1月9日に東京・両国国技館で開幕した大相撲初場所初日。昨年の九州場所で2場所連続優勝を果たした横綱・照ノ富士の、3場所連続優勝という103年ぶりの快挙がかった本初場所で、ある化粧まわしが注目を集めた。
黒地にグラフィカルな図像がかかれた現代的なヴィジュアルの化粧まわし。これは、アーティストの大山エンリコイサムが手がけた特別な化粧まわしだ。
化粧まわしとは、相撲で力士らが土俵入り用に使うエプロンのような美しいまわしのこと。通常は、後援企業が力士を応援するために自社の宣伝も兼ねて制作し、力士の好みや出身にちなんだものが多いが、今回は個人アートコレクターの発案により、現代美術をあしらった化粧まわしを照ノ富士に贈呈する運びに。候補となったアーティストから横綱の希望を受け、大山が選出されたのだという。
昨年4月に大山と照ノ富士は直接挨拶をし、そこからコーディネーターや職人との連携を経て、年明けに完成したばかりだ。
大山の代表的な制作スタイルと言えば、エアロゾル・ライティング(グラフィティ)の文字や色彩を取り除くことで見えてくる描線の型「クイックターン」を使用して画面を構築する、「クイックターン・ストラクチャー」(QTS)による描画。今回の化粧まわしはそれが大々的にフォーカスされたものになっている。
今回の化粧まわしについて、制作背景やこだわったポイントについて大山に聞いた。
──制作のヴィジョンについて教えてください。
強靭な精神の持ち主である照ノ富士関に相応しい作品を生み出すことに集中しました。私の表現である「クイックターン・ストラクチャー」(QTS)は抽象なので、具体的な対象やメッセージを表すわけではありません。そのため、純粋な造形のスタイル=かたちのうちにある「構え」によって、横綱の人格や風格を捉えることを試みました。また相撲は神技であり、伝統を重んじる日本の国技なので、その価値観を尊重しつつ、現代美術によって新しい感性の化粧まわしを提示しようと考えました。
──とくにこだわった点、気をつけた点はありますか?
今回は職人と連携し、初めてQTSを刺繍で表現しました。刺繍とはいえ、私の絵を他者の手で正確に再現するのは容易ではないため、原画を一度デジタル化し、レーザーで生地にアウトラインを写し取り、その内側を刺繍するという一手間かかったプロセスで制作しました。また相撲はテレビでも鑑賞されます。会場だけでなくテレビの画面を通したときの見え方や、三つ揃えで並ぶときのバランスなど、多角的に検討し、作品を完成しました。
──着衣の横綱を見てどう思われましたか?
初日に化粧まわしを着た横綱が土俵入りした瞬間は、とても印象的でした。神聖な場に自分の作品が関われたことを嬉しく思います。横綱は初日も白星スタートでした。3連覇の偉業に向け、この化粧まわしが少しでも後押しになればと思います。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)