ミュージシャンや俳優といった現代のカルチャーアイコンや憧れの対象、歴史上の人物や身近な友人などを描いた肖像画でとくに知られるアーティスト、エリザベス・ペイトン。2017年には、日本の美術館で初めての個展となる「エリザベス ペイトン:Still life 静/生」が原美術館で開催され、話題を集めた。
このたび、ニューヨークやロンドン、香港、ロサンゼルス、パリに拠点を持つギャラリー、デイヴィッド・ツヴィルナーによるペイトンの新作個展「エリザベス・ペイトン:daystar ⽩露」(9⽉8⽇〜24⽇)が京都・祇園の寺院・両⾜院で開幕した。内覧会に出席した作家の言葉とあわせて、会場の様子をレポートする。
会場である両⾜院は1358年に創建された臨済宗の寺院。禅宗(臨済宗)では茶道や芸術は⻑年にわたって禅の思索の対象とされており、両⾜院では近年、現代美術の展覧会が数多く開催されている。ペイトンにとって日本では約7年ぶりの個展となる本展は、寺院の歴史や環境を踏まえながら制作されたサイトスペシフィックな展示となり、モノトーンの作品などを中心に構成されている。
展示作品は、パリのフランス国立図書館で行われたエドガー・ドガの版画展「白と黒のドガ」で作家が見たモノタイプ作品などにインスピレーションを受けて制作が始まった。制作した作品をどこか特別な、私的な空間で見せたいと考えていた作家が出会ったのが両足院だったという。
寺院の中に足を踏み入れると、目の前に広がるのは静かで幽玄な空間。祇園の喧騒から束の間離れ、時間がゆっくりと流れるような雰囲気にどこか心が落ち着く。展示会場は、本堂にあたる方丈と、大書院、茶室に分かれており、いずれも緑が映える日本庭園に面している。
今回ペイトンは両足院を何度か訪れ、現地で作品制作を行った。展覧会タイトルを冠した《daystar hakuro(Ryosokuin)》、方丈で見ることのできる《Commune(Elvis)》《Komorebi(E)》はいずれも襖として制作された作品だ。
「素材や色がこの場所に溶け込むようなもの、あるいはもともとこの場所にずっとあったように見えるものを作りたいと考えていました。それが抽象的になり、ときには風景のようにも見えるようなものです」とペイトンが語るように、襖や掛け軸はともすれば見逃してしまいそうになるほど室内の空間に調和している。エアコンのない開放的な空間のため、心地よい風や鳥の声を感じながら作品と向き合うことができる。天気や時間によって異なる鑑賞体験となるだろう。
仏像が置かれた内陣の脇にある襖の作品と、同じく方丈に展示されている掛け軸の作品は、どちらも同じ《Commune(Elvis)》とのタイトルがつけられているが、これらはもとはひとつの作品だったそう。方丈にいる人々が画面上の筆の痕跡を動くものとしてとらえ、そこから何かしらの表情を読み取ることができるかもしれないような、「一個の抽象」を目指したという。大書院には、エルヴィス・プレスリーの深みのあるまなざしを描いた油彩画《Elvis Angle(Elvis's Eyes)》も展示されている。
今回の展示とエルヴィスは一見結びつかないようにも感じられるが、なぜこの場所にエルヴィスの作品を展示したのだろうか。ペイトンは次のように語る。
「エルヴィス・プレスリーのことは普段からよく考えていて、音楽も聴いているのですが、私は彼がいかにスピリチュアルな存在だったのかということについてとくに考えていました。そして、こういう(寺院のような)場所や聖堂などにいるときにもよくエルヴィスのことを思い浮かべ、もし彼が(長く生きて)世界中のいろんな場所で時間を過ごすことができたとしたら、彼の人生はどんなだっただろうかと考えるのです。
同時に、私はこの展覧会に取り組んでいるあいだ、ラルフ・ウォルドー・エマソンの『自然論』を読んでいました。そのなかでエマソンは簡潔に『なぜ私たちは自分たちの神を作らないのか? なぜ私たちは自分たちの時間ではなく、他の時間の、昔の神々を受け入れるのか?』と書いています。そこで、この空間にふさわしいものは何かを考えているときに、私はエルヴィスの尊厳や彼のスピリチュアルな瞬間を取り戻すような、非常に私的な彼の絵を作りたいと感じたんです。もしこの場所にふさわしいような彼の絵が描けたら良いだろうと思いました」
方丈の奥の小さな部屋の床間には、油彩画《Yes!(Vampire)》が飾られている。一見では抽象画にも見えるような力強い筆致と落ち着いた色使いで描かれたふたりの人物の姿。静謐な空間に置かれた肖像画がふたりの内面や関係性など物語への想像を掻き立てる。
今回ペイトンは寺とのやりとりを重ねて信頼関係を築き、作品制作に使う素材を何点か両足院から提供された。掛け軸や作品を支える什器にも一部、両足院の所蔵物を使用している。
掛け軸の表装に使われているのは、両足院の副住職である伊藤東凌の祖父が法要の際に身につけていた法衣だ。布を探していた際に「特別感が足りない」と感じていたペイトンが伊藤に相談したことで実現したという。
「ご先祖の持ち物を大切にしていることを知っていたので、伊藤さんに古い布を持っていないか尋ねました。すると、彼はとても寛大にこれらの布を提供し、私が作品に作り替えることを許してくれました」(ペイトン)
大書院には、庭に面して大きな木の構造物が建てられ、そこに複数の作品が掛けられている。この木材とドローイングのフレームは、長持(衣服や調度を収納する木製の箱)を解体して制作された。どちらも両足院で大事に保管されつつ、長年、蔵の中で眠っていたものだ。
木枠には油彩画や墨に和紙で描かれたドローイング、モノタイプ、金の光沢のあるペイントで描かれた作品など、サイズや技法も様々な14点が並ぶ。一際大きく、黒い画面が印象的な作品は、リノカットの版画作品として作られた、両足院の副住職・伊藤東凌をモデルにした肖像画だ。このほかにもボブ・ディランを描いた版画なども展示されている。
ペイトンは画材を選ぶ際にも展示会場の空間を意識したと言い、襖をはじめ日本画を意識した作品については「これまでもよくメタリックな絵具を使ってきました。私は専門家ではありませんが、日本画については少し知識がありますので、それらの素材を使いたいと考えました。またこのような日陰のある空間では、メタリックな素材はとても美しく見えますし、光の動きもよくわかると思いました」と明かした。
展示の最後のパート、茶室へは一度庭に降りてから向かう。両足院には水月亭と臨池亭のふたつの茶室があるが、水月亭は国宝の茶室「如庵」の写しとして建てられたもので、今回はこの茶室の畳の上にカート・コバーンを描いた油彩画《Nirvana(Kurt)》(2024)を展示。来場者は中に入ることができず、引き戸から覗き込んで作品を鑑賞する。これまでも生と死の両面のイメージを持って描かれてきたカートの肖像だが、暗がりにポツンと置かれた作品は、描かれた人物の内面世界に見る者を引き込むかのようだ。
そして本展を締めくくるのは、6畳の茶室「臨池亭」の壁に掛けられた、フィギュアスケート選手・羽生結弦を描いた作品だ。羽生もこれまでペイトンがたびたび描いてきた人物。青を基調とした水彩で、しなやかなスケートの動きが表現されている。
「彼が優勝した2度目のオリンピックの頃から彼の絵をたくさん描いています。彼のスケートに対するアプローチや考えに感銘を受けました。今回の作品は彼のジェスチャーや動きにフォーカスして創作しました」(ペイトン)
本展の会期中、この茶室では展示にちなんだ茶会も開催され、作品をイメージして作られたお菓子と目の前で立ててくれるお茶を楽しむことができる。
本展のタイトルは「daystar ⽩露」と名付けられている。「白露」とは、草木に露が降りて太陽の光で白く輝く、秋の気配を感じる季節のことを言う。2024年は展覧会開幕前日の9月7日から9月21日が白露の時期にあたり、ちょうど会期と重なっているのだ。「daystar」は、たしかにそこにあるにもかかわらず、目には見えない「昼間の星」を表している。季節が移り変わりを感じられる京都を訪れ、空に昼間の星を探すように、作品とじっくり対話する時間に身を委ねてみてほしい。