今年20周年を迎える金沢21世紀美術館の存在によって、世界中のアートファンから注目される石川県・金沢。現代アートを扱う私設ミュージアムKAMU kanazawaキュレーター×現代アートにスポットをあてるASTER Curator Museum、2020年に移転した国立工芸館、谷口吉生建築でも有名な鈴木大拙館などがあり、現代アートから日本の伝統工芸まで、様々な芸術文化に触れることができる。
そして近年、金沢のカルチャーシーンには、個人で運営されている中小規模のアートスペースもいくつも誕生している。美術館では取り上げられにくい作家の展示や実験的プロジェクトが行われたり、地元のアーティスト・クリエイターたちの感性を反映したりと、同地のリアルなシーンを体感できるこうしたスペースを、金沢21世紀美術館アシスタント・キュレーターの髙木遊が案内する。【Tokyo Art Beat】
*石川県で開催中の展覧会はTokyo Art Beatの展覧会ページ「石川県」で随時更新中
筆者は金沢に移住して3年目、金沢はコンパクトで住みやすい街だと率直に思う。加賀藩からの歴史を受け継ぎ、豊かな文化が根付き、伝統から現代まで様々な表現に出会えるのが魅力である。市街地とその周辺には観光エリアとして多種多様な文化施設が点在しており、これは特筆すべき点だと言える。今回は、そのなかでも現代の表現に根ざし、個人で運営されているアートスペース(表現の場)を中心に紹介したい。これらのスペースは、筆者が企画した「Everything is a Museum」で協働していただいた人たちの場所でもある。 当然ながら、個人が運営するスペースには、その運営者の特色が色濃く反映される。今回紹介するスペースには、たんに個人的な趣味や嗜好が表れているだけでなく、金沢という文化都市においての自覚的な役割や、表現を見せることへのキュラトリアルな思想が随所に垣間見える。また、これらのスペースはいつでも開いているわけではない。それは、彼らの芸術実践が生活のリズムに根ざしているからだ。そのため、記事を読んで興味を持った方は、スペースの開場時間や展覧会などのイベント開催情報を注意深く確認してほしい。 最後に、これらのスペースを巡る際には、電動自転車「まちのり」を利用しての巡回をお勧めしたい。以下、スペース紹介は「Everything is a Museum」で筆者がキュレーターとして提案した順序で紹介する。
作品や作家を支える文化の土壌を耕すことは、非常な根気と時間を要する。それは、ひとつのキュレーションの在り方とも言える。金沢アートグミは、金沢の市民アートシーンを育むNPO法人で、今年15周年を迎えた。建築家・村野藤吾氏設計の北國銀行武蔵ヶ辻支店の3階に拠点を構える。美術館では取り上げられにくい若手や地元アーティストの展示をはじめ、企業とのアートコラボレーションのコンサルティング、アーティスト支援に力を入れている。2009年に設立され、市民の参加を促し、展示スペースの提供だけでなく、アーティストの仕事やネットワーク支援という重要な役割を担っている。
FOCは2023年に始動した新たなスペースである。展示空間は洗練されたホワイト・キューブで、内装設計は建築家・中川俊之が担当している。代表の宮田大がクリエイターであることがひとつの強みであり、彼はエッジの効いた企画を提案するクリエイティブカンパニー「Konel」の創設メンバーでもある。「実験的で新しいことを直感的に行う場所」としてFOCを立ち上げた。創造行為に関わる共通言語を駆使し、感性を加速させる企画を策定している。アーティストやクリエイターとともにプロジェクトを展開し、領域横断的なアーティストの個展など、実験的なプロジェクトが行われている。
同時代性といえば大げさかもしれないが、その時、その場に居合わせた者だけが享受できる瞬間がある。それがそのまま継続されているのが芸宿だろう。芸宿は金沢の天徳院参道近くに位置するアーティストランのスペース兼コミュニティで、住居、ギャラリー、宿泊所、図書室など多彩な機能を持つ。2013年に創設され、2018年から現在の場所で活動している。入居者は金沢美術工芸大学の学生を中心に、年齢やバックグラウンドに縛られず共同生活を営んでいる。共同の自治という難しい課題にも長年取り組んでいる。一見入りづらいが、ぜひ足を踏み入れてほしい場所だ。そこには確かに表現の萌芽が存在している。
川のようにあり続けることは如何に難しいか。RIVERは、金沢の菊川地域にあるアートスペースで、かつての家電店を改装して作られたものである。犀川や菊川に由来するその名は、地域の歴史や人々の営み、そして無常を象徴している。スペースの創設者のひとりである長岡斉は、スケーターでありフィルマーでもある。その活動を通じてつながった友人や知り合いに、アトリエや宿泊場所として自由に使ってもらいたいという思いでマイペースに運営されている。普段訪れることは難しいかもしれないが、長岡が営むもうひとつのスペース、片町のミュージックバー「donuts」は常時オープンしている。そこには、長岡を中心とした金沢のカルチャーシーンについて知る機会がある。
PAUSEは2024年3月に金沢で誕生したアートスペースで、「予感」に満ちた場である。BYTEN、pick pho、SANKAK、VALEURの4つがそれぞれギャラリー、飲食、スイーツ、アパレルを営み、調和しながら訪れる人々を迎え入れている。ここでは飲食やアートに加え、来訪者同士が自然に交流し、混ざり合うコミュニティの醸成が目指されている。内装は現代のカルチャーと日本家屋が調和しており、中央のホールには空間に余白が残され、二方向の入り口や梁が象徴的な役割を果たしている。PAUSEはまだ発展途上で、24時間営業なども構想されており、訪れる人々がその場で何を感じ取るかによって空間の価値が変わっていく、金沢のネオ公民館を目指す。
POOL SIDE GALLERYは、2024年春に金沢21世紀美術館近くにオープンしたギャラリーである。1881年創業の九谷焼の老舗・高橋北山堂が所有するビルの2階に位置し、ガラス張りの北側から開放感を感じられる。隣の美術館のプールにちなんだ名前には、ユーモアとともに金沢の伝統的なエリアに軽やかさを添える意図が込められている。このギャラリーは、加賀藩時代から続く石川の工芸文化を背景に、現代美術と伝統工芸の融合を目指し、金沢の地元作家だけでなく、関東、関西の作家も精力的に紹介している。金沢にてさらなる現代アートシーンを拡張する意気込みゆえの取り組みだ。じつは、このスペースは3つのギャラリーによって運営され、それぞれが金沢とつながりをどのように醸成していくかが期待される。
NNは、金沢の長町武家屋敷跡にあるビルの3階に位置するアートスペース。運営者のひとりである小野森裕人は15年前、石川県小松市の実家で「NEW ACCIDENT」を立ち上げ、zineやアート作品を友人に譲る活動をきっかけにスペースを運営し始めた。その後、金沢の香林坊に移り、NEW ACCIDENTは彼のプロジェクト名として続き、現在NNを共同運営している。NNは、運営者たちが図面から手作りで作り上げた空間であり、アーティストが自由に使える場を目指す。小野森自身がアーティストであることで、多様な創造性を広げられる場としての可能性をも持っている。
IACKは、写真の本来の多様な側面に触れられる場である。IACKは、2017年に写真家・河野幸人が開いたアトリエ、ギャラリー、ブックショップであり、「開かれた書斎」をコンセプトとしている。見逃してしまいそうな路地の奥に位置し、白いレースカーテンが揺れる扉の先に広がる高い天井の空間には、国内外の写真集が並んでいる。不定期で開催される展覧会は、河野自身が選んだ作家や出版社によるもので、訪れた人は写真集を購入し、作品を鑑賞できる。精力的な作家活動を通した、写真というメディアへの考察が、キュレーションや場の随所に現れている。
髙木遊
髙木遊