フィンランド・グラスアートの涼やかな光の秘密。東京都庭園美術館学芸員・吉田奈緒子が語る「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」

アルヴァ&アイノ・アアルト、グンネル・ニューマン、カイ・フランク、タピオ・ヴィルッカラ、ティモ・サルパネヴァ、オイヴァ・トイッカ、マルック・サロ、ヨーナス・ラークソ。8名のデザイナーが見せるフィンランド・グラスアートの世界を紹介

会場風景より、吉田奈緒子(東京都庭園美術館学芸員)とフィンランドグラス 撮影:西野正将

東京都庭園美術館で9月3日まで開催中の「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」は、1930年代から現在に至るまでの8名のデザイナーと作家が手がけた優品約140件に焦点を当て、フィンランド・グラスアートの系譜を辿るというもの。「アートグラス」の名のもと、デザイナーと職人との協働作業によって生まれた涼やかな作品が並んでいる。担当キュレーターの吉田奈緒子(東京都庭園美術館学芸員)に、フィンランドのグラスアートと、本展を深く知り、楽しむための注目ポイントを聞いた。【Tokyo Art Beat】

会場風景 撮影:西野正将

アアルト夫妻、グンネル・ニューマン、カイ・フランク……フィンランド グラスアートの歴史をたどる

──はじめに、フィンランドのグラスアートがこの展覧会のテーマですが、フィンランドのグラスアートにはどのような特徴があるのでしょうか?

フィンランドは1917年にロシアから独立しました。つまり、まだ生まれて100年強しか経過していない若い国です。フィンランドは国内の産業、そしてアイデンティティの育成のために国家事業として早くからデザインに力をいれていました。国内外の見本市や万国博覧会などで積極的に自国のデザインをアピールするほか、デザイン学校を創立し、人材を育成していったんですね。その過程で成長したのがグラスアートの分野です。この展覧会では芸術性が極めて高い製品を「アートグラス」、そのなかでもアーティストが制作に必ず立ち会ったものを「ユニークピース」と呼んでいて、これらの総称を「グラスアート」としています。

展覧会では1930年代から現代までの8名のデザイナーや作家の作品140件を揃え、その系譜を辿ります。さきほどフィンランドは独立国家としては若い国と説明しましたが、それゆえにこの展覧会を見れば、フィンランドのアートグラスの歴史を大まかにたどることができます。

会場風景より、グンネル・ニューマンの作品 撮影:西野正将

──フィンランドのガラスは、現在の日本でも非常に人気が高いです。

昨年、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されていた「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」でも大きく紹介されていたアルヴァ・アアルト(1898〜1976)、アイノ・アアルト(1894〜1949)夫妻の手がけたデザイン・プロダクトは日本でも非常に人気です。夫妻はフィンランドのデザインの黎明期を支えたデザイナーで、ガラスの分野では花器《サヴォイ》など有機的な曲線の作品が知られています。大食堂のマントルピースの上にある《アアルト・フラワー》は、1939年のニューヨーク万国博覧会フィンランド館のために夫妻が協働してデザインしたものです。

会場風景より、アルヴァ&アイノ・アアルト 《アアルト・フラワー(3031、3032、3033、3034)》(1939) 撮影:西野正将

──1933年に竣工した本館の雰囲気とも合っていますね。緑色のグラデーションも美しいです。ほかの作家作品も建物との調和しているように感じます。

《アアルト・フラワー》は1939年生まれで、33年に竣工した本館と作られた年代が近いですからね。ただ、年代が異なる8名の作家作品の配置はどの部屋もかなり考えました。

──それはなぜでしょうか?

本展に限ったことではありませんが、本館、特に2階は小部屋が多く、部屋ごとに特徴が強く出ていますから。今回は展示件数が多かったので、スペースを確保するのも大変でした。ただ、グンネル・ニューマン(1909〜1948)の《魚》を大食堂で展示することは早い段階で決めていました。大食堂のラジエーターレジスターの柄も魚なので、合わせたいなと思ったんです。

グンネル・ニューマンは乳がんのため39歳の若さで亡くなった、アアルト夫妻ともに1930〜40年代に活躍したデザイナーです。大客室や小客室でも彼女の作品を展示していますが、彼女のグラスアートの特徴であるガラスの質感を生かした作品と空間の調和もあわせてお楽しみいただきたいです。

会場風景より、グンネル・ニューマン《魚》と、本館 大食堂のラジエーターレジスター 撮影:西野正将

光で見え方が変わるグラスアート

──展示室や作品によって光の使い方が異なるところも興味深かったです。部屋によって自然光であったり、背後から作品に照明を当てていたり、真っ暗にしてみたり……。

ガラスは色があり、光を透過し、独特の質感を持つ素材です。とても魅力的な素材ですが、光の向きや強さで作品の見え方が大きく変わるため非常に苦心しました。

本展は巡回展で、先に行われていた会場で実際の作品を見て、色味やスケール感を把握していたつもりです。けれども、照明や光を当てて作品がどのような見え方をするかは実際にその場で試してみないとわからないので、一つひとつの作品に細かい調整を加えていきました。

カイ・フランク(1911〜1989)の作品は主に2種類の光で鑑賞していただけます。フランクは、シンプルでスタッキングできる形状の食器などを手がけ、現在も人気の作家のひとりです。ガラスを手吹きし、大胆な色使いでのびのびした形状の一点ものの作品も手がけることもありました。

2階の若宮寝室では、フランクの作品を自然光で展示しています。ここは午前中と夕方で窓から入る光の加減が異なりますし、天候によっても大きく異なります。ですので、訪れるたびに印象が異なるはずです。

会場風景より、若宮寝室。カイ・フランクの作品が並ぶ 撮影:西野正将

若宮寝室、中央の巨大なゴブレットは、同心円状に異なる色を重ねる「リング技法」で制作されています。そして、隣の合の間にあるフランクの作品は、同じリング技法で制作したもので、後ろから光を当てて展示しています。光に在り方によって見え方がどのように変わるかを感じていただきたいです。

会場風景より、合の間。カイ・フランクの作品が並ぶ 撮影:西野正将

──光の在り方や強さで印象が大きく変わることがわかりますね。

対して、書庫や殿下寝室で展示しているタピオ・ヴィルッカラ(1915〜1985)の作品は、完全に外からの光を遮断し、側面から光を当ててクリスタルガラスの質感を浮き立たせるようにしました。

ヴィルッカラは自然をこよなく愛したデザイナーで、使うモチーフも木や氷など、自然に関するものが多いです。書庫にある作品も氷のようなイメージを感じてもらいたいと思い、室内を暗くしてガラスにドラマティックに光を当てた展示をしています。個人的な話になりますが、私は思い入れのある作品を書庫に置くことが多いんです。今回もヴィルッカラの作品が書庫とうまくはまってよかったです。

会場風景より、書庫。タピオ・ヴィルッカラの作品が並ぶ 撮影:西野正将
会場風景より、タピオ・ヴィルッカラ《氷山[3525/3825]》(1950) 撮影:西野正将

そして、続く妃殿下居間ではヴィルッカラの作品をカーテン越しの柔らかい自然光で展示しました。展示に際して、カーテンを開くか、閉じるかについても、その場で試しながら行っていましたが、それぞれの部屋でガラスの質感や輝きをどのように感じられるかを楽しんでみてください。

また、ティモ・サルパネヴァ(1926〜2006)の作品は北の間に展示しています。自然光ではありますが、窓が北向きなので朝でも夕方でも均等で柔らかい光が入ってくる空間です。サルパネヴァの作品は、緩やかな曲線を描いたフォルムや、力強い質感を特徴としています。フィンランドのデザインメーカー、イッタラの「i」マークのロゴを制作したことでも知られています。

会場風景より 撮影:西野正将

──そして、新館での展示は本館とは雰囲気が大きく変わりますね。また、作品もより自由で色彩も鮮やかになったように思います。

2013年に竣工した新館での展示は、照明を綿密に調整しているので、ガラスの色や質感の美しさをしっかりと堪能できるかと思います。こちらの展示も照明にはこだわりました。特に予想外なことが多かったのが影。照明の光が作品を透過し、色の付いた影が落ちるのですが、作品の形状と相まって不思議な形や色をしていて、それだけで美しいんです。新館の作品はガラスケースに入っていない作品も多く、影が見やすいので、作品とあわせて見てみてください。

新館の会場風景 撮影:西野正将

今回出展している8名の作家のなかで、マルック・サロ(1954〜)とヨーナス・ラークソ(1980〜)が存命の作家です。サロはワイヤーやメッシュなどガラスと異素材を組み合わせたビビッドな色合いの作品を作ります。

そして、ラークソが出展作家のうち一番の若手です。ヨーロッパでは各国、地方ごとに特色あるガラス工芸が発達しており、ラークソは色鮮やかで細やかな技術で知られるヴェネチアのガラスの作り方に大きく影響を受けています。《はちみつ》もそのひとつで、彼の作品のなかでも私が気に入っている作品です。中央のガラスを彫り込んだ部分がはちみつや蜂の巣を連想させます。ガラスの世界は分業制を取るアーティストも多いのですが、ラークソはデザインだけでなく、自分でガラスを吹いて作っています。

会場風景より、吉田奈緒子(東京都庭園美術館学芸員)とヨーナス・ラークソ《はちみつ》(2014) 撮影:西野正将

アール・デコ建築の美術館とグラスアートのコラボレーション

──この展覧会は巡回展で、すでに富山市ガラス美術館や茨城県陶芸美術館などでの展覧会を終えています。庭園美術館ならではの見どころポイントというものはありますか?

やはり、アール・デコ建築の本館を使った展示はほかの館では見ることができないものだと思います。また、ガラスを美しく見てもらいたいので展示台の高さや形も考えました。グンネル・ニューマン作品の展示台は単なる直方体ではなく、緩やかなカーブを付けて、作品、展示室との調和を図っています。

順路も通常の庭園美術館の展覧会と若干変えました。まずは大広間から大食堂に移動し、それから大客室へ移動してもらうよう設定しました。普段の展覧会では、順路の最初に香水塔があり、一度見たらそこで終わり。でも、香水塔とグラスアートがコラボレーションしたら面白そうと思ったので作品を見て歩いていくうちに、鑑賞者は香水塔にどんどん近づいていくという流れにしました。いい機会なので、ガラスとともに香水塔もじっくりと見ていっていただければと思います。

会場風景より。大客室に展示された作品の先には美術館のシンボル、香水塔が見える。 撮影:西野正将

──館内に鳥の作品がときどき登場しているのも印象的でした。鳥とともにキャプションで「次は2階へ」「よい一日を」と呼びかけてくれています。

オイヴァ・トイッカ(1931〜2019)の《シエッポ》や、カイ・フランクの《ヤマシギ》のように鳥のオブジェは多いですね。それはフィンランドが森の国だから。人間と鳥は密接な関係があり、それゆえに多くのデザイナーがモチーフとして鳥を採用しているのです。

また、鑑賞者の道先案内役として登場してもらったのも当館ならではの展示かもしれませんね。

会場風景より、さまざまな場所にあらわれるオイヴァ・トイッカの鳥 撮影:西野正将

案内をしてくれる鳥はトイッカによるものです。彼は、カラフルで自由な作品で知られていますが、1971年に発売して以来ずっと大人気の「バード・バイ・トイッカ」シリーズの生みの親。イッタラから販売されているガラス製の鳥のオブジェで、毎年色違いの多種多様な鳥たちが生まれています。

──お子さまも来館してガラスと親しめるよう、小学生以下の方にお土産を用意しているとうかがいました。

数量限定の先着順ですが、小学生以下のご来場者様へオリジナルの透明おりがみを配布しています。同封の手順どおりに折り上げると、カイ・フランク《ヤマシギ》を模した作品ができあがるかわいらしいもの。折り紙そのものものがキラキラしていてかわいいです。

会場風景より、カイ・フランク《ヤマシギ》(1953) 撮影:西野正将

このほかにも、普段ベビーカーでの入場をご遠慮いただいている場所もベビーカーで入場可となる「ベビーデー」や、誰でもゆったりと鑑賞できる「フラットデー」、重要文化財に指定されている茶室「光華」の特別公開なども会期中に予定しています。7、8月の金曜日は開館時間を夜21時まで延長するので、仕事帰りにもお立ち寄りいただけます。

──それにしても、フィンランドのグラスアートは多彩です。

展示を一通り見ると、時代や人によってさまざまな表現があることを実感していただけると思います。ガラスは見るだけでも涼しいですし、美術館も冷房がきいていますので、この夏休み、展覧会を見に、そして涼みにきていただきたいなと思っています。

会場風景 撮影:西野正将


浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。