表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京でケリス・ウィン・エヴァンスの個展 「L>espace)(...」(「espace」は打ち消し線つき)が開幕した。会期は7月20日~2024年1月8日。
ケリス・ウィン・エヴァンスは1958年、英国ウェールズのラネリー生まれ。現在はロンドンとノーフォークを拠点に活動。ロンドンのセント・マーチンズ・スクール・オブ・アートとロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学んだ後、短編の実験映像作家として活動を開始し、90年代にビジュアルアート、コンセプチュアル・アート作品を手がけるようになった。エヴァンスの作品は、ネオン管、音、写真、ガラスなど様々な素材を用いて、没入的な空間の中で鑑賞者の知覚や現実の概念を揺さぶるようなスタイルが特徴。
2003年のヴェネチア・ビエンナーレではウェールズを代表する最初のアーティストとなり、作品はニューヨーク近代美術館(MoMA)、テート・モダン、ポンピドゥー・センター、フォンダシオン ルイ・ヴィトン、パリ市近代美術館に所蔵されている。
今回の展覧会 「L>espace)(...」は、フォンダシオン ルイ・ヴィトンの所蔵コレクションをミュンヘン、ヴェネチア、北京、ソウル、大阪といった、世界各地のエスパス ルイ・ヴィトンで展開する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として開催される。
展示作品は《“LETTRE À HERMANN SCHERCHEN” FROM ‘GRAVESANER BLÄTTER 6’ FROM IANNIS XENAKIS TO HERMANN SCHERCHEN(1956)》(2006)、《SENTIMENT》(2010)、《...IN WHICH SOMETHING HAPPENS ALL OVER AGAIN FOR THE VERY FIRST TIME》(2006)、《A=F=L=O=A=T》(2014)、《STILL LIFE(IN COURSE OF ARRANGEMENT...)Ⅱ》(2015)の5作品。
シャンデリアが瞬く《“LETTRE À HERMANN SCHERCHEN” FROM ‘GRAVESANER BLÄTTER 6’ FROM IANNIS XENAKIS TO HERMANN SCHERCHEN(1956)》は、その瞬き=モールス信号によって、現代音楽の作曲家として知られるヤニス・クセナキスがドイツ人指揮者のヘルマン・シェルヘンに宛てた手紙の内容を伝える作品。
自作に詩や文学をしばしば取り入れるエヴァンスのスタイルを象徴するのは、ネオン作品の《SENTIMENT》と《..IN WHICH SOMETHING HAPPENS ALL OVER AGAIN FOR THE VERY FIRST TIME》。宙吊りのテキストとテキストが伝える内容、その背景にある表参道〜六本木の都市風景とが相見える状況はSentimentのタイトルの通りどこか感傷的な気分を呼び起こすかもしれないが、あくまで解釈は自由だ。
こうした作品への没入感の誘水となるのが、会場奥の天井から吊り下げられた《A=F=L=O=A=T》が発する複数の持続音。作家がパリのフォンダシオン・ルイ・ヴィトンのために制作したという本作は、作品の一部でもある送風機が会場の空気を20本のガラス管フルートに送り、フルートから音が押し出されるという仕組みになっている。場の空気を循環させ、すべての作品の仲立ちをするような有機的な印象を放つ本作。その仕組みに気づくとさらに、その音色が安心感を伴って心地よく感じられてくるから不思議だ。
会場で唯一、地面に設置されている松の木は《STILL LIFE(IN COURSE OF ARRANGEMENT...)Ⅱ》。これは詩人でアーティストのマルセル・ブロータースの作品への共感をベースにしたもので、じつはよく眺めると回転していることに気づく。じっと見つめない限りは回転していることに気づかないほどの速度なのだが、この遅さを体に刻み、たっぷりと時間をとってエヴァンスの作品を眺めて交感することが本展の最適な鑑賞方法なのかもしれない。
夏と秋と冬、朝昼晩の光の加減で異なる表情を見せる展覧会でもあるため、いつもと違う時間感覚で詩的空間への旅をしたくなったら、何度でも訪れることをおすすめしたい。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)