オランダの9月第3火曜日、プリンシェスダーグ(Prinsjesdag、王子の日)は、新しい議会年度の幕開けとなる重要な日だ。この日、オランダ国王は玉座から演説を行い、その年の政府の主要政策や計画を発表する。国王の演説には、その年の政府の重要政策や計画が盛り込まれ、経済や社会、文化に対する政府の方針が明らかにされる。この演説は予算編成に大きく関連しており、予算案を含むその年の政府の重要な計画が含まれていることから「Budget Day(予算の日)」と呼ばれている。今年度は多くのアート文化機関や関係者、そして市民がこの日を不安とともに迎えた。というのも、これまで14年間リベラル派の自由民主国民党(VVD)が率いて来た連立政権が崩壊し、7月2日より極右政権が発足したためである。
新連立政権は4つの政党からなり、ディック・スホーフが率いることとなった。連立政権は、”オランダのトランプ”として知られるヘルト・ウィルダース党首の極右の自由党(PVV)と、リベラル派の自由民主国民党(VVD)、保守派の新社会契約党(NSC)、 農民市民運動(BBB)から成る。
発表の30分後、勤務先の文化系NPOからミーティングに呼ばれ、正式に私(筆者)との契約の終了が告げられた。理由は、以前より検討されていた政府からの助成金の大幅カットによる国際的な活動の縮小と人員削減が、今回の発表を機に決定に至ったためである。私自身は、オランダ現地の文化機関にてフリーランサーとして国際的なPRを担当しているが、新内閣発足によるアート・文化分野、とくに対外的な活動への影響を多方面から、身に染みて感じる。
昨年11月の総選挙にむけた選挙期間中、ヘルト・ウィルダース率いる自由党はマニフェストを発表した。そのなかで「Stoppen met kunst- en cultuursubsidies(アート・文化助成金の停止)」を公約に掲げ、「芸術、文化、公共放送、外国人居住者、緑化などに対するあらゆる無意味な補助金を廃止する」とした。(参考:Partij voor de Vrijheid)
極右政権がアート・文化に及ぼす影響としても、オランダがこれまで世界各国の先駆けとして行ってきた美術品の返還活動、芸術への資金援助、留学生やアーティスト・イン・レジデンスの受け入れなどの活動に及ぼす影響が懸念されてきた。
今年5月、新内閣の戦略が示された際には、すでに芸術、文化、ホテルを含むほとんどの文化商品に対する付加価値税(VAT、日本の消費税と同等に物やサービスの購買時に課せられる間接税)増税の意向が示されていた。
そして17日、オランダのアート・文化クライシスの先駆けとして、2026年以降に文化、スポーツ、イベント、メディア、書籍、宿泊施設における付加価値税が9%から21%に増税する計画が発表された。(参考:Netherlands Enterprise Agency, RVO)
これまで、美術館・博物館の入館料を含む、食品・飲料、農産物・サービス、医薬品、書籍、日刊新聞、雑誌など、多くの一般的な商品やサービスには低関税と呼ばれる9%関税が適応されてきた。しかし今回、書籍や舞台芸術に加えて、美術館の入場料も9%から高関税(一般関税とも呼ばれる)21%にまで引き上げられることが発表された。なお、キャンプ場や遊園地などの日帰りレクリエーションと映画館のVAT税率は9%のままとなる。
この発表をふまえて、すでに国内の主要美術館・博物館、文化機関関係者の抗議活動がみられる。
国立世界博物館(Wereldmuseum)は発表の前日にあたる16日に、抗議活動の一環として17日のプリンシェスダーグから22日までの5日間、アムステルダム、ライデン、ロッテルダムの全館で21%割引を適用した。発表には博物館協会(MuseumVereniging)がValidators社と共同でオランダ国民を対象に実施した、ミュージアムの社会的影響に関する調査のデータ引用し、以下のように述べられている。
美術館は私たちみんなのもの
オランダ国民の73%が博物館は必要不可欠であると考えており、85%が博物館は私たちみんなのものであると考えている。これは博物館協会の調査からも明らかである。前年に美術館に行かなかった回答者では、入場料が行かなかった主な理由であった。また、博物館にアクセスしやすい環境を維持するために、政府が重要な役割を果たすと回答している。
特筆すべきは、周辺諸国と比較すると、現在の付加価値税率9%はすでに高いということである。
引用:Museumvereniging
また国立世界博物館総館長マリーケ・ファン・ボメルは以下の声明を発表している。
人々は芸術や文化を楽しみ、視野を広げるために当館を訪れます。個人の来館者から学校や研究機関に至るまで、誰もが当館を訪れることで、私たちが人間としてどのように互いに、そして世界と関わっているのか、より広い理解を得ることができます。それはおそらく、これまで以上に重要なことです。そしてそれは、選ばれた人たちだけがアクセスできるものであってはなりません。そのため私たちは、可能な限り幅広いターゲット層に私たちの活動を利用してもらいたいのです。そして、それは入場料を可能な限り低く抑えることで実現できるのです。
引用: Wereldmuseum
これに関して、オランダの国会議事堂が立地するデン・ハーグに所在するエッシャー美術館やHuis van het boek(本の美術館)では、17日朝に長さ20mの横断幕「社会への領収書」が掲げられた。
この領収書には、付加価値税の引き上げ対象となるイベントや活動、物品の例がリストにされており、9%から21%になった際の価格が表記されている。
これは、文化、スポーツ、イベント、メディア、書籍、宿泊施設からなる幅広い団体による付加価値税の引き上げに反対する#geenhogerebtw(付加価値税(VAT)の引き上げはナシ)の活動の一環である。
活動のウェブサイトには、活動拡大のためのSNS投稿用素材や活動に対するQ&Aなどが掲載されている。
活動に参加したオランダの作家であり番組司会者として知られるスプリンター・シャボットはこう語る。
この領収書は、アート、文化、劇場、スポーツジム、ホテル、書籍、メディアに対する付加価値税を引き上げるという内閣の非常識な計画を示している。そして、それは大きな結果をもたらすだろう。この付加価値税の引き上げが進めば、400万冊の本が売れなくなり、読まれなくなることを意味する。私たちは数週間前、オリンピックのチャンピオンに声援を送ったが、あなた方はこれで未来のチャンピオンを殺すことになる。これはオランダ人が支払わなければならないツケなのです。
引用:Geen Hogere btw
新政府によるアート・文化分野の税金引き上げおよび活動制限は、今後さらに深刻な影響をもたらすことがほぼ確実である。補助金削減や国際的なアーティスト活動、美術品の返還など、多くの文化機関やアーティストが自由に国際的に活動を行うことが難しくなる可能性が高く、補助対象となる機関が右翼政府の選別により制限されることが懸念される。
この極右の流れは、オランダに限ったことでなはなく、近隣の欧州各国でも同様の動きがある。
ドイツでは、今月1日のテューリンゲン州議会選で戦後はじめて急進右派、ドイツのための選択肢(AfD)が州議会最大勢力となった。当極右政党は 「多文化主義 」への反対を公言している。イタリアでは2022年の総選挙にてメローニ党首率いる極右政党、イタリアの同胞(FDI)が勝利し、現在政権を握っている。
とくに2024年は、5年ごとのEU体制交代、左派連合が逆転勝利したフランス総選挙、伝統的左派政党の労働党が圧勝の英国総選挙に加えて、ポーランド、ポルトガルでの政権交代など、めまぐるしい変化の年である。
フランスでも同様の話題が頻繁に議論されている。同国では今年6月の欧州議会選挙でマリーヌ・ル・ペン氏率いる極右政党、国民連合が同国で大勝する見通しとなったことを受け、エマニュエル・マクロン現大統領が議会下院を解散し総選挙を実施すると発表した。7月に行われたフランス議会選挙の最終結果では、左派の新人民戦線が最多議席を獲得し、極右政権を阻止したが、全体の過半数を獲得した政党がないためフランスは空転議会に直面することになった。
6月に極右政党が下院で最大勢力になる可能性を受けて、フランスの選挙で初めて、エリート大学であるグランゼコールの学長と理事が集まり、「排除、恐怖、他者への拒絶に基づく」政治政策を非難し、「寛容、開放性、知的好奇心、批判的精神といったヒューマニズムの価値を危うくし、高等教育全体を脅かす」と述べ、危機感をあらわにした。(参考:The Art Newspaper)
とくにフランスのアート・文化セクターはオランダと同様に公的資金に大きく依存しており、福祉国家モデルが伝統的に公的資金によって芸術文化を支えてきた。そのため、アート・文化セクターは政府の政策や予算の変動に敏感であり、これが芸術活動の持続可能性や創造性に影響を与えることとなる。
各国の政治状況と政府がアート・文化にあたえる影響については様々であるが、オランダの極右政府によるアート・文化分野での制限は、近隣国と比較してもとくに衝撃的だと言える。その背景には、オランダが長年にわたりリベラルで進歩的な文化政策を推進し、国際的なアートシーンにおいても重要な役割を果たしてきたという事実がある。また、オランダは文化的多様性や国際協力を重んじる国としてのイメージが強く、これが極右政権の台頭によって一変することは、他国に比べてとくに目立つ結果となっている。
この厳しい状況下で文化機関やアーティストたちは、どのように革新的なアプローチを見つけるのか、民間の寄付や商業収入による資金集めの多角化が急がれる。しかし、このような状況は、アートの自由な表現や革新を促進するいっぽうで、商業的な影響を強めるリスクも伴う。とはいえ、資金不足は深刻だ。まず第一歩として、個人の寄付や企業スポンサーシップを中心に資金調達をする国々の歴史や事例に目を向ける必要があるのではないだろうか。