岐阜県・飛騨高山地方は木製家具の産地である。豊富な森林資源に恵まれ、人々は古くから自然と共存しながら、木を使って生活に必要な家具や道具などをつくってきた。特に優れた木工技術を持つ職人は「飛騨の匠」と呼ばれて奈良時代から寺社や宮廷などの造営にも建築集団として貢献するなど、幅広い分野でその高度な技術を受け継いできた。この地に拠を構える家具メーカー・日進木工は、そうした歴史や課題を踏まえて、伝統と現代を融合させた新しいライフスタイル提案に取り組んでいる。
取材:山本玲子、編集:鈴木隆文
Q: 岐阜県の家具メーカーとして、県内の伝統工芸技術と積極的にコラボレーションを行っているようですね。
A: 尾花:まず、説明しなければならないのは、この土地の背景として伝統工芸の深刻な後継者問題があるということです。岐阜県内には、国指定の伝統的工芸品が5品目、飛騨春慶、一位一刀彫、美濃焼、美濃和紙、岐阜提灯とありますが、職人の数は減る一方なのです。当社の北村斉(きたむら・ひとし)社長もその状況を憂いており、いろいろあった垣根を越えて何かできないかと常々考えていました。そんなことから約8年前にスタートした活動が「Re-mix」という名のトータルなライフスタイル提案です。参加したのは、岐阜の繊維、美濃和紙、美濃焼陶磁器、そして飛騨の家具の有志の5社。その活動とは、県の支援も受けながらの、国内外の展示会への出展です。Japanブランド事業への参加は、高山商工会議所を通じて申請し採択された後の、2004年からです。Japanブランド事業では、「海外向け」ということをより意識して活動をしようということになり、「Re-mix Japan」と、そのプロジェクト名の最後に「Japan」を付け加えています。
Q: Re-mix Japanの主な活動というのは、どんなものになるのですか?
A: 尾花:Re-mix Japanのコンセプトは「日本の美意識・調和のある暮らし」です。産地や企業単位で商品開発するという通常のやり方ではなく、既存の枠組みを取り払って異業種5社で一つのブランド開発を目指すということが柱です。つまり、家具、陶器、繊維、照明、春慶塗すべてのアイテムが調和した、一つの空間づくりを行うことになります。そこでプロデューサーに抜擢したのが、デザイナーの佐戸川清氏(株式会社ゼロファーストデザイン 代表取締役)です。日進木工の外部デザイン顧問として25年にわたって依頼をしてきており彼に絶大な信頼を置いていたから、そして同氏が家具のみならず他分野にも精通している幅広い知識を備えていた点に惹かれたからです。彼にブランドのアイテムをデザインしてもらう、もしくはセレクトしてもらうことで、各社が開発をスムーズに進めていくことになりました。都心のライフスタイルショップやコンセプトショップのように、オーナーの好みで品揃えするようなイメージでブランドのテイストを統一してもらったわけですね。
Q: 中でも飛騨春慶塗を採り入れたコーディネートは印象的ですね。
A:尾花:飛騨春慶塗は、Re-mix Japanブランドにおいて重要な役割があります。これがあることで、全体の調和を保てるのです。飛騨春慶塗は、江戸時代にはじまったもの。茶人の金森重近によって主に茶道具として京都に紹介され、その後全国的に知られるようになった。特徴的なのは、「透かし漆」という技術です。この技術で、漆が時間とともに透明化・硬化して、下地の木肌が透けて見えるようになる。下地が完全に見えなくなるほど厚く塗る会津塗や輪島塗とは対照的です。どうしてこういう技術があるかというと、木を鉈(なた)でパーンと打ち割ったときの枇目(へぎめ)と呼ばれる美しい木目があるのですが、これを生かすための漆の塗り方として開発されたわけです。Re-mix Japanの新しいデザイン開発に重箱や食器類はもちろんのこと、サイドボードの扉や照明スタンドと紙の布のシェード・コーヒーカップの陶器にも飛騨春慶塗の技法を採り入れたのは、この技法がRe-mix Japanの美意識の核になりうると考えたからです。素材を生かし、使う人の所作や物としてのたたずまいに配慮するという「日本らしさ」という美意識ですね。
Q: 異業種の複数社で一つのブランドを打ち出すといっても、参加企業には多少の温度差もきっとあったのではないでしょうか。
A: 尾花:確かに、資金力も規模も異なる企業に横串を刺して一つのことをやり遂げるのは簡単なことではありませんね。特にJAPANブランドに参加する前のRe-mixを起ち上げる際は本当に大変でした。社長と二人で県内中のメーカーを訪ね回り、一緒にやってくれる企業を探し歩いたんです。その中には、一度は一緒に取り組んだものの、考え方の違いで離れていってしまった企業もありました。私たちの活動に対する想いに共感して、「本腰を入れてやろう」と最後まで残ったのが、現在の5社なのです。こういう協働型のプロジェクトでは、デザイナーと一緒に幾度も参加企業に通い、コミュニケーションを重ねる努力は欠かせないことなんですよ。
Q: 4年間のRe-mix Japanプロジェクトを通して得られた現時点の成果をどう見ていますか?
A: 尾花:「海外で信頼に足るエージェントを獲得して実績をあげたい」というのが当初の目標です。しかし、現状ではまだそこに至っていない。それでも、個々のプロダクトでは、徐々に世界的な評価を得られつつあると思っています。ニューヨーク近代美術館のショップ(MOMAショップ)では、Re-mix Japanのアイテムの一つである「リサイクル食器」(欠けたり割れたりした不要の飲食器を全国から回収して粉砕し、原料の一部に混ぜ合わせた循環型のエコロジー食器)が採用され販売されています。また、ヨーロッパのあるホテルでは、春慶塗のジュエリーボックスが採用されています。当初の目標の「ライフスタイル提案全体での評価」ではありませんが、こうした海外からの評価は重要な一歩に違いありません。
Q: 日進木工さんが現在、Re-mix Japanのために開発している新作家具がどのようなものか教えてください。
A: 矢島:現在は、サイドボードを開発しています。リビングアイテムの強化をしたいと考えてのことです。これまでのサイドボードのサイズを見直すと同時に、扉の内側にインナーチェストを仕込んで使い勝手を向上させました。また、「うづくり」と呼ばれる技法による仕上げも試みました。これは木目の表情をより豊かに演出するための技法で、ボードの表面に「市松張り」を施します。色はこれまでと同じく黒ですが、表情の良さが加わるだけで、力強い雰囲気になると思います。こちらは、2009年1月のメゾン・エ・オブジェで既に発表されています。
Q: 実際にものづくりをする現場の意見として、Re-mix Japanに取り組むメリットとは何でしょう?
A: 矢島:元々、飛騨の家具の加工技術だけみれば、海外にひけをとらないという自負がありますし、実際海外のお客様からの高い評価も得てきました。Re-mix Japanのプロジェクトでは、そこに伝統的な技術である飛騨春慶塗を採り入れることで今までにない変化を打ち出せていると考えています。こうしたことは、自社工場の中だけではできないこと。だから、先ほども説明した通り、枠組みを超越したコラボする両社のきめ細やかな調整が必要になってきます。それでも、これに取り組むことによって学ぶことや得るものは多いように感じています。数年にわたってコラボレーションをしてきた参加メンバーたちも、今では、この協働作業に慣れてきたようで、家具だけでなく陶器のカップに飛騨春慶塗を施すといったこれまでになかったアイテムまで生みだされました。様々な技術を掛け合わせながら新しいデザインを実現する。その可能性は、どんどん広がってきているのではないでしょうか。
Q: 今後の展開や課題については、どうお考えですか?
A: 尾花:資金があれば、パリなどにショールームを設置して海外のお客様に常に見ていただける状況をつくりたいですね。信頼関係を築いて、本当の意味でのブランドになるには、1年間にわずか数日間の見本市だけでは、なかなか難しいものがある。それでも現時点では、たとえ数日間でも海外に出て行って、より多くの人にRe-mix Japanを見てもらうという活動は重要です。その意味からは、JAPANブランド事業の支援は心強いものです。継続していけば、必ずそこに何か見出すものが浮かび上がってくる。
矢島:品質のレベルを上げることはもちろんですが、デザイン面についても常に進化していくことが大切です。日進木工が得意とする技術は曲げ木ですから、家具がゆるやかな丸みを帯びています。これに対して、佐戸川氏が手がけるのは直線的なデザインです。この2つの要素が上手く溶け合わされれば、奥行きと幅のある新しいブランドとして育っていく。私たちは、それを信じてやっていきたいと思っているんです。
日進木工
岐阜県高山市桐生町7-78
A Word from a Regional Project Participant
岐阜県では飛騨や美濃を中心に世界に誇る様々な伝統技術が継承されており、優れた生活道具や工芸品を生み出してきました。しかし近年、消費が多様化・個性化する中、人々は調和のある暮らしを望むようになっています。単なる生活道具にとどまらず、生活をより豊かに演出してくれる製品が求められているのです。こうした背景を踏まえて、高山商工会議所では、2005年(平成17年度)よりJAPANブランド育成支援事業の採択を受けて日本の伝統工芸である飛騨春慶塗を核とした伝統産業製品ブランド「Re-mix Japanの展開を進めてきました。コンセプトは「日本の美意識・調和のある暮らし」。従来の産地や業種といった垣根を越えてコンセプトを共有するメーカー5社が集い、飛騨春慶塗のジュエリーボックスやカップなどのほか、春慶塗をあしらったソファやサイドテーブルなどの飛騨の家具、美濃和紙を使った照明器具、美濃焼の技術を使ったエコロジー志向の陶器、美濃の手漉き和紙や京西陣織・京友禅を使った照明器具、美濃焼の技術を使ったエコロジー志向の陶器、美濃和紙織物によるカーテン生地やバッグなどで商品アイテムを構成し、ワンテイストによるトータルなライフスタイル提案を行っています。木・紙・漆・絹・土などの素材にこだわり、伝統回帰を意識したものづくりを行うことで、環境や健康に配慮した製品づくりに徹しています。ヨーロッパ市場への本格進出を視野に入れた販路拡大を目指し、これまでフランス・パリの国際家具見本市である[「プラネット・ムーブル」やメゾン・エ・オブジェに出展を重ねてきました。その結果、アイテムの一部が商談成立となり、徐々に実績につながりつつあります。次年度以降も、JAPANブランド事業だけでなく様々な支援を生かしながら、プロジェクトを継続していきたいと考えています。