公開日:2023年10月10日

金沢21世紀美術館「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ」展レポート。デジタルと人間が手を取り合って“ハグ”するように

アーティスト、建築家、科学者、プログラマーらが参加。新たなデジタル技術を“道具”ではなく私たちの“伴侶”として考えみる。会期は10月7日〜2024年3月17日。*金沢21世紀美術館は能登半島地震の影響で、展覧会ゾーンは当面のあいだ休場中です。交流(無料)ゾーンの一部は2月6日より再開します。

会場風景より、MANTLE《simulation #4 –The Thunderbolt Odyssey-》(2023) 撮影:編集部

*金沢21世紀美術館は能登半島地震の影響で、展覧会ゾーンは当面のあいだ休場中です。交流(無料)ゾーンの一部は2月6日より再開します。

人と最新のテクノロジーの関わり合いをこれほどの大ボリュームで見せる企画展は、今秋、この展覧会だけなのではないだろうか。「アートと新しいテクノロジー」のテーマで2023年度の活動を行ってきた金沢21世紀美術館。そのテーマの締めくくりとなるような展覧会「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ」が10月7日〜2024年3月17日に行われる。担当学芸員は館長の長谷川祐子に加え、髙木遊、原田美緒、杭亦舒(ハン・イシュ)、本橋仁の5名。アドバイザーとして、サーペンタイン・ギャラリーディレクターのハンス・ウルリッヒ・オブリストを迎えた。

温度があり、食べられて、ハグできるメディアテクノロジーの展覧会

プレス説明会で長谷川は本展タイトルの「DXP」について次のように語った。「DXという言葉はビジネスの分野でよく使われるようになったので、みなさんのなかには『あ、またDXか』と思われる方もいるかもしれません。ただ本来、DXはトランスフォーメーション(変革、変化)に力点が置かれた言葉です。今回はそこに立ち返り、動物や植物、人間も含めた私たちのライフがどうなるのかということについて、“温度のあるデジタル”を用いた展覧会がしたいという希望のもとにキュレーションしました。私たちはもしかすると最先端のデジタル技術やロボットとの穏やかな生活が想像できないかもしれません。でも、そうした技術は道具ではなく伴侶。私たちとともに歩いてくれるものとして、互いに学び合うものであればいいと思う」と長谷川。さらに「温度があり、さらには食べられて、ハグできるような新しいタイプのメディアテクノロジーとの付き合い方を知るプラットフォームとして展覧会をとらえてほしい」と付け加えた。

会場風景より 撮影:編集部

本展で長谷川は企画を統括する立場にある。実務を担うのは、平均年齢30歳という若手・中堅の学芸員4名だ。合理化が進むなかでのエラーやデジタルの機微を受け入れ、環境をスキャニングしていくことに取り組んでいる作品に着目した髙木、自身がパフォーマンスをやっていた経験から身体性に興味があり、ファッションやNFT、人間の変身する欲望に関する作品を担当した原田、「ゲームで日本語を学んだ」と言うほどのゲーム好きで、本展でもゲームやAIなどのデジタル表現が密接に関係する表現を紹介する杭、建築を専門とし、「AIの手を借りることで建築は自由を取り戻すんじゃないかと思う」と話す本橋。このように4名が、各自が得意とする分野やそれぞれのテクノロジー感を生かしてキュレーションを行った。

会場マップ 撮影:編集部

ゲームをプレイする、デジタルを身につける

本展に参加するのは13ヶ国の23組。新たな素材感、データや情報に向き合い、それらを作品上で異なる事象に変換するアーティストたちの作品が大ボリュームで展開されている。そのなかからいくつかをピックアップして紹介していく。

会場風景より、Keiken《形態形成天使:第一章:おもいやり》(2023)。リラックスするためのボールプールのような場所も用意されている 撮影:編集部

「GAMEの新しい見方:Play-Theater」のセクションに出品するKeikenはメキシコ、日本、ヨーロッパ、ユダヤなど様々なディアスポラ(移民、植民などを意味)の要素を持つターニャ・クルス、ハナ・オーモリ、イザベル・ラモスによって設立されたアーティスト集団で、ロンドンとベルリンを拠点に活動する。本展でKeikenは、広々としてリラックスできる空間の中でプレイするもよし、ソファに座って眺めるのもよしのゲーム作品《形態形成天使:第一章:おもいやり》を展示。「ゲームの主人公は様々なエネルギーを取り入れながら進みます。1時間弱のゲームなのでぜひ遊んでほしい」とオーモリ。

会場風景より、河野富広《Fancy Creatures》(2023) 撮影:編集部
会場風景より、河野富広《Fancy Creatures》(2023) 撮影:編集部

「衣:デジタルを身につける」のセクションでは河野富広、アンリアレイジ(来年1月まで展示)、 HATRA+Yuma Kishi(来年1月より展示)が展示する。色とりどりの未知の生物を思わせるウィッグを手がける河野は、ビョーク、NewJeans、XGなど世界的なアーティストに作品を提供してきたことでも知られるウィッグ・アーティスト。本展では天井から吊り下がるウィッグと、コロナ禍を機に発表したARフィルターが共存するインスタレーション空間を作り出した。ARフィルターのウィッグが自分の頭に代わる代わる出現する様子は、自分の変身願望が炙り出されるようでも、未知の生き物に頭を侵食されたようでもあり楽しい。

デジタルと「住む」「食べる」

「住:環境/デジタル」のセクションでは、VUILD、GROUP、MANTLE(伊阪柊+中村壮志)の3組が紹介される。2017年に秋吉浩気が設立した建築系スタートアップ企業のVUILDは、テクノロジーの力で誰もが作り手になれる「建築の民主化」を目指し、様々な事業を展開。本展では、たとえば「アボカドの棚」など、鑑賞者が思いついた言葉をマイクに吹き込むとAIがその言葉をもとに3Dモデルが自動で設計され、同空間にある木工加工用のCNCルーター(切断機)が木材を削り出し、現実に出現するというもの。

会場風景より、VUILDの展示

学芸員の本橋は「言葉によって実空間が作れるということを伝えたい」と話し、展覧会を通してこうした木製の立体は増えていく予定だという。そのほか建築コレクティヴの「GROUP」は金沢の141年分の降雨データを取得し、AR技術を駆使して視覚的に表現する作品や、渋谷で行ったアーカイヴ作品を発表。映像表現を探究するアーティストである伊阪柊と中村壮志によって結成されたアートコレクティヴ「MANTLE」は、じつは金沢が日本でもっとも雷が頻発すると言われる点に着目し、毎日・毎時間映像が変わるリアルタイム映像インスタレーション《simulation #4 –The Thunderbolt Odyssey-》を展示する。

MANTLEの《手入れ/雨/水の通路》(2023)はアプリをインストールして出現するAR作品のキャプチャ。「展示室がそれぞれ独立しているので雨を降らせることでつなげたい」との動機もあるという

プレス説明会の冒頭では、長谷川から「デジタルダイエット(デジタルを食べる)」のキーワードが出たが、いま、味覚を新たなメディアととらえ、表現から医療目的まで幅広いチャレンジがなされているのだそうだ。「食:データを摂取する」のセクションで紹介される明治大学宮下芳明研究室はテクノロジーを使って味の解析・再現装置を開発し、電気味覚研究で今年9月にイグ・ノーベル賞(ノーベル賞のパロディで、ユーモアある研究に贈られる賞)の栄養学で賞を受賞したというエピソードつき。本展の関連グッズでは、実際に食べられるキャンディもあるので一味違った金沢土産にいいかもしれない。

AI+NTF+表現の現在

昨今のアート界を賑わせる2大トピックと言えば、なんといってもAIやNFTだろう。「AIと生きる:AIがどこまで人間性を獲得できるか」のセクションでは、東京大学池上高志研究室、シュルティ・ベリアッパ&キラン・クマール、レフィーク・アナドールを紹介。

会場風景より、《Alter3》(2018)。ウィッグは河野富広によるもの 撮影:編集部

東京大学池上高志研究室は、2016年から開発を続けているヒューマノイドロボットAlter(オルタ)の3号機《Alter3》を2ヶ月間だけ展示する。膨大な自然言語(人が日常的に使っている言語)を学習したGPT4を用いることによって、来場者の語りかけに対して自然な返答を行うことが可能となり、さらに会話を繰り返すことでより《Alter3》が進化していく。なお、頭のウィッグは「アンドロイドのためにウィッグを作るのが夢だった」という本展参加作家の河野富広によるものだ。

会場風景より、シュルティ・ベリアッパ&キラン・クマール《補助的教育の実践部門:私は何をするべきか?何もしなくていい!わかった。》(2023) 撮影:編集部

インド生まれのシュルティ・ベリアッパ&キラン・クマールはAIを用いて、空虚(Śūnyatā)の概念から発展された、前近代のタントリック絵画、西洋の正典におけるコンセプチュアル・アートの起源、1960年代の日本の前衛芸術といった世界美術史との対話を試みた。「コンセプチュアル・アートのなかで空虚をどのように表現するか」に関心を持ったとクマール。展示室内には「(来場者は)何もしないというパフォーマンスをしてほしい」と作家が話す、展示物のないメディテーションルームのような部屋が併設されている。

会場風景より、左からレフィーク・アナドール「Melting Memories Sculptures」シリーズ、「Neural Paintings」シリーズ (どちらも2023) 撮影:編集部
会場風景より、レフィーク・アナドール「Melting Memories -process video」シリーズ(2023) 撮影:編集部

レフィーク・アナドールは、脳波計(EEG)で人間の脳波データを記録し、アーティストが開発した独自のアルゴリズムでデータをもとにした作品群を展示。3つの精神状態が動的絵画になった「Neural Painting」シリーズ、特定の長期記憶に集中力を働かせた時に生まれる脳波データを元に構築した彫刻シリーズ「Melting Memories Sculptures」を発表している。

会場風景より、松田将英《Souvenir》(2023)。100分の1の確率で金沢金箔を使用した特別仕様の承認マークに出会えるそうだ 撮影:編集部

本展で唯一、その場で作品を買えるのが 「デジタルを買う:デジタルの中の新しい物質性」のセクションで紹介される、松田将英の《Souvenir》。ミュージアムショップ前に置かれた自動販売機で、SNSの「認証マーク」を模したバッジを誰もが手軽に1000円で購入できる。近年、絵文字の巨大バルーン作品《The Big Flat Now》やNFTを購入できる自動販売機《Lunatic Pandora》などを発表してきたが、SNS時代の私たちの不毛な欲望に目をつけたユーモラスな本作。代替不可能なアカウントとしての身体とは?何によって「認証」となるのか?などいくつかの疑問符を生み出すが、まずはリアル認証マークということで、身につければ誰からからのツッコミとともにコミュニケーションが始まりそうだ。

AFROSCOPE(別名:アイザック・ナナ・オポク)はアーティストやデザイナー、社会起業家としても活動し、黒人文化、テクノロジー、SFなどの未来的表象が結びついたムーブメント「アフロフューチャリズム」の思想に基づく作品を発表してきた人物だ。本展では、NFTアートとしても販売されるデジタル絵画が日本で初めて紹介されている。

データと新しい表現の関わり、新たな教育学とは?

展覧会もいよいよ終盤へ。

「データと新しい表現:絵画・インスタレーション」のセクションではデータを「絵具」として絵を描く、データ処理の熱を使って彫刻を作るなど、デジタルとメディウムの新たな関わり合いを紹介する。

会場風景より、デイヴィッド・オライリー《Eye of the Dream》(2018-23) 撮影:編集部

スパイク・ジョーンズ監督作『her/世界でひとつの彼女』では、劇中に登場するビデオゲームの3Dホログラフを担当し、《Mountain》や《Everything》などのシミュレーションゲームの制作でも知られるデイヴィッド・オライリー。「10年間かけたプロジェクトの成果で、生命のシミュレーションのアニメです」と作家が話す出品作は、宇宙の誕生であるビッグバンを「宇宙」「火」「水」「精神」の4つの世界に再編成し、音に反応するインタラクティブな作品へと進化した《Eye of the Dream》だ。鑑賞者を取り囲む4つのアニメーションに登場する3Dオブジェクトはそれぞれグラフィカルでかわいらしさもあり、暗い部屋でアンビエント音とともにループする様を眺めていると、瞑想的な気分に誘われる。

会場風景より、ジョナサン・ザワダ《犠牲、永続の行為》(2023)。中央にある亀の立体物はデータ処理の熱によって形を変えていくという 撮影:編集部

いっぽう、「デジタル経験から得た感覚」をテーマとするジョナサン・ザワダは、絵画、彫刻、様々なソフトウェアや周辺機器を介在させたコンピューター・システムを含むマルチメディア・インスタレーション《犠牲、永続の行為》を展示。一見すると独立して見えるが、じつは空間に置かれたすべての要素は連関しており、会場に掲示された図ではその関係性を知ることができる。「システム全体を作品としてとらえてほしい」とザワダ。

AIの知性(性能)が人間の知性を超える「シンギュラリティ」。そんな時代を迎えるうえでの思考の準備体操となる11名の研究者やアーティストの研究成果や作品は、「ラディカル・ベタゴジー(新しい教育学)」のコーナーで見ることができる。会場内、「RADICAL PEDAGOGY/ラジペ」と書かれた壁の黄色いテープが目印だ。

黄色いテープが「ラディカル・ベタゴジー(新しい教育学)」の目印 撮影:編集部

スプツニ子!は、誰もが時間をかけて探したことがあるであろう四葉のクローバーを、ドローンとAIで一網打尽的に見つけ出す《幸せの四葉のクローバーを探すドローン》を披露。

レトロフューチャーをテーマに創作活動を行い、2022年にはインディペンデント・アニメスタジオ「新星ギャルバース」共同創設し、NFTアート界で話題となった草野絵美は今回、画像生成AIで制作したイメージ群で構成されたインスタレーションを発表。時代ごとの表象と価値観の変容、女性や男性といった固定イメージなどに向き合ったいくつかの作品を発表している。

会場風景より、草野絵美《Morphing Memory of Neural Fad》(2023) 撮影:編集部

クィア理論やウェラブル・テクノロジーへの関心を示し活動するメルべ・アクドガンは、公募によって集められた廃墟の建築写真を用いて、生成AIで場が再生した架空の状況をビジュアライズさせる映像作品を展示する。

歴史や考古学への関心から文化人類学的アプローチを行うデイヴィッド・ブランディは、ゲームツールを介して海鳥が空を飛ぶシミュレーション。その様子を収録したチュートリアル映像から始まる、自然と生き物との関係性を考察する映像作品を発表している。

会場風景より、サラ・チラチの作品 撮影:編集部

ここで紹介した作品のほかにもいくつかの作品が展示されているため、作品ボリュームはぜひ会場で確かめてほしい。

こうしたテーマの展覧会では従来的に、テクノロジーが人間の存在を凌駕するようなディストピア的警告メッセージが含まれることが多いが、本展では全体を通して驚くほど肩の力が抜けた友好的なムードが発されている。どこを見ても暗い話題しかない昨今、本展では来るテクノロジー優勢社会に向けてポジティブなイメージトレーニングができるかもしれない。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。