イ・ヒョヌ インタビュー。彫刻家が体の塊と傷に注目して表現したものとは(文・写真:中島良平)

DIESEL ART GALLERYで「ACARDIUS(アカルディウス)」と題する個展を開催中のアーティスト、イ・ヒョヌ。「無心体」をタイトルに込めた意図などについてインタビューを行った(翻訳協力:Yena Park)。

イ・ヒョヌ

会場奥の中央には、4点の彫刻作品がシンメトリーとなって並ぶ。中央の作品が1点、なにかの化身として鎮座し、従者たちがその周囲で護っているような印象だ。イ・ヒョヌはこう話す。

会場風景より
会場風景より

「中央の作品は、『無心体(体の塊、肉の塊)』に傷や傷跡を施す現象を『手術の神』として可視化した彫刻像です。その周囲にあるのは、この現象によって傷を負い、内部が開き、以前とは異なる姿に変化した『無心体』たちです。彼らは、四方から『手術の神』を崇めるように配置されました。制作順序としては、まず中央のブロンズ像を構想し、制作に取り掛かりました」

その直後に4点の「無心体」を制作したわけではなく、次に手がけたのは、入口から入ってすぐに目に入る壁面のレリーフ作品だという。そのモチーフはやはり、手術と関係したものだ。

会場風景より

「壁面のレリーフ作品は、穴の空いた手術布で覆われた手術部位をモチーフに構想しました。肉塊が、本来の性質からどのようにして審美性を獲得するかがテーマとなっています。このレリーフ作品はそれぞれ異なる肌や傷、傷跡で構成されており、審美性を獲得するまでの多様な方向性を示すサンプル集のようなものだと考えています。ピアスショップのサンプル写真のような」

会場風景より

タイトルにした「ACARDIUS 無心体」を意味するこの言葉ですべての作品が彫刻家の視点を通してつながる。

「体の塊そのものに注目して生まれた展示です。身体が心を持たず、生命がない状態だとしたら、それがどのような過程を経てどこへ向かうのか。対象が置かれた環境を考慮し、そうした問題を彫刻家の視点から考察した結果がこのようなかたちになりました」

イ・ヒョヌ
会場風景より

彫刻家はコンセプトとヴィジュアルを行き来しながら制作を行う。「体の塊」という語に象徴されるように、作品は有機的な要素を持ちながらも金属的で無機的でもあり、その両方の性質を併せ持つ。

「私が彫刻ととらえているものとは、その世界の時空間を超え、遠い過去や未来から現在に到達する遺物であったり、未来の何かを象徴するイメージを内包したりするようなものです。そうした視点から素材を選び、作品を制作しています」

会場風景より

彫刻作品が完成し、展示された空間はさながら宮殿のような、あるいは寺院や教会のような厳粛な雰囲気を醸している。

「今回の作品は、手術が宗教となる世界観を想像しながら制作しました。そして展示においては、何も持たない肉の塊たちがある環境の力に転がされ、傷つき、その傷が癒え、ときにはそれが紋様や装飾のように見える状況で審美性を獲得していく過程を表現しています。ここに展示された肉の塊たちが傷つき、癒える過程が、見えない神的な存在による手術によるものだという考えが、つまり手術が宗教となる世界観を表しています」

会場風景より

この展示を完成させ、次の作品制作へと向かう新たなイメージが生まれたとイは話す。

「無心体は体しか持っておらず、『手術の神』は8本の足のみで構成された彫刻作品です。その関係性に面白さを感じているので、次は、体の塊を持てなかった脚や腕を表すような作品を制作したいと思っています。無心体の義手や義足に相当するような彫刻作品です」

イは、「最初に構想したイメージがそのまま具現化されたとき、あるいはそれ以上のものが作り出されたとき、そして私の考えを興味深く見てくれる観客と出会ったとき」にアーティストとしてやりがいを感じるという。会場に足を運んでほしい。その厳粛な展示空間に身を置くことで、イ・ヒョヌが思い描くストーリーが想起されるはずだから。

イ・ヒョヌ

会期:2024年8月23日〜10月23日
会場:DIESEL ART GALLERY
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
開館時間:11:30〜20:00(変更になる場合があります)
DIESEL ART GALLERY ウェブサイト

中島良平

中島良平

なかじま・りょうへい ライター。大学ではフランス文学を専攻し、美学校で写真工房を受講。アートやデザインをはじめ、会社経営から地方創生まであらゆる分野のクリエイションの取材に携わる。