新潟県越後妻有地域で開催される国内最大規模の芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024」が、7月13日に開幕した。
2000年の初開催から今年で9回目を迎える同芸術祭。キャッチコピーに「歓待する美術」を掲げる今回は、41の国と地域から275組の作家が参加し、311点におよぶ作品が集う。ここでは、7月12日に行われたプレスツアーから、新作を中心に見どころを紹介する。
越後妻有地域で最も広いエリアである十日町エリア。市の天然記念物に指定されている高靇神社社叢では、景山健とアントニー・ゴームリーの新作が公開されている。
スギ、ブナ、ヒノキなどの木々がうっそうと茂る道をのぼっていくと現れる大きな木の玉。2000年の第1回展から「大地の芸術祭」に参加している景山健の新作《HERE-UPON ここにおいて 依り代》だ。玉は5メートルほどの大きさで、4本の木の下には葉っぱに守られるように杉の幼木が植えられている。幼木の成長をこの地で見つめ、その関わりを作品化する試みだ。
イギリスの彫刻家アントニー・ゴームリーによる作品《MAN ROCK Ⅴ》は、空間と人の身体の関係性をテーマにした作品で世界的に知られる作家が、1979年から続けるシリーズの新作。石のもとの造形を生かしながら、それを抱きしめているかのような人の身体が刻まれている。ゴームリー自身が現地に滞在して地元の石大工の協力を得ながら制作し、石は信濃川のものを使用。木々の緑のあいだに静謐に佇むこの作品は穏やかさと人の温もりを感じさせ、人間と自然環境の関わりについて見る者に問いかける。
なおプレスツアー時はまだ展示が完成しておらず、実際には作品を囲むように地面に砂利が敷き詰められるという。
ゴームリーは2009年にも本芸術祭に参加しており、同じ十日町エリアでは、家の中の空間全体に無数のコードが張り巡らされた作品《もうひとつの特異点》も鑑賞することができる。
2004年の中越地震で被災した茅葺き民家を「やきもの」で再生した「うぶすなの家」は、「大地の芸術祭」の食事どころとしても人気のスポットだ。内部には日本を代表する陶芸家たちが手がけたかまどや囲炉裏、洗面台、風呂が備えられ、1階のレストランでは陶芸家による器で料理を提供。2階では、展示や茶会を行っている。
今回は、福岡を拠点に活動するアーティスト、牛島智子が和紙を使った新作《つキかガみ巡ル月》を制作した。三角や四角、多角形など様々な形が増殖していくように、茶室の壁や床をカラフルな幾何学模様が覆う。レストランでは地元の女性たちによる、越後妻有の食材をふんだんに使った新作ランチを堪能できる。
十日町エリアの顔とも言える「越後妻有里山現代美術館MonET(モネ)」は、原広司の設計により2003年に「越後妻有交流館キナーレ」として開業し、2012年の改装で「越後妻有里山現代美術館[キナーレ]」として生まれ変わった。そして2021年に再び大幅なリニューアルをし、「越後妻有里山現代美術館MonET」として新たにスタートした。
ここには、レアンドロ・エルリッヒ、目[mé]、淺井裕介、ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガーなど、多数の作家による常設作品が展示されているが、今回は中庭の回廊や明石の湯エントランスを使った企画展「モネ船長と87日間の四角い冒険」が開催。インスタレーション作家の原倫太郎と画家の原游によるアーティストユニット「原倫太郎+原游」がキュレーションを担い、国内外11組のアーティストが作品を発表する。
芸術祭総合ディレクターの北川フラムより「とにかく楽しい場にしてほしい」と依頼を受けたという原倫太郎+原游は、館内中央に位置するレアンドロ・エルリッヒのトリックアートのような作品《Palimpsest: 空の池》の上に、放射状に水上歩道橋を設置。来場者はあみだくじを辿るように橋を渡ってエルリッヒの作品の上を行き来できる。トリックアートにトリックアートを重ねたような不思議な感覚になる作品だ。夜になるとライトアップされ、異なる表情を見ることができるという。
そのほかにもcontact Gonzo × dot architectsによる手作りの「パターゴルフ場」や、ヌーメン/フォーユースによる伸縮性のあるテープで作り上げた巨大な繭のような作品《Tape Echigo-Tsumari》、巨大な猫と龍を組み合わせたサ・ブンティによる《神獣の猫龍》など、中央の池を囲むように多彩な大型作品や参加型作品が並んでいる。
また館内では、ウクライナにまつわる2つの展示を行っている。
ひとつ目は、昨年に逝去したイリヤ・カバコフの創作の軌跡を辿る展覧会「知られざるカバコフ 生きのびるためのアート」だ。
旧ソ連(現ウクライナ)出身でロシアにも長年暮らしたカバコフは、妻のエミリアともに長年にわたって夫婦で活動し、「大地の芸術祭」とも縁の深いアーティスト。2000年に《棚田》を制作して以来、越後妻有に数多くの作品を残し、「越後妻有 大地の芸術祭 2022」では、平和への願いを込めた《手をたずさえる塔》を公開した。
「知られざるカバコフ 生きのびるためのアート」は、初期から晩年までの70年におよぶドローイングを通じて、カバコフの生涯と作品に新たな光を当てる試み。大学の卒業制作として制作された、ウクライナ出身のイディッシュ語作家ショレム・アレイヘムの『さまよえる星』の挿画とスケッチは、カバコフの創作の原点を知る貴重な連作で、このたび世界初公開となる。
また、ソ連で検閲を意識しながら絵本の挿画画家として活動する傍ら、「自分のための作品」として密かに描きためた1950年〜1980年代のドローイングや、1992年のニューヨーク移住後の作品、さらにはウクライナ侵攻が始まった2022年、一時期は創作ができないほどの衝撃を受けたという作家が描いた作品群など、困難な状況のなかで平和や共生を追い求めた作家の表現を時系列で追うことができる。
もうひとつの展示は、ヴェネチア・ビエンナーレへの参加をはじめ、ウクライナの現代アートシーンを代表するアーティスト、ニキータ・カダンの個展「影・旗・衛星・通路」。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから数週間のうちに制作を始めたという連作《大地の影》は、耕された畑のなかに黒い人影が横たわるモチーフが繰り返し描かれている。黒い土の中に黒いシルエットで浮かび上がる人影は、領土をめぐる戦いで殺された人々の無数のイメージを示唆しており、この連作の制作は今日まで続いているのだという。また、キーウ郊外の街・ホストメリの破壊された屋根の鉄で作った旗を、信濃川の石で作った土台が支える彫刻《妻有とホストメリの旗》も展示されている。
さらに越後妻有里山現代美術館MonETでは、ロシアのアーティスト、ターニャ・バダニナの新作も見ることができる。作家は亡き娘に捧げるシリーズ《白い服》プロジェクトを世界各地で展開しており、今回の新作《白い服 未来の思い出》では、妻有の住民の協力を得て集めた野良着を題材にした「白い服」を展示している。
越後妻有里山現代美術館MonETから車で30分ほどの松代エリアでは、民家を一軒まるごと改装した「中国ハウス」にマ・ヤンソン / MADアーキテクツによる新作の大型インスタレーションが登場。
民家の外壁から泡が膨らむように飛び出た《野辺の泡》は、長い歴史を持つ場所から新しいエネルギーが吹き出てくるようなイメージで制作された。高さ6mほどの泡の中に来場者が入ることができる体験型の作品になっている。プレスツアーで訪れた際は日中だったが、時間帯や気候、季節などによって異なる景色を見ることができそうだ。床の中央にはLEDのライトが埋め込まれており、冬場は夜になるとライトアップされるという。
MADアーキテクツの創設者である中国の建築家マ・ヤンソンは、これまでも建築を通して人・都市・自然との新たな関係性を作り出すというヴィジョンのもとで様々な作品を手がけてきた。「大地の芸術祭 2018」で清津峡渓谷トンネルを改修して作品化した《Tunnel of Light》は、芸術祭の人気作品のひとつになっている。
《野辺の泡》からほど近い場所に位置する「奴奈川キャンパス」は、2014年3月に閉校した奴奈川小学校の建物を活用した施設。
ここでは、ターニャ・バダニナや、中国のウー・ケンアンらによる常設作品に加え、「子ども五感体験美術館」と題し、「音」「木」「光」「紙」の4つの部屋で五感で楽しめる新作展示を公開している。
「音」の部屋では、1980年代から自動演奏による様々な音のオブジェの作品を制作している松本秋則と猫をモチーフにした作品で知られる松本倫子が、《惑星トラリスin 奴奈川キャンパス》と題した展示を行う。松本秋則は「会場を下見した時に見えた外の風景がすごくきれいで気に入ったので、その風景をなんとか作品に生かしたかった」と語る。
部屋のあちらこちらで鳴る音、たくさんの覗き窓から見える集落の風景、天井や壁を浮遊する不思議なかたちや生き物。アンドレイ・タルコフスキーの映画『惑星ソラリス』にインスピレーションを受けたという架空の惑星「トラリス」の世界が教室のなかに広がる。
「木」の部屋は、木の温もりに包まれたお風呂場《木湯》が教室の中に登場。本作を手がけた彫刻家の鞍掛純一は、2004年から《脱皮する家》(同じく松代に展示)の制作のため、この地域に通って交流を深めてきた。中央に設置された「浴槽」の中には無数の木球が入っており、来場者が実際に浸かることができるほか、部屋全体も銭湯さながらの作りになっており、壁には富士山ではなく里山の風景が彫られている。
「光」の部屋は、打って変わって真っ暗な空間。ベルリンを拠点に活動するマルチメディア・アーティスト瀬山葉子による《Saiyah #2.10》が展開されている。部屋の中央で4枚のガラスがゆっくりと回転し、ガラスを通して様々な色の光が変化を続けながら室内を照らす。来場者は手鏡をかざして光の方向を自由に変えるなどして楽しむことができる。
「紙」の部屋では、段ボールでできた謎の巨大生物が待ち構える。新聞紙とガムテープを用いて物語性のある作品を作ってきた関口光太郎の作品だ。作家は、望まない結婚から逃れるために奴奈川の地を訪れたという姫の伝説に着想を得て作品を構想し、冬に逃げたのであれば除雪が必要だったのではないかと考えて、姫と除雪車を合体させた《除雪式奴奈川姫》を生み出した。来場者は靴を脱いで、雪に見立てた新聞紙の中を歩くことができる。
最後は津南エリアの作品群。越後妻有里山現代美術館MonETでも展示を行っているニキータ・カダンは、東京電力信濃川発電所連絡水槽に新作《別の場所から来た物》を制作した。
子供が遊ぶ公園の遊具をイメージして制作されたこの作品は、ロケットと衛星を金属で形作った2つの作品で構成される。
カダンは本作について、自身が拠点としているキーウの公園にあるソ連時代につくられた遊具をモデルにしていると説明。宇宙をモチーフにした公園の遊具は、ガガーリンが宇宙飛行に成功した1960年代以降、人類の進歩や宇宙の植民地化への野望、夢を表すポジティブなものとしてよく見られるようになったという。
「現在こうしたロケットなどの形をした遊具のうえに、ロシアがロケットを落とし、爆撃をしているのを見ている。多くのものを破壊し、人々の見方を変えてしまった」と話すカダン。いずれも大きな作品だが、来場者は離れた場所からしか見ることができない。手の届かない幸福な空間、そして過ぎ去った幼年時代を想起させ、「入ることのできない公園」としてこの場に出現している。
越後妻有のなかでも最深部、新潟県と長野県にまたがる秋山郷では、2021年に廃校となった小学校の建物を活用した「アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-」が展開されている。
標高700mに位置し、冬は雪で道が寸断されるこの地では、山の動植物の恵みを受けながら人々が生活を営み、独自の文化を作ってきた。「アケヤマ」では、2022年から秋山郷の調査を行う深澤孝史の監修のもと、「人間の生活の力を再び手にいれるための学校」として会場を構成した。
井上唯が現地で活用してきた様々な草木を使って制作した巨大な作品《ヤマノクチ》、秋山郷で行われてきた行事や信仰の営みをテーマにした内田聖良の《カマガミサマたちのお茶会:信仰の家のおはなし》をはじめ、いずれも作家たちがこの地に伝わる文化を取材して構想した作品群が並んでいる。
「大地の芸術祭」で今年公開される新作や新展開を見せる作品は上述した作品をふくめ80点を超える。さらに新作だけでなく、これまでに作られてきた作品も各地に点在している。会期は11月10日まで。ぜひ時間を見つけて何度も足を運んでほしい。