公開日:2008年8月6日

「アトミックサンシャインの中へ」渡辺真也・照屋勇賢インタビュー vol.2

美術という領域で交換しあう、私たちの終らない歴史

― 前回の「アトミックサンシャインの中へ」インタビューの第二弾です。

【自分の中の創造性】

照屋勇賢氏
照屋勇賢氏
橋本誠(TAB/以下・橋本):展覧会と少し切り離して自分の中の創作活動と考えた時に、一貫したものはありますか?

照屋勇賢(以下・照屋):気をつけるのは、とりあえず今は制限しないでおこう。出てきたアイディアはとりあえず形にしていこう。一時期は、「どういう制作スタイルが自分なんだろう。」ってすごい混乱して。考えたくない、見たくないって、疲れちゃうんですよね。だから今は、認めつつ、出していいやって。できる範囲で自分らしいものをって。二つ似たようなアイディアがあったら、こっちだなって。そういうことは出来る範囲でやっていますけども。

注意しようとしているのは、日常の、実際の生活と近い繋がりがある、印象やモノが作品に持ってこれるように。《さかさまの日の丸》にしても、『アート・スコープ』で出した包丁《Dawn (Knife)》も、身の回りにあるものだし。《The Giving Tree》も絵本(The Giving Tree 著:Shel Silverstein)がちゃんとあったり。

自分の創造性って、無い中で 何か、無いものから作るっていうより、あるモノが材料が形を変えずにある程度、形を残した状態で存在しているっていう、結果的にそこに違うフレーバーを与えたり、違う視点を突きつけられるような制作方法は一貫しているんじゃないかと思います。

移動する過程でみえるズレや矛盾みたいなものを、うまく面白く、魅力的なものに出来たらなと思います。それは意識しています。

《Dawn (Knife)》
《Dawn (Knife)》
【ユニバーサルな世界へのアプローチの仕方】
ユミソン(TAB):アメリカでの展示と、日本での展示は意味合いが違うと思いますが、日本とアメリカの展示の立ち位置の違いを教えてください。

渡辺真也(以下・渡辺):基本的に全く同じですね。カタログとかプレスリリースは同内容でやろうと思っていて。プレゼンテーションをする時も全く同じことを喋っていますね。この「アトミックシャンシャイン」というタイトルをつけたのは、アメリカ人に少しでも興味を持ってもらうために、被爆と平和憲法を、ある種セットにしたかったんですね。それっていうのは、もしかしたら日本では少し強引かもしれない。

21世紀における文化を考えた時、これからどんどん世界はユニバーサルなものになっていくと思うんですよね。みんなが考えることとか、全ての人が理想と思うようなものがスタンダードなものになっていくと思うんですよね。

そういう時に、場所が違うから立ち回りを変えるってのもあるかもしれないですが、出来るだけ変えないでやりたいなって思っていて。キュレーターというのは交通で、何か差異がある時にそこ道路を作って流れていくのが、できればいいなと思っていて。

下道基行《無題(鳥居)》照屋:これは美術展だっていうことを考える。コンテクストだけ一人歩きしないで、結果的に昇華されたらいいなって思うけど。例えば、なんか鳥居の写ったすごい美しい風景(下道基行《無題(鳥居)》)が並べてあって。右翼のような男が演説しているようなインパクトのある映像(森村泰昌《なにものかへのレクイエム-Mishima》)もあるし。

美しいものをキレイに配置したい。そういう、日本語や9条やコンテクストがわかんなくても、「これは面白い」って展示にするのが、アメリカでは特にそういうのが重要になってくる。関係ない人たちもやってくるし、興味のない人たちもやってくるし。プラス、売れる可能性が高いんですよ、アメリカでは。そういう意味でのマーケティングのことも考えなくちゃいけないし。

販売の事は、特にアメリカでは無視できない問題で。ニューヨークって場所はエデュケーショナルな部分以外のことも、同時に考えていかなくちゃいけない。

ユミソン:この展覧会のチラシには憲法の前文がデザインされていて、展示内容がわかりやすい分、政治色が強くて拒絶される危険があるとおもいますが?

渡辺:可能性はあると思います。実は、ニューヨークでも、比較的年配の方々が、私に対して怖い顔して、「おまえは極右か」と聞く時と、「お前は共産党員か」と、(対極した内容の)両方聞かれることがあって。面白いなーと思って。「なんなんだ、これは?」って。それは、彼等の内部のリフレクションなんだよね。彼等にとって私は完全に他者を映す鏡みたいなモノになっていると思うのです(笑)。

勘違いされるかもしれないのをあえて言うと、私は憲法9条は理想ですし、あった方が良いなとは思いますが、それを訴えることが最大の目標ではなくて。みんなちゃんと準備しておいたほうがいいよ、知っておいた方がいいよって。いずれ日本が選択を迫られたときに、一人一人が自分で考えられるようにしておいた方がいいなって。

そして、皆様からの質問への答え方に関しては、できるだけ丁寧にお話するようにしています。

森村泰昌《なにものかへのレクイエム-Mishima》
森村泰昌《なにものかへのレクイエム-Mishima》
ユミソン:「お前なんかつぶすぞ!」などの反応もあると思いますが、単純に怖いですか?また、自分のフラストレーションを発散するために攻撃してくる人たちへの対処法は?

渡辺:怖いですよ、脚力を鍛えて逃げるしかないですよ!(笑)

照屋:そういう意味でも、展示会をどう魅力的にするのかって、問われるんじゃないかな。真正面からいくのもあるけど、他に気を紛らわす。そこを開けてみたら、結果的に9条の展示を観てた、みたいな。

あと、ただこれは政治活動じゃなくて、芸術活動であって。そして、じゃあその芸術活動ってなんなんだって聞かれたときにそれの答えも用意してなくちゃなんないし。じゃあ、「政治」活動じゃなくて「わーわーわー」活動です。て。わーわーわーの内容が面白いものだったら良いんじゃないかなって。

ユミソン:今の現段階で持っている「わーわーわー」の内容は?

照屋:わーわーわー。(笑)

【近代の「国民」「戦争」の位置づけ】
渡辺:私は近代の問題を扱いたいと思っていて。そもそも、「憲法というのが国民というネーションを規定することができるのか?」っていう問いに私は興味があって。

私はその近代の問題というのをコンテクスト化して、芸術作品として考えていきたいと思っているんですよね。だから私は、それを政治活動として考えていなくて、近代の問題を扱う芸術活動として捉えています。

ユミソン:展覧会の副題ですが、「敗戦後」じゃなくて、「戦後」とうたっているんですね。

渡辺:まず、最初にアメリカで開催することを凄く意識しました。アメリカじゃ、「POST WAR」って言葉も、「POST WAR ART」って言葉もほとんど使われないんですよ。それは、アメリカはずっと戦争をしてたんで、「戦後」がないからですよ。

私があえて戦後の「POST WAR ART」ってのを言いたかったのは、この中にも願いが込められていて。「戦争は終った、これから戦争は来ない」って事を前提に、戦後を生きてきたと思うのだけれども、私は日本は今、「戦前」だと感じてしまうのです。つまり、また戦争が始まるのだろうと。そういうときにあえて、「戦後」って言葉を使って戦後美術を考えようと。そして、日本には「戦後」って言葉があるんだってことをアメリカに言いたかったわけですよ。それはレクチャーで言うようにしています。そういう立ち回りはしています。「戦後」ってすごい言葉だと思います。

照屋:「戦前」ってのも、すごい言葉だよね。

ユミソン:ある意味では「戦中」ですよね。日本はいろいろな事に加担してますよね。私の何気なく使ったお金が、誰かを殺す武器のお金になってたり。だから、「常に私は誰かを殺してしまっている。」と思うようにしています。

渡辺:実は、作曲家の高橋悠治さんをパネルディスカッションに呼びたくて、今まで丁寧にやりとりしていて。結局、断られてしまったのですが、その時に彼は、こんな感じのことをおっしゃっていました。

日本国憲法9条は語れないものであり、語るということ自体がリアルポリティックスに巻き込まれて、改正しなくてはならない、ということになるだろう、と。さらに、そもそも日本国憲法とヨーロッパにおける憲法は違うものだ、と。ユダヤ教の「汝、殺すなかれ」っていうのは戒律であり、契約である、しかしブッタが「不殺生」って言ったときに、それは「できるだけ生き物を殺さないようにしましょう。」というほぼ不可能なものに対する前向きな目標、さらに死に行く生き物への哀れみがある、と。さらに彼は、蚊に刺されて、それをはたくと手に血が付いている。それを観たときに「あぁ殺してしまった。」っていうちょっとでも後ろめたさを日本人は持っている。それが不殺生であり、9条の源流ではないか、と。実際に私はヨーロッパ人やアメリカ人に、蚊を殺して後ろめたい気持ちがあるか、と何人かに聞いたのですが、誰も「思わない」って。これは面白いなって。

高橋悠治さんは、9条はパネルディスカッションで話すことが出来ないものだから、僕は参加しません、という意見を伺いました。しかし、もうこういう考え方をできる若い人って、日本にはほとんどいないですよ。知恵って言うか。歴史っていうか。

橋本:そういうエピソードも含めて、展覧会ですよね。

ユミソン:勇賢さんは自分の中に3つ人種がありますか?沖縄人、日本人、アメリカ人。気がつかないうちに使い分けてしまったりするかなと思って。

照屋:使い分けてないけど、どことも距離があるかもしれない。沖縄に関しても、距離というか…自分は沖縄人じゃないと思った時も、日本人じゃないって思った時も、ニューヨークに住んでいながら、ニューヨークの人じゃないと思った時も。だから、そういう意味では使い分けているのかもしれないけれど。視点は変わると思う。それは自分の活動に活かしていると思うし、何かを発見するキッカケになっていると思う。

ユミソン:それは、どうやって活かしているんですか?「自分の居場所はここじゃない」って苦しくて、それを昇華するためとか…いろいろとあると思うんですが。

照屋:苦しい時期ってあったよ。20代前半は結構それで苦しんだし。でもある日、もう一つ加えることができた。日本人と沖縄人の間に、自分が出てきた。「照屋勇賢」。

渡辺:それはなんで?

照屋:自分にしかできないことが出来るんじゃないかと思ったり。それを見つけることで、どっちとも距離を作ることができるし。苦しい時期はあったし、絶対その経験から活かされているものもあったし。あと、いい加減なところも。

なんて言うのかな。あえてやりっぱなしにするとか。出して、あえて無責任な状況を設定するとか。投げ捨てて、返ってきたものを確認する作業をするとか。でも何か作りださないといけないなって状況はあるし。内に隠すよりかは、出した方がもっとシンプルな感じで出てくるケースが多いし。その辺は上手に利用しているかもしれない。

ユミソン:例えば原美術館で開催している『アート・スコープ』で出品していた照屋勇賢と、アトミックサンシャインで出品している照屋勇賢だと、(後者の方に)「あぁ沖縄の人だ。」って思わせてしまうものがあると思うのですか?

照屋:(思いついたように)あります。あります!使い分けてる。戦略的に使い分けてる(笑)。東京での展示会は、かなり沖縄人の視点を持ってきている。たとえば2002年の『VOCA展』の時、2004年の『府中ビエンナーレ』の時、さらに1996年に『アトピックサイトーオンキャンプー/オフベース』展(※アトピックサイト展について)で出品した作品は、完全に沖縄(からの視点)を持ってきてる。利用した、その場を。それこそ「美術展」ということを言い訳に、ポリティカルな作品を密輸する…作品を密輸するための美術展だった。

それはナショナリズムを屈折させることだけじゃなくて、展覧会そのもののテーマや世界観を同時に削ぐというか、疑わせるのが作品にはあるんですけれども。というのも、沖縄の情報っていうのはあまりにも…もちろん報道はされていますが…温度差があるってずっと感じていた。それをどうやって明るみに持ってくるかっていう。そういう戦略はかなり考えていた。そういう意味では、沖縄人としての東京での立ち位置を持っているかもしれない。

ユミソン:作品が(ポリティカルな意味で)濃くなっていくと、次からのオファーもポリティカルなものばかりになってしまうのではないかとの怖さはありますか?

照屋:そうですね。彼(渡辺)に誘われるのも2回目ですよ(笑)。

【問題を、どう問題として捉えるか】

渡辺真也氏
渡辺真也氏
ユミソン:足かせと言うか、悪い妄想から自分を解放する方法はありますか?

渡辺:勉強していくと自然と(妄想は)取れていく。いろんな神話ってあるじゃないですか?それってほとんどニセモノだから。それこそ靖国なんていい例で。靖国問題というのも、自民党が自由党と民主党が一緒になったときに、保守層を取り込むためにアメリカが持ち出していたり。それが今でも続いていて。そういうことを勉強していくうちに、いろんな二項対立が自分の中で外れていって。

照屋:やっぱり個にならないといけないなって。今、サミット前で警察官が散弾棒(警棒)を出したままで歩いていて。たまたま友だちと2人で歩いていた時にそれを見て。それを止めてくれって言いたかった。非常に不快だし、アマチュアに見えるし、人を撃つ前提としか見えない。でも、誰か人がいると言えない。気を使ってしまって。巻き込まれる時に。あとは、いろんな弱さみたいなのも出てきているのかもしれない。

そして、一人でいた時に同じような状況になったんですけれども。そういう時は「自分に正直にならなくちゃいけない」って声が少し高くなるので、思い切って警察官に聞いてみたい、でもやっぱり怖い。なぜなら、一対何万とかって…つい思ってしまうし、あとは変な絶望感が。

彼がユニフォームを着ている以上、彼がわかってもその先なにも行かないだろうなって。そんな風につい思ってしまう。でもその時にもうちょっとがんばろうって思うのは「自分に正直になろうって」考えること。「あぁ、何も言わなかったな」って「今晩寝て、明日聞こうかな」って、そんな風に持っていくのがイヤで、それでがんばって振り戻って聞いてみたら、向こうの事情も色々あったり、個人の意見がかえってきたり。

彼が答えたのは、「秋葉原の事件があったから、その時に対応できるように散弾棒を携帯して…」って。だから僕は「じゃあみんな刃物を持って歩いているって、思っているんですか?」って。「いや、そういう訳じゃないんですけれども、いざそういう状況になったときに、刺されてはいけないって。」もうちょっとツッコミがいのある答え方だったんだけれども。

でも理解してもらえるし。結局上からの命令なんだなって、感じて。でも少なくてもそういう会話があったってことで、少なくてもあの日は納得いくし。一個人の意見がそこにあるのも大切だと思うんですよね。数的には全然かなわない相手だとしても。

そういう意味では、たまには沖縄の人、「うちなんちゅ」っていうことを自分で隠してしまうことってあるけれども、いざって言うときに、立ち向かうときに、個人にならないといけない。逆に個人になる訓練をしてきたと思うんですよ。ちっちゃい自分の意見を言おうって。この《さかさまの日の丸》もそうだし。そういう勇気を自分のなかに少しずつ作ってきたと思う。

ユミソン:そうですね。

照屋:沖縄のテーマで作品を作っていた時に「沖縄生まれでラッキーだったね。」と言われたことがあって。「話題になる、作品になるネタがあって、ラッキーだね。」って言われます。

それに真っ向に答えたら意味無いなと思って。その時にどういう答え方をしたかは覚えてないんですけれども。でもこれ(この展覧会)って明らかに問題だと思うんですよね。だけど、問題じゃないといえば問題じゃないかもしれない。

ただやっている本人も周りの人も、少し足元を踏み外すことで、問題からテーマが見つかることって、確かにありえるなって、でも、ある意味、自分の考え方を切り替えているところもあると思う。自分の正義を。これは社会にいいんだって。

でも実は非常に個人的であってもいいんじゃないかなって思う。たまにまとめきれない時がある。その辺も元々、作品を表現する、作るきっかけ。たまたま9条っていうのを選んだり、関わったり。「それ(問題)が無ければ、あなたはどういう展示をしているのか」って。そういうことを(渡辺)真也はどう考えるのかって。

渡辺:でも問題って今、山積みだと思うんですよ。例えば東京で、私達の友人がリストカットで自殺をしたとしましょう。しかし、それにはある種の予備軍みたいな人がいたりする。大きな社会的パースペクティブなものにもって行くと、その理由がレイヤーとしてあったりする。それがすべての表現の源とは言わないですけれども。私は得意分野で行くと、コンテクストで作品を飾りたい。

照屋:(渡辺)真也みたいに「問題山済みじゃないですか!」ってはっきり言う強さも大切で。すり替えた問題に真っ向から答えていくんじゃなくて、もっとシンプルなやりかたで。「いや、これは問題なんだ。あきらかに問題じゃないですか」って、ぱっと受け入れられる会話も存在する。理論で全部おき変えるんじゃなくて、あるものをそのまま認めていくこと。あるものをそのまま大きな言葉にして。ぽーんって、後はその人の想像力にまかせる発言も最近は非常に重要だなって。憲法9条ってのも、真也のシンプルな答えをポーンと出すことで。

渡辺:憲法9条は理想ですから(笑)。

ユミソン:最後に展覧会に向けて、TABを読んでいる画面の向こうのみなさんへメッセージを。

渡辺:今年の夏休みは、アートの夏休み(ニッコリ)。夏だ!アートだ!9条だぁ!

ユミソン:えぇ!? いきなりそんな軽めでよいんですか!?

渡辺:ぜひみなさん展示をご覧になってくださいね(ニッコリ)。

収録:2008年7月5日 アトランティコギャラリーにて


勘とバランス感覚の良さがキラリと光る受け答えで、とても興味深いお話が聞けました。暑い日差しの中でのインタビュー、ありがとうございました!


「アトミックサンシャインの中へ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」オフィシャルサイト
http://www.spikyart.org/atomicsunshine/

照屋勇賢@Gallery TAGBOAT(売上の一部が展覧会の運営資金になります)
http://www.tagboat.com/contents/select/vol91_teruya.htm

照屋勇賢による「コレクターインタビュープロジェクト vol.1:名嘉原トモ子さん」
http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2008/07/collector01.html

ユミソンによる「アート・スコープ 2007/2008」(照屋勇賢出品)レビュー
http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2008/07/artscope20072008.html

yumisong

ふにゃこふにゃお。現代芸術家、ディレクター、ライター。 自分が育った地域へ影響を返すパフォーマンス《うまれっぱなし!》から活動を開始し、2004年頃からは表現形式をインスタレーションへと変えていく。 インスタレーションとしては、誰にでもどこにでも起こる抽象的な物語として父と自身の記憶を交差させたインスタレーション《It Can’t Happen Here》(2013,ユミソン展,中京大学アートギャラリーC・スクエア,愛知県)や、人々の記憶のズレを追った街中を使ったバスツアー《哲学者の部屋》(2011,中之条ビエンナーレ,群馬県)、思い出をきっかけに物質から立ち現れる「存在」を扱ったお茶会《かみさまをつくる》(2012,信楽アクト,滋賀県)などがある。 企画としては、英国領北アイルランドにて《When The Wind Blows 風が吹くとき》展の共同キュレータ、福島県福島市にて《土湯アラフドアートアニュアル2013》《アラフドアートアニュアル2014》の総合ディレクタ、東海道の宿場町を中心とした《富士の山ビエンナーレ2014》キュレータ、宮城県栗駒市に位置する《風の沢ミュージアム》のディレクタ等を務める。 → <a href="http://yumisong.net">http://yumisong.net</a>