新潟県越後妻有地域で開催される世界最大規模の国際芸術祭「越後妻有 大地の芸術祭 2022」が、ゴールデンウィークが始まる4月29日に開幕する。会期は春・夏・秋にわたり11月13日まで、全145日だ。新型コロナウイルス蔓延ため、昨年開催予定だったものが1年の延期を経て開催となった。
2000年に「第1回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」が始まってから、長年にわたり地域との関係を築きあげ、独自の思想に裏打ちされたほかでは真似できない芸術祭として育くまれてきた大地の芸術祭。パンデミックやロシアによるウクライナ侵攻といった問題が世界中を揺さぶるいま、この地でアートは何を示すのだろうか。
時期によって見られる作品は異なるが、作品総数は333点にも及ぶ。ここでは4月28日に行われたプレスツアーから、新作を中心に見どころをいち早くお伝えする。
まずはJ R越後湯沢駅から、バスに乗って出発!
大地の芸術祭はアート作品の鑑賞だけでなく、移動中に車窓から見える景色も醍醐味。これまで夏に開催されてきたが、今回はまたひと味違う春の景色が楽しめる。今年1〜3月は30年ぶりの豪雪となり、場所によっては5mを超える降雪となったそうで、4月末のいまもところどころに雪が残っている。同時に桜が咲いていて、新緑も目に鮮やか。来て早々いい気持ちだ。
まずは新潟県の南端、苗場山を擁する津南エリアから。信濃川とこれに合流する河川に沿って、最高9段の雄大な河岸段丘が形成されており、稲作や畑作物の栽培ができる地域だ。
最初に訪れたのは、廃材再生師を名乗る若手作家、加治聖哉の《廃材水族館:竜ヶ窪》。
地下ゲートボール場の会場に、大量のイワシや巨大なホホジロザメ、タカアシガニが登場。地域の工務店や製材所で不要となった木材、また織物産業の道具を素材にした作品だ。1996年生まれで新潟県村上市出身の作家は、長岡造形大学卒業後、新潟県内の多くの地域に作品を提供してきた。コロナによって往来が難しい状況ではあるものの、芸術祭は地元の方になるべく関わってもらいたいとの思いから、地元の住民の方々とワークショップを開催、一部をともに制作した。
おいしいお米ができるところでは、おいしいお酒も作られる。地酒を扱う苗場酒造では、早崎真奈美の《Invisible Grove 〜不可視の杜〜》を展示。酒が売られている1階を通り抜け2階へ。建物全体にふんわりと酒のにおいが漂っている。本作は、酒蔵でアーティストが感じた目に見えない気配を作品化したもの。紙を切って作られたオブジェは、菌や植物などの顕微鏡イメージを拡大したもので、これらのミクロな存在は森や宇宙などマクロなものとイメージが重ね合わされる。神事とともに発達してきたと考えられる酒づくり。そこに人々が感じてきたであろう神秘性も感じさせる。
十日町エリアは越後妻有地域でももっとも広いエリアで、作品も多数。
「うぶすなの家」は、もともと築100年近い越後中門造りの茅葺き民家。2004年の新潟県中越地震で半壊し持ち主の手を離れたところを、入澤美時、安藤邦廣が「やきもの」で再生した。1階は地元の食材を使った料理を出すレストランで、日本を代表する陶芸家たちが手がけた器、いろり、かまど、洗面台、風呂がある。2階は3つの茶室から成るやきものの展示空間。宿泊施設としても大人気だ(要予約)。
現在は2階で布施知子による折り紙の作品《うぶすなの白》を展示。本作はここうぶすなの家に宿る精霊のようなものへの敬意を表したものだ。
レストランで地元の食材を使ったおいしいごはんをいただく。切り盛りするのは地域の女性たちで、溌剌とした笑顔と楽しいおしゃべりで出迎えてくれる。「おかわりは?」「夏は野菜がたくさん採れるからまたきてね」、とおばちゃんたち。初日となる明日はすでに多くの予約が入っていて忙しくなりそうだ。最後には踊って見送ってくれた。
上新田の公民館2階には、河口龍夫《農具の時間》。
この地域の納屋に眠っていた古い農具が、人がそのまま使えるような高さ・角度で宙に浮いている。作家はこの農具に植物の種子を植えつけ、鉛で封印した。黄色で覆われた空間は、不思議な浮遊感。
1階に設置されているのは、大工棟梁で木造建築の研究もしていた田中文男の蔵書文庫を使った韓国のカン・アイランの《天の光、知の光―Ⅱ》。
みよしの湯に移動し、2階の大広間に足を踏み入れると、そこには極彩色の世界が。井橋亜璃紗《意識と自然の探索》だ。壁・襖など空間全体で展示されているのは、地域の人々が撮った写真を集め、それをもとにコラージュしたテキスタイルプリント。花や風景、子供たちの姿など、記念写真が作品になった。
市ノ沢集落に設置された椛田ちひろ《ゆく水の家》は、空き家に残された建具を用いた作品。ふたつの川が交差し水の音がつねに聞こえる場所であることが、作家がここを発表の場にした決め手のひとつだったという。少し歩くと確かに川が流れていて、開けた景色が気持ちいい。近くには祠(ほこら)もある。
深澤孝史《スノータワー》は、数多の集落があるこの地域でも比較的新しい地区である七和地区にある。自治への意識や芸術への関心も非常に高いというこの場所の特性から、作家はここを十日町に現れた「都市国家」のように感じているという(公式ガイドブック、P40)。
作品に使われているのは、十日町市の樋熊鉄工所が発明したスノーダンプ型の除雪具「クマ武」。豪雪地帯で助け合いながら生きる、この土地の人々の精神を象徴するモニュメントだ。
十日町市に位置する越後妻有里山現代美術館 MonET(モネ)では、新旧含め様々な作品を見ることができる。2003年の誕生からかたちを変えながらアートの拠点として親しまれてきた越後妻有里山現代美術館[キナーレ]が、21年に常設作品を半分近く入れ替えリニューアル。建築も原広司+アトリエ・ファイ建築研究所により改修された。
四方をコンクリートの建築で囲まれた中央には、まるでオアシスのような池が広がる。ここにはレアンドロ・エルリッヒの作品を展開。
建物内には目[mé]、名和晃平、森山大道の新作や、イリヤ&エミリア・カバコフ《16本のロープ》をはじめ、注目の作品が多数。
また1階では特別展というべき2つの展示が。ひとつは、ウクライナの作家、ジャンナ・カディロワの作品だ。ロシアによる侵攻後、キーウから田舎に疎開している作家のもとから、様々な人の協力を得てここまで到着した作品が展示されている。
疎開先の河原で目にした石でパンをかたどったオブジェは販売もしており、売り上げは寄付される。ほかにも疎開中に描いた人々のデッサンとドキュメンタリー映像を合わせて展示。作家のこれまでの活動や疎開先で語ったインタビュー、そして今回の展示作について、詳しくは以下の記事を読んでほしい(▶︎ウクライナのアーティストの現在。避難生活中の2作家に聞く芸術への希望」)。
もうひとつは、これまで越後妻有と関わりがあるなかで惜しくも亡くなってしまったアーティストのメモリアル展だ。2週間ずつ、全12名を紹介する。初回は様々なパフォーマンスを行ったジャン=リュック・ヴィルムート。
そしてまたバスに乗り、この日最後に訪れたのは、イリヤ&エミリア・カバコフ《手をたずさえる塔》。
2000年から越後妻有で継続的に作品を発表してきた作家が、21年のコロナ禍において新たに制作した。民族・宗教・文化を超えたつながり、平和・尊敬・対話・共生を象徴する塔で、平和への願いが込められている。世界の情勢や地域の人々の喜怒哀楽によって異なる色のライトアップが行われるが、現在は悲しみの青、希望の黄色のどちらかの日替わりなっている。取材時はまだ明るくて確認できなかったが、もう少し暗くなった時間に訪れれば、その光の色を見ることができるだろう。
青と黄色はウクライナの国旗の色でもある。作家は旧ソ連(現ウクライナ)出身。本作は当初ウクライナで作られる予定だったか実現せず、ここ越後妻有に設置されることになった。内部には、越後妻有にある《人生のアーチ》(2015)に関わるドローイングと《手をたずさえる船》の模型が展示されている。
いまではニューヨークに住み、世界的に著名なアーティストとなったカバコフだが、50代半ばまでは作品を展示する機会はほとんどなかった。ソ連時代には自由に国外に行くこともできず、非公認の作家としてアトリエで孤独に制作し、秘密警察に逮捕されるのではないかと怯える日々だったという。閉塞的や命を脅かされる恐怖を経験してきた作家が、作品に込めた平和や友愛、救済のメッセージ。この里山から、人々は広い世界と自分自身について様々なことを考えることができるだろう。
春・夏・秋で、その時々の景色を見せてくれる越後妻有。感染症対策をしっかりしたうえで足を運んでほしい。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)