表現分野におけるハラスメントの問題がたびたび表面化していることを受け、2020年11月に設立された「表現の現場調査団」。6月24日に記者会見を開き、「ハラスメント量的調査白書2024」を発表した。
これまで調査や啓蒙活動を行い「表現の現場ハラスメント白書 2021」、「ジェンダーバランス白書2022」を公開してきた同団体だが、今回はハラスメントに関する量的調査の結果報告となる。
本調査は、「表現の現場」で活動した経験のある人を対象にハラスメントの実態や、キャリアにおけるジェンダーギャップを明らかにすることを目的としたもの。対象は「美術」、「演劇・パフォーマンス・ダンス」「映像・動画・映画」「デザイン」「音楽」「文芸・ジャーナリズム」「写真」「アニメーション」「ゲーム」「マンガ・イラスト」「建築」「服飾」「お笑い」「工芸・伝統芸能・伝統文化」のいずれかの分野で活動する者となっている。
調査はインターネット調査会社のモニターリストから、スクリーニング調査で2万名の回答を得たうえで、「表現の現場」での活動経験者を絞り込んだのち、本調査によって712名の有効回答データを分析。また表現活動を行っていない人々の調査も行い、99名の有効回答を得た。
本調査によると、「表現の現場」では各種ハラスメントが横行しており、表現の現場以外で働く人と比較しても、ハラスメントの経験率が高いという結果が出た。
一例としてセクシュアルハラスメント・SOGIハラスメント被害の状況を見てみると、現在活動中の表現者では、「キス・抱きつく・性的行為を求められた」と回答した人は14.6%であったのに対し、「表現の現場」以外で働く人では6.1%であり、8.5ポイントほどの差があった。
またハラスメントの影響は「通院したり服薬をした」経験や「会社・活動を休むこと」が増えるなど、深刻であることなどがわかった。
セクシュアルハラスメントについては、男性の被害数値が女性を上回っている項目が多い。とくに「キス・抱きつく・性的行為を求められる」を選択した男性は19.2%という高い数値になっている。
女性から男性へのセクハラや、男性同士のセクハラは未だ認知が進んでいないこと、また触る、キスなどの行為について、「ほんの冗談だった」と加害者側が考えていることなどが原因だと考えられる。また男性が自身の性被害について声を上げることの心理的ハードルの高さについても指摘された。
「表現の現場」は全体として、経済的に不安定な傾向があり、そのなかで女性の表現者は、男性表現者以上に低賃金が常態化していることがわかった。現在活動中で表現活動からの収入がある男性表現者の50%が通過できるラインが最多年収400万円であるのに対し、そのラインを通過できる女性表現者は18.6%に過ぎない。
女性の場合は最多年収が100万円〜200万円未満のラインを通過できるのは50%以下だという。調査団は、女性にとっては「100万円〜200万円未満」に「ガラスの天井」が存在しているとした。
女性表現者の低賃金が常態化には、非正規やフリーランス、自営業といった働き方に男性以上に偏る傾向があることと一部関係していることも明らかになった。また低収入層に女性表現者がとどめ置かれる背景には習い事等の教育産業が女性表現者を「吸引」し搾取しているからではないかとも指摘された。
また指導的立場や社会的評価を得る機会についても、女性表現者は男性表現者よりも少ないことがわかった。「他人の作品・表現を監督・評価・指導する立場」は現在活動中で表現活動からの収入がある男性表現者では25.5%であるのに対し、女性表現者では13.4%で12.1ポイントも差がありました。「権威ある賞を受賞した」経験も男性表現者では12.4%に対し、女性表現者では4.3%で8.1ポイントの差があった。
美術分野回答者の年齢分布は10代から30代が合わせて25%、40代以上が75%となった。なお今回の調査では、ハラスメントの経験を聞く質問においてアカハラ以外の項目で「10年以内の経験」に限定している。
美術分野の特徴としてジェンダーハラスメントがあげられたほか、近年のギャラリーストーカー問題への関心の高まりがあってか、ギャラリーハラスメントについても発表された。
本調査に関わった社会調査支援機構チキラボは、「3回の調査を経て鮮明になったのは、女性表現者にとって『表現の現場』は「排除と搾取のハイブリッド構造」になっている」と指摘。今回の調査でわかったこととして、「(1)女性表現者は男性表現者と比べ、そもそも最多年収が低い」「(2)他方で高年収帯に足を踏み入れた女性表現者は、男性以上にハラスメントに遭いやすくなるという傾向」「(3)逆に、最多年収が低い女性表現者は、ハラスメント被害が抑制される」ということを挙げた。
また女性表現者は、「低賃金労働で『表現の現場』にとどめ置かれ続け、パワー領域からは排除され続ける。消費とケア、低賃金労働の役割を担わされつつ、社会評価や安定所得からは退けられる。こうした搾取の構図が見えてきました」と結論づけた。そのうえで、以下の提言を行った。
(1)「表現の現場」のジェンダー間の圧倒的なパワーバランスの是正
女性表現者の前に横たわる「排除と搾取のハイブリッド構造」を是正するには、まずパワー領域からの女性の排除を無くしていく必要があります。
具体的には
・「表現の現場」における集団内部での指導的
・管理的立場へ女性を登用する。
・ノミネートや栄典、賞の審査員のジェンダーバランスを改善する
・性別などを意識しないブラインドテストや、ジェンダー表現などの価値見直しを通じ、受賞者傾向にあるバイアスを取り除いていく
・排除されている低収入帯にある表現者の待遇を改善する
・契約環境を改善し、非合理な報酬基準を変えていく(2)現在の「表現の現場」における労働環境の改善
具体的には以下の曖昧化された項目の是正が必要となると思います。
・長時間労働の是正
・表現活動に伴う追加修正や確認作業、拘束時間や対応期間をあらかじめ明記しておく
・現実的なスケジュールの作成
・運搬費用や交通費、設備使用料などの明確化(3)表現の現場特有のハラスメントとしてのレクチュアリングハラスメントを知り、教育や指導という場面のあり方を見直す取り組み
具体的には
・レクチュアリングハラスメント防止の啓発・教育や指導のあり方を見直す
・「表現の現場」ではこれまで、「才能」「ひらめき」「創造力」「インスピレーション」などの言葉が多用されてきました。他方で表現の現場では、他の社会領域と同様に、あるいはそれ以上に、性役割意識が強く、ハラスメントも横行し、同一労働同一賃金から遠ざかっている分野になっていました。ハラスメントを防止するためには、権威勾配の見直しや教育技法の共有などが必要となります。本調査を受けて、表現の現場を、多様な才能を発揮しやすい安全で豊かな場所になるよう、見直すことを求めたいと思います。
「ハラスメント量的調査白書2024」は表現の現場調査団の公式サイトからダウンロードすることができる。
各分野の詳細な調査結果や、有識者によるコラムも掲載されているので、こうした問題に関心がある人はぜひ一読してほしい。