公開日:2023年9月29日

山口晃「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展(アーティゾン美術館)レポート。感覚を揺さぶるインスタレーションから、セザンヌと雪舟を再解釈した新作まで

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展は、アーティゾン美術館にて11月19日まで開催。本展のために制作された雪舟に基づくインスタレーション、セザンヌ理解に向けた自由研究はもちろん、大河ドラマのタイトルバック画やパラリンピックのアートポスターなど近作の原画なども公開

会場風景より、山口晃《来迎圖》(2015)

山口晃は1969年東京都に生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年、東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修了。油彩を用いながら、日本の伝統的な絵画表現を批評的に再解釈した作風で知られる。絵画を中心に、立体、マンガ、インスタレーションなども制作。これまでの主な展覧会に「アートで候。会田誠 山口晃展」(上野の森美術館、2007)、「山口晃 画業ほぼ総覧ーお絵描きから現在まで」(群馬県立館林美術館、2013)、「山口晃 前に下がる 下を仰ぐ」(水戸芸術館 現代美術ギャラリー、2015)など。主な受賞歴として2002年の「第4回岡本太郎現代芸術大賞展」優秀賞、2013年の著書『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞。近年は東京メトロ日本橋駅のパブリックアート、東京2020パラリンピック公式アートポスターなども手がけてきた。

記者内覧会での山口晃

タイトルにもある「サンサシオン」とは、感情にいたる前の感覚のこと。ポール・セザンヌが制作について話す時によく用いた言葉でもある。命名の理由として、山口は昨今の現代美術のあり方に言及する。「個人が内発するものはバッサリ切り捨てられ、すぐに歴史のなかに位置づけられてしまう。そんななかでも、自分の感覚にしたがい愚直に続けることこそが個人を守る防波堤になるのでは」

「サンサシオン」を重視したのは、自身の制作においてのみではない。「スケッチは見ることの一環である」という考えのもと、山口は展覧会場でのデッサンを許可するよう美術館に要請。普段は模写ができないアーティゾン美術館だが、本展会期中に限り、また禁止マークの出ている一部の作品を除き、鑑賞者は鉛筆で自由に展示作品を模写することができる

「サンサシオン」を揺さぶる空間インスタレーション

展覧会は、「サンサシオン」を体験させられる空間インスタレーション《汝、経験に依りて過つ》(2023)からスタート。展示内に入ると、部屋が傾いていることに気づくが、室内の什器はどれもその傾斜のついた床に垂直に配されているため、視界に入る風景と体が得る平行感覚が一致せず、転びそうになる。文字通りめまいがする空間のイリュージョンは、写真では伝わらないので会場で体感してみてほしい。インスタレーションとしてはほかにも、画廊での体験をもとにした、ホワイトキューブ型の《モスキートルーム》(2023)も配されている。

会場風景より、山口晃《汝、経験に依りて過つ》(2023)

日本画を題材とした近作絵画

《来迎圖》(2015)は展覧会のメインヴィジュアルにも起用されている作品。「来迎図」とはもともと、平安時代中期以降に見られる仏画を指す。浄土を信じる人の臨終の際に、阿弥陀如来が菩薩たちを引き連れてやってくる様子が描かれてきた。油彩と墨を用いて鮮やかで開放的な本作において、中央の仏は仮面を外している。山口いわく、仮面の奥からは「自分が覗いている」らしく、「描いている時、少し悟りかけ」たとか

会場風景より、《来迎圖》(2015)

《テイル オブ トーキョー》(2023)はウィスキーメーカー、グレンモーレンジィの依頼で制作した作品。交差点を往来する人々やデパート、飲食店などが3つの異なるスケールで描かれており、時代や実際の地理関係を跳躍した「箱庭的東京図」だ。

会場風景より、山口晃《テイル オブ トーキョー》(2023)
会場風景より、山口晃《テイル オブ トーキョー》(2023)の細部

《日本橋南詰盛況乃圖》(2021)は2021年7月に完成した東京メトロ日本橋駅のためのパブリックアート。本作も日本橋の異なる時代が並列して描写されている作品だ。いちばん表層に描かれている黄色い雲のなかに、もっとも古い年代の街並みが描かれている。

会場風景より、山口晃《日本橋南詰盛況乃圖》(2021)
会場風景より、山口晃《日本橋南詰盛況乃圖》(2021)の細部
会場風景より、山口晃《大屋圖》(2023)

セザンヌの「自由研究」

ここまで山口の近作を紹介してきたが、ジャムセッションはもともと、アーティゾン美術館の所蔵作品と参加作家のコラボレーションによって、新しい視点や作品を生み出す企画。山口が選んだのはセザンヌと雪舟。山口は彼らの見え方、描き方をどのように読解したのか。

「絵を学ぶようになってから大好きになりました」と語るセザンヌについては本展以前から関心を持っていたようで、テレビ番組のセザンヌ特集へ出演したり、雑誌の取材でセザンヌの故郷を訪れている。とくに《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06)には長く関心を持っていたそう。

会場風景より、ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06)

そこで山口は、美術館の休館日に同作品の前で7回の模写を繰り返し、《セザンヌへの小径》(2023)を制作した。模写を通じて山口は、白を多用することで色の彩度をかなり落としており、絵具をあえて「殺す」ことで色の呼応を起こしていることや、視点の複数性ではなく視線の漸次的な変化へ注目しているために、奥行きの差によって色を使い分けていることなどを発見したという。平間が本展図録で述べるように、《セザンヌへの小径》は「できあがるのを目的としておらず、作品を理解するための『自由研究』であった」ようだ。分析の詳細は山口の直筆のパネルで解説されているので、ぜひ会場で見てほしい。

会場風景より、山口晃《セザンヌへの小径》(2023)
会場風景より、山口によるセザンヌの覚書。このパネルを含めて合計3枚にセザンヌの分析がまとめられている

雪舟の空間表現を探る

他方で、雪舟を選んだ理由について山口は「単純に見たい」と語っている。初めてその良さに目覚めたのは《秋冬山水図》を見たときだという。セッションの対象は《四季山水図》(15世紀)。雪舟が本作で作り出す風景の奥行き感を、山口は半円形のスペースに家屋や岩の平面的モチーフをジオラマのように配置して《アウトライン アナグラム》(2023)というインスタレーションとして実現した。

会場風景より、山口晃《アウトライン アナグラム》(2023)

もうひとつ、「オイル オン カンヴァス」というシリーズでもこの豊かな空間性をとらえようとしている。雪舟の作品が「日本近代洋画のねじれを『ほぐす』ものになるのでは」と語る山口は、溶き油を用いることで西洋由来の油彩画と日本固有の絵画の技法の共存を試みた。

会場風景より、ガラスケース内は雪舟《四季山水図》(15世紀)、左端は山口晃《オイル オン カンヴァス ノリバケ》(2023)

ほかにも、東京パラリンピックのアートポスターの制作の経緯や、『月刊モーニング・ツー』にて連載中の「趣都 日本橋編」など、漫画作品も多数出展されている。絵画やインスタレーションを見て楽しむことはもちろん、その制作背景や山口の東京観を読むという楽しみもある本展。山口の作品や、日本画の表現に興味がある人はもちろん、現代美術家の頭の中をのぞいてみたいという人にもぜひ訪れてほしい展覧会だ。

会場風景より、山口晃「趣都 日本橋編」(2018-19、講談社『月刊モーニング・ツー』より)
会場風景より

浅見悠吾

浅見悠吾

1999年、千葉県生まれ。2021〜23年、Tokyo Art Beat エディトリアルインターン。東京工業大学大学院社会・人間科学コース在籍(伊藤亜紗研究室)。フランス・パリ在住。