太平洋戦争終結から77年が経過する2022年。画家の丸木位里・丸木俊夫妻が共同制作した《原爆の図》を常設展示する埼玉県の原爆の図 丸木美術館で、核や戦争の問題に現代の視点から迫る注目すべき展覧会、蔦谷楽 「ワープドライブ」展が開催中だ。
蔦谷楽(つたや・がく)は1974年東京都生まれ。ニューヨークを拠点に活動するアーティストで、本展が日本初個展となる。2022年「ハワイトリエンナーレ」に参加、アメリカ国内で発表を重ね、20年にニューヨークのUlterior Galleryで開催した個展は『New York Times』や『Artforum』でレビューが掲載されるなど、近年注目を集めている。2005年に「横浜トリエンナーレ」に参加しているものの、翌2006年から渡米していることもあり、日本で紹介される機会はこれまでほとんどなかった。本展は満を持しての展覧会となるが、これまで日本とアメリカの両方の視点から核問題に取り組んできた作家にとって、原爆の図 丸木美術館はまさに格好の会場と言えるだろう。
核や戦争の悲劇的な歴史をリサーチし、そこからイメージを立ち上げる本展の情報量は非常に多い。そのすべてを紹介するのは難しいのでぜひ会場に足を運んで作品を見てほしいが、ここでは作家のコメントを交えつつ見どころを紹介したい。
本展は大きく分けて3つの展示で構成されている。
会場入口にあるのは大型の絵画作品2点。これは第二次世界大戦時にイタリア系や日本系アメリカ人を抑留した収容所があったモンタナ州ミズーラにある、フォートミズーラ歴史博物館での滞在プログラムで制作されたものだ。作品の着想源となったこの収容所について、蔦谷は興味深いエピソードを語る。
「ここの収容所は特殊で、家族で収容されるのではなく、集められた日系人は一世の男性のみ。30年以上アメリカに住み、アメリカ国籍はもらえなかったものの、社会的な成功を収めたコミュニティリーダーのような人たちです。そういう人たちがスパイ容疑で捕まりました。そして彼らは、自身の裁判を待つあいだにゴルフをしていたそうです。当時のアメリカにおいて、日系人がゴルフをするというのは意外なこと。この組み合わせを面白いと思い、作品では日系人をゴルフボールの頭を持つキャラクターとして描きました」
蔦谷の作品に一貫するのは、歴史的事実をリサーチしながら、それらを自分のフィルターを通してファンタジックな世界に落とし込み、物語として再構築するという手法だ。ゴルフボール頭の日系人のほかに、大統領はハイイログマ、国務長官はツキノワグマ、国境警備隊はコヨーテといった具合に、同地に住む動物のかたちを借りて、アメリカ人が描かれる。蔦谷は子供の頃からマンガに親しんできたというが、こういった表現方法は戯画・風刺画の伝統にも連なるものだろう。
「作品では国籍や肌の色といった特徴を消すために、人物を動物や虫の姿で描いています。特定の国や為政者の話ではなく、社会のシステムとして見えるよう、寓話的な作品にしています」
続く展示室にある「Daily Drawings: Spider’s Thread(くものいと)」シリーズは、日米両国の資料リサーチと日米の被爆者、核の専門家へのインタビューのもと制作された、核の歴史を描く47枚のドローイング・シリーズ。本展ではこのなかから19枚が展示される。
このシリーズは2020年6〜8月の47日間に、毎日1枚ずつInstagramやFacebookなどのソーシャルメディアで発表された。各作品は、現代の日米の視点から核兵器の歴史を考えるうえで、重要だと考えられる47のポイントが描かれている。
たとえば、原子爆弾を開発した最高機密マンハッタンプロジェクト。1943年に建てられた世界初のプルトニウム生産工場であるワシントン州のハンフォード・サイトのまちづくり。ポツダム宣言。広島・長崎への原爆投下と、その後アメリカによって両地に作られたリサーチ機関ABCC(原爆障害調査委員会)。また日本の被爆者だけでなく、戦後しばらく立ってからも深刻な障害に苦しむ、ハンフォード・サイト近隣で生まれ育ったアメリカ人の被爆者の姿もある。ここで語られるのは77年前に終わった戦争の話などではなく、核がいまにいたるまで人々の生を脅かし続けている、現在進行形の歴史の一端なのだ。
「ウクライナ戦争が始まったいま、その報道や専門家の分析を見てわかったのは、第二次世界大戦の時と戦争が起きる構図はそっくりだということ。そこで今回は、(第二次世界大戦のみに限定するものではなく)戦争そのものを考え展示にしたいなと思いました。日本とアメリカの戦争のきっかけとなったパールハーバーから、原発も含めた、現代まで続く戦争の影響の話を扱っています。戦争が始まるとどういうことが起きるのか、それが要所要所で追って見えるものになっています」
会場で配布されているハンドアウトには、これらの作品のもとになった核と戦争をめぐるエピソードが詳しく紹介されており、作家のリサーチの成果から、鑑賞者も様々なことを知ることができるだろう。
なかでも、広島に原爆を投下したB-29の機体「エノラ・ゲイ」は蔦谷にとって重要なモチーフだ。作家は現在エノラ・ゲイを展示しているバージニア州のスティーヴン・F・ウドヴァーヘイジー・センターに赴き、そこで本物を見てエノラの機体を描いている。
今年の「ハワイトリエンナーレ」では、エノラ・ゲイの頭部を等身大で模した立体物の内部をシアターにした、鑑賞者が入って見ることができる作品を展示した(画像はこちら)。今回の個展に本作を持ってくる計画があったそうだが、運輸の困難から叶わなかった。
また、核の問題を扱う本作の発端は、2011年の東日本大震災だったという。
「個人的につらいことが起き、私が人生のどん底にいるときに、東日本大震災が起きました。それを機に、4月から日本に1年ほど帰ってきました。苦しい状況のなか、私にできることはないだろうかと考え、1日1枚作品を描いてネットで発表するということを始めました。描き続けるなかで作品が次々と変化していくことに面白さを感じ、『Spider’s Thread』へとつながる手法になりました。
東日本大震災の後は災害をテーマに作品を制作していたのですが、その後2015年に元土木技術者だった父が、復興道路の現場監督として福島に行くことになりました。父の健康も心配でしたし、このときから放射能について色々と調べるようになったんです」
放射能や原子力開発について調べるなかで、時代を遡って核兵器の開発や戦争というテーマに行き着いた。
メイン展示室には、前述の絵画/ドローイングをもとにした映像作品と、立体構造物からなるインスタレーションを展開する。この立体構造物は、第二次世界大戦時にアメリカで建設された日系人強制収容所のバラックと、戦後の広島・長崎に建てられたバラックという2つのモチーフを接合したかたちだ。
暗い展示室に配置されたバラックは異様な存在感を放ち、人類の「負の歴史」を表現するようなものものしさを醸し出す。と同時に、パフォーマンスやアニメーションによる映像にはどこか滑稽でユーモラスな雰囲気も漂う。もとになったドローイング同様、戯画的に核の歴史を風刺する。
ちなみに、作品には動物とともに虫のイメージも頻繁に登場するが、ドローイング・シリーズのタイトル「Spider’s Thread」は「クモ」と「きのこ雲」をかけているという。
「これは日本語話者にしかわからない言葉のかけ方で、私はよく作品にこういう言葉を使います。アメリカで『くも』にSpiderとCloudの両方の意味があると説明するとびっくりされるんですが、それは意味のあることだと思います。日本人の私だからこそ、西洋美術史で使われてこなかったシンボルとして、作品に使うことができるんです」
「アメリカと日本では核に関するとらえ方に大きな違いがあります。私は日本人なのでアメリカ人の知らない視点も持っているし、アメリカに住んでいることでアメリカの視点も知ることができる」
このように語る蔦谷の作品は、核をめぐる複雑な歴史を、一面的な見方ではない、より包括的な方法で描き出そうと試みる。寓話的に再現された作品から、鑑賞者はいま・ここにある私たちの問題として、戦争や核について改めて考えを巡らせることができるだろう。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)