事特別法違反で検挙・起訴されたデモ隊7名への無罪判決(一審)が日米両国政府の介入で覆るなど、様々な政治と暴力の問題が噴出した。
その後、1969年の日本政府による基地拡張計画中止の決定、77年の日本への立川基地全面返還を経て解決に至り、その後の立川駅北口開発第1期で94年に誕生したのがファーレ立川だが、岡﨑の作品は上記した砂川闘争や、戦前の日本陸軍による大規模な農地接収の歴史をふまえたものと理解できる。岡﨑の作品に限らず、新海覚雄によるルポルタージュ絵画や、中村宏の《砂川五番》など、美術と同地域の関わりは深い。
そのような歴史の背景も踏まえながら、ぜひファーレ立川を訪ねてほしい。
*追記(2023年1月23日)
株式会社高島屋から美術評論家連盟への回答書が同連盟のWEBサイトにて公開。