12月18日~2022年3月27日、東京ステーションギャラリーで「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展が開催される。『ハリー・ポッターと賢者の石』の出版20周年を記念する本展は、世界的人気を誇る「ハリー・ポッター」シリーズの背景にある、イギリスをはじめ世界各国に伝わる魔法や呪文、占いなどに関する文化や歴史を紹介する。大英図書館が2017年に企画・開催した展覧会「Harry Potter: A History of Magic」の国際巡回展であり、同作の映画シリーズにまつわる資料展というよりも、原作の世界を大英図書館が所蔵する貴重な資料とともにひもとくことを主眼としている。
ハリーが学んだホグワーツ魔法魔術学校の科目に沿って、「魔法薬学」「錬金術」「天文学」などの10章で構成され 、科学が現在ほど発達していなかった時代の人々が信じた魔法や魔術の記録が展示される。
1990年6月、マンチェスターからロンドンへ向かう列車で、無名の作家J.K.ローリングがひらめいたアイデア。そこから5年間に計7冊の「ハリー・ポッター」シリーズが執筆され、やがて世界中で愛されるベストセラーとなった。日本では松岡佑子訳にて1999年に出版。
「第1章 旅(The Journey)」では、イギリスでの出版のきっかけとなった8歳の読者の感想文や、イラスト版「ハリー・ポッター」を描いたジム・ケイの原画などが展示され、「ハリー・ポッター」の世界へと鑑賞者を誘う。
「第2章 魔法薬学(Potions)」では、ホグワーツ魔法魔術学校においても必修科目だった魔法薬学にフォーカス。薬に関わる古今の記録が紹介される。魔術において、薬作りは欠かせない技術。薬は病気を治すだけでなく、人間の外見を変えたり、恋心を引き起こしたりすることもできると考えられていた。
「ハリー・ポッター」シリーズ第1作に登場する「賢者の石」は、永遠の命を与える「命の水」を生成することができると信じられ、中世ヨーロッパの錬金術師がその獲得に奮闘した。
「第3章 錬金術(Alchemy)」では、この卑金属を人工的手段により貴金属に転換する錬金術に関する資料を展示。なかでも展示室中央に置かれた4メートルもある希少な巻物『リプリー・スクロール』は、16世紀のイングランドで賢者の石の作り方が記されたという興味深い資料だ。また歴史上、もっとも美麗な錬金術解説書と言われる書籍『太陽の輝き』なども展示される。
「ハリー・ポッター」読者には、「マンドレイク」と言えばお馴染みだろう。引き抜くと叫び声をあげると伝えられる、人型に似た植物「マンドレイク」、そして「ヘレボルス」「ハナハッカ」などの薬草が魔法薬の材料として本作に登場するが、これらはいずれも実在する植物。「第4章 薬草学(Herbology)」ではこういった薬草にまつわる記録や絵画などを見ることができる。
「アブラカダブラ」という誰でも知っている魔法の言葉。この呪文に初めて言及したとされる『医学の書』など、呪文に関する文献や、魔女に関するアイテムを紹介するのが「第5章 呪文学(Charms)」。
魔女につきものであるとされる箒や、本作に登場する魔法界のスポーツ「クィディッチ」についての展示も楽しめる。
「第6章 天文学(Astronomy)」では、天文学で用いられた天球儀や、レオナルド・ダ・ヴィンチが40年にわたって取り組んできた科学的考察を書き綴った手稿などを展示。
天文学はホグワーツ魔法魔術学校の必修科目であり、物語には「ルーナ・ラブグッド」や「シリウス・ブラック」など、月や星に関わる名前が付けられている人物も登場する。
「ハリー・ポッター」シリーズでは、「闇の帝王を倒す力を持つ男の子が7月の終わりに生まれる」という予言が、物語を通じて重要な役割を果たす。「第7章 占い学(Divination)」では、水晶占い、手相占い、タロットや茶葉占いなど、世界の異なる地域で行われていた様々な占いに関する資料が展示される。
「ハリー・ポッター」の世界での究極の悪とは、最悪の場合は人殺しのために「許されざる呪文」を使うこととされている。魔法は世界の多くの文化において、邪悪な力に対抗する盾として使用されてきた。「第8章 闇の魔術に対する防衛術(Defence Against the Dark Arts)」では、世界各地で忌み嫌われていた生物や、それに対抗する魔除けの方法を記した世界各地の資料を紹介。たとえば、ホグワーツ魔法魔術学校の授業でもスネイプ先生やルーピン先生が生徒たちに紹介した狼人間、河童といった闇の生物から身を守るものとして、魔除けのお守りや呪文などが生まれたという。
英国の世紀末美術を代表する画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの《人魚》(1900)と、日本の寺に伝わる「人魚ミイラ」が並ぶユニークな展示が見られる「第9章 魔法生物飼育学(Care of Magical Creatures)」。
中世の寓話集や近世の博物学の本などに登場するユニコーン(一角獣)やフェニックス(不死鳥)、ドラゴン、スフィンクスといった想像上の生物の存在は、魔法の世界において魅力的な要素だ。『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』では、主人公ニュート・スキャマンダーが魔法動物学者になっている。
「第10章 過去、現在、未来(Past, Present, Future)」では、「ハリー・ポッター」シリーズ発刊からの20年間を振り返り、様々な言語に翻訳された書籍や、大人になったハリーの姿を描いた舞台劇『ハリー・ポッターと呪いの子』の衣装を展示。いまも広がり続ける「ハリー・ポッター」の世界を紹介する。
最後に、本展の内容と直接的には関わらないが、原作者J・K・ローリングが近年度々トランスジェンダーに関して発言し、その差別的な内容が批判され、議論が起きていることもここに記しておきたい。一連のJ・K・ローリングの発言に対して、映画に出演したダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント、エディ・レッドメインといった俳優らも、賛同しない立場を表明している。また世界中の「ハリー・ポッター」シリーズのファンからも、ローリングの発言に対して悲しむ気持ちや批判がインターネット上を中心に数多く発信されている。
作品を愛したりその価値を認めることと、そこに書かれた内容や作者自身の言動を批判的に問い直すことは両立する。本シリーズが今後も愛され広がっていくうえで、トランスジェンダーをはじめとするマイノリティの人々の尊厳と安全について、日本でもより理解が深まることを願う。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)