『GQ JAPAN』はなぜアートにフォーカスするのか? ヘッドの石田潤が語る現代のジェントルマンとクリエイティビティ

BTSのRMと杉本博司、俳優の坂口健太郎とシアスター・ゲイツなど、2023年秋のリニューアル以降スペシャルな対談を実現させ、アートにフォーカスしてきた『GQ JAPAN』。メディアのコンセプトと目指すべきものについて、同誌を率いるヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントの石田潤にインタビュー。(構成:菊地七海)

石田潤 『GQ JAPAN』ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント

『GQ JAPAN』の新たな展開

世界20の国や地域で刊行され、毎年開催される「GQ MEN OF THE YEAR」が世界的なメンズファッションの祭典のひとつとされるなど、男性向けファッション・カルチャー誌を牽引してきた『GQ』。その日本版である『GQ JAPAN』が、2023年秋、11年ぶりにリニューアルした。ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントに就任したのは石田潤。リニューアル第1号となる2023年11月号では、BTSのRMと杉本博司の対談が大きな話題になった。また、今年4月に発売した2024年5月号では、俳優の坂口健太郎と、現在森美術館で日本初個展を開催中のブラック・アーティスト、シアスター・ゲイツという、一見異色にも思えるコラボレーションを実現させた。

さらには昨年、アートやファッション、音楽などの分野で活躍する人々の創造性を表彰する『GQ』のグローバルプロジェクト、「グローバル・クリエイティビティ・アワード」が発足。今年4月には本アワードのためのイベント「GQ JAPAN Creative Weekend」が日本で初めて開催され、代官山ヒルサイドフォーラムで5月18、19日の間、受賞者の作品展示とトークセッションが催された。装いを新たにした『GQ JAPAN』が、これまで以上にアートやクリエイティビティにフォーカスするのはなぜか。その答えを探るべく、「GQ JAPAN Creative Weekend」のプレビュー翌日、石田潤に話を聞いた。

「GQ JAPAN Creative Weekend」会場風景
「GQ JAPAN Creative Weekend」より玉山拓郎の展示

原点に立ち返る

──昨年発売されたリニューアル第1号の巻頭言で、石田さんは「『GQ』の原点に戻る」という趣旨を書かれていました。その「原点」とはなんでしょうか。

石田 1957年にアメリカのコンデナスト社から創刊された『GQ』のネーミングは、「Gentlemen's Quarterly(ジェントルマンの季刊誌)」の頭文字をとっています。私が『GQ JAPAN』のヘッドに就任するにあたり、グローバル・エディトリアル・ディレクターのウィル・ウェルチから、同誌のリブランディングを求められました。そこで考えたのが、その名の通り「ジェントルマンが知るべき情報が詰まった雑誌」という原点に立ち返ることだったんです。ただ戻るだけではなく、東京でアップデートした「現代のジェントルマン」像からインスパイアされたコンテンツ作りをしようということで、「TOKYO NEW GENTLEMEN」というコンセプトを立ち上げました。

──現代のジェントルマンとはどういう存在なのでしょう?

石田 かつて男性は時計や車に興味がある方が多く、必然的にメンズ誌もそういったコンテンツを取り上げていました。でもいまはどちらかというと、生活をどう充実させるかというところに重きを置き、物だけではなく、より豊かな経験を所有したいという方が多い印象です。そうしてかつての「男らしさ」にとらわれず、アートやデザイン、建築や旅、あるいは食といった幅広い領域に関心を広げている人物像を、「現代のジェントルマン」と定義しました。なかでも現代アートは、昨今、現代のジェントルマンが高く興味をお持ちの分野だということもあり、最初に取り組んでみることにしたんです。

『GQ JAPAN』2023年11月号 通常版

『GQ』だから実現した、企画の数々

──リニューアル第1号では、アートコレクターとして、また無類のアート好きして、いまアート界からも熱い視線を集めているBTSのRMさんと、杉本博司さんとの共演が特集されました。RMさんがアートへの深い理解をお持ちで、リスペクトしているということが伝わってくる、非常にインパクトのある企画でしたね。

石田 そうですね。RMには、当初はダメ元でお声がけしたのですが、むしろ彼のほうから、ぜひやってみたいと。彼自身が会いたいアーティストとして、杉本さんのお名前が挙がりました。前年には、村上隆さんや奈良美智さんのスタジオにも訪れていらしたのですが、杉本さんとはまだ交流がなかったようです。じつは完全なプライベートとして来日してくださって。本当にラッキーでした。アート関係の方からもすごく反響がありましたし、これまでとは違った読者層の方々にも多くご覧いただけたようです。

『GQ JAPAN』2023年11月号 特別表紙版

──さらに2024年5月号では、ブラック・アーティストのシアスター・ゲイツさんと、俳優の坂口健太郎さんが対談されています。お忙しい坂口さんと、つねに世界中を飛び回っているゲイツさんとの企画を実現させること自体、非常に難しかったのでは?

石田 シアスターがミウッチャ・プラダと親しく、また坂口さんもプラダのアンバサダーをされているということで、現在シアスターが個展を開催中の森美術館とプラダにご協力いただきながら、ようやく叶った企画です。さらに坂口さん自身が陶芸に深くご興味をお持ちの方なので、シアスターもおもしろがってくれました。対談当日は、坂口さんが陶芸にとても詳しくて驚きました。とくに陶芸の歴史に関心がおありのようです。

RMと杉本さんのときもそうでしたが、やはりこうした企画を実現できるのも、グローバルメディアとして多くの方に認知いただいている『GQ』ならではの魅力だと、実感しました。ちょっと無理かなと思うような企画も、提案してみるとみなさん意外と乗ってくださる。逆に彼らにとってもこういった機会が珍しいようで、『GQ』で新たな出会いのきっかけ作りができたらと思っています。

『GQ JAPAN』2024年5月号

──同号はアート&クラフトがテーマでしたが、クラフトというのも、近年世界的に注目されている分野ですね。

石田 はい。アートと同じく、クラフトも読者のみなさんが気になっている分野のひとつなので、いつか取り上げたいと思っていました。私自身も非常に興味があります。ラグジュアリーブランドもクラフト関連の取り組みをしているし、最近はギャラリーでも陶芸作品の展示をよく見ます。つまりこれはいま、クラフト……なかでもとくに日本の陶芸へのの関心が高まっているということだろうと。

「GQ JAPAN Creative Weekend」より浜名一憲の展示

──石田さんご自身は様々なメディアでのご経験がおありですが、これまでのキャリアのなかで、アートに関心を持ったきっかけや、ターニングポイントはどこにあったのでしょう?

石田 じつは私、大学時代にキュレーターを志していて、学芸員資格も取り、大学院では美学を学んだんです。卒業後は、何かしらアートに携わる仕事をしたいと考えて雑誌社に入社したのですが、はからずもファッション担当になってしまって(笑)。以来、ファッションをメインにしながら、アートや建築にも触れてきました。

大きなターニングポイントのひとつは、『VOGUE JAPAN』で担当したアート特集です。ちょうど2007〜08年、村上隆さんがガゴシアン・ギャラリーでの初個展や、ロサンゼルス現代美術館での回顧展をやっていらしたタイミングで出た号でした。ロサンゼルス現代美術館の展示では、ルイ・ヴィトンと村上さんとのコラボレーションバッグがアート作品として展示されていて。アートとファッションの違いは何か?ということを考えさせられましたね。それから少しして担当した、マーク・ジェイコブスと草間彌生さんとの対談も非常に思い出深いです。その記事がきっかけとなり、ルイ・ヴィトンと草間さんとのコラボレーションにつながったんです。

石田潤 『GQ JAPAN』ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント

あらゆるクリエイターの交流地点に

──『GQ』のようなファッション中心のメディアでアートを扱うとき、意識していることはありますか?

石田 アートの専門雑誌ではないので、どちらかといえばファッションに興味を持っている方たちが、どうアートに接点を見出してくれるかを考えることが大事だと思っています。なので、ファッションに親和性の高いアーティストを紹介したり、逆にファッションのフィールドに影響力をお持ちで、アートに関心がある方を取り上げたりと、試行錯誤しています。

とはいえ、いまではブランドとアーティストとのコラボレーション・プロジェクトを本当によく見ますし、すでにある程度土壌は整っていると思います。また、「購入する」というのもアートと接点を持つひとつの選択肢ですが、『GQ JAPAN』で読者の市場調査を行ったところ、アートを購入しているという人の率が意外に高かったんです。想定以上に、アートを購入し、所有する志向が広まりつつあるのかもしれません。

「GQ JAPAN Creative Weekend」よりトモコイズミの展示

──アートに関して、今後はどういったアプローチをお考えでしょう?

石田 雑誌としては年に1回アート特集を組んでいきたいということと、あとは読者が実際にアートやクリエイションに触れることのできるリアルのイベントを開催し、コミュニティ作りもしていきたいと思っています。それから、昨年『GQ』が立ち上げた「グローバル・クリエイティビティ・アワード」も継続していきます。これはあらゆるクリエイティブ分野で活躍する方々を表彰するアワードで、2回目となる今年、日本では音楽のフィールドから星野源さん、建築家の石上純也さん、アーティストの玉山拓郎さん、映画監督でありアーティストである石原海さん、ファッションデザイナーのトモコイズミさん、陶芸作家の浜名一憲さんの6名を選出しました。

──アワードの選出基準はなんですか?

石田 創造性を持ってものづくりをしている人ということが大前提で、あとは日本国内にとどまらず、海外に向けての発信をしていたり、ジャンルを超えた活動をして、その領域を押し広げている人などです。たとえば石上さんは建築家でありながら、アート作品も発表されていますし、浜名さんも、ロエベのプロジェクト「ロエベ・ランプ」に参加し、壺のランプを制作されています。

「GQ JAPAN Creative Weekend」より石原海の展示
「GQ JAPAN Creative Weekend」より石上純也の展示

──複合的なクリエイティビティですね。同アワードに関連して5月18〜19日の2日間「クリエイティブ・ウィークエンド」が一般公開されました。作品展示やトークを中心としたイベントですね。私も関係者向けのプレビューにお伺いしましたが、本当に多種多様な業界の方々が訪れて大盛況でした。

石田 はい。おかげさまですごく面白い企画になりました。アート、建築、ファッション、クラフト、映画がひとつの空間で同居することって、なかなか日本ではお目にかかれないですよね。コミュニティも、往々にして各分野ごとに分かれがちですが、『GQ』がもっとこうした場を設けて、あらゆる分野のクリエイターの方々が一堂に会する機会を作っていきたいと考えています。

「GQ JAPAN Creative Weekend」より石上純也と玉山拓郎のトーク風景

──YouTubeやSNS等でクイックに情報を仕入れることが主流となったいま、雑誌や本といった紙媒体は購買数という点では非常に厳しい状況にあります。そういった点で、『GQ JAPAN』はどのようにして購読者を広げていかれますか?

石田 コンデナスト社がわりと早い段階でデジタルに取り組み始めたというのもありますが、『GQ JAPAN』はYouTubeのチャンネル登録者数が日本のラグジュアリー・メンズメディア内でトップクラスなんです。そういったことからも、我々はあまり雑誌社という意識はなく、「メディアカンパニー」であると自認しています。そしてひとつのコンテンツを誌面、ウェブ、SNSで複合的に発信することで、それぞれの媒体のターゲット層にアプローチしています。

──最後に、石田さんがいま個人的に気になっているアーティストやアート界の動きを教えてください。

石田 国立国際美術館で始まる梅津庸一さんの「クリスタルパレス」展と、来年1月から豊田市美術館で開催される玉山拓郎さんの個展が非常に楽しみです。新しい世代を代表する方々が大きな美術館で個展をやられるということで、どういった展開が見られるのか、とても期待しています。

石田潤 『GQ JAPAN』ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント

イベント出演予定
Tokyo Gendai Art Talks Session 8
日程:7月7日(日) 15:00〜16:00
開催場所:横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)
登壇者:三嶋りつ惠 (アーティスト)、石田潤 (『GQ JAPAN』 ヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント)

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。