平塚市美術館で、平塚市在住の洋画家・平野杏子の本格的回顧展「平野杏子展 - 生きるために描きつづけて」が4月6日~6月9日まで開催される。
本展は、結婚・出産を経て、育児と制作のはざまでたどりついた濃密な仏教思想や出身地・伊勢原の大山信仰に裏打ちされた原始へのまなざしによる平野の代表作60点を「原始」「幻視」のテーマで紹介し、70年に及ぶ画業を振り返る展覧会。同館での本格的な展示は17年ぶり。
平野杏子は伊勢原生まれ。大久保作次郎、長屋勇、三岸節子に師事。女性作家が少ない時代に画業を切り拓き、女性作家による「潮会」の中心的役割を担い、アトリエには美術史家の竹田道太郎や藤田経世、日本画家の工藤甲人など、画家や評論家が集まり、平塚の文化振興に大きな役割を果たした。
結婚を経て制作と育児のはざまで病いを得て、深い悩みのなかで生と死や輪廻思想などについて考察したことで、画業初期の穏健で温かな作風が一変。画壇に表れた抽象表現の潮流も見据え、仏典や仏教思想を取り入れて、立ち現れた「幻視」の世界を描き続けた。
また、縄文土器や遺跡が出土する伊勢原に生まれた事で培った「原始」「縄文」への憧憬の念は、土着の風土と信仰が混じり合う独特な画風を生み出した。そのまなざしは出土品のつくられた縄文の昔や広い文化圏での人々の営みへと及び、新羅仏教美術との邂逅へとつながっていく。
長い画業のなかで多彩な画風を変遷させながら、一貫して平塚や湘南の地に太古から息づく風土を見出し、普遍的な哲学や造形思想を加え表現してきた平野。人間関係が希薄になっているポストコロナの現代にあって、自ら感じ、地に足をつけて、祈りのように描く平野のまなざしは、描くことの原初的なよろこびを教えてくれるはずだ。