ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(1657-59年頃)の修復が完了し、その取り戻された本来の姿がお披露目されたのが、2021年9月。ドレスデン国立古典絵画館が発表したその修復後の絵画には、これまで無地の壁面だと思われていたところに大きなキューピッドの画中画が現れ、目にした人々を驚愕させた。多くの人に親しまれ、愛されてきた作品が、これほどドラスティックな変化を見せるのは異例なことだ。
それからわずか5ヶ月。東京に《窓辺で手紙を読む女》が来日した。東京都美術館で開催される「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が、当初の予定からの延期を経て2月10日に開幕。修復後の公開は、所蔵館以外では本展が世界初となる。
フェルメールが得意とした日常的な情景を描いた室内画として知られる本作だが、奥にキューピッドの絵が現れたことで、その象徴的な内容が明らかになった。このキューピッドは当時流行した寓意図像集の挿絵版画がもとになっており、それが示唆する誠実な愛のイメージは、手紙を読む女性と関連づけて読み解くこともできるという。
また実物を見ると、キューピッドの存在感はもちろん、窓枠や手前の織物の青や赤といった色が鮮明になり、静謐な印象の修復前に比べ、より全体に奥行きや複雑さが増したように感じられた。
そもそも本作はどのような来歴を持ち、いったい誰によって大きな改変が加えられたのだろうか? 本展では歴史的経緯から今回の修復までの道のりを紹介することに大きなスペースを割いている。解説パネルや、修復中の様子を納めた映像などが展示され、その奥に実物と修復前の姿を収めた複製画が並ぶという構成だ。
本展の解説によると、本作の中心に描かれた手紙を読む女性の背後の壁に、キューピッドの画中画が隠されていることは、1979年、サンフランシスコでの展覧会に出品された際に行われたX線調査で判明していた。しかし当時は、この変更は画家本人によって行われたと考えられていたとう。
その後、2004年に同館修復室のクリストフ・シェルツェルが最初の保存計画の構想を発表し、09〜10年には新たにX線と赤外線による絵画の分析と顕微鏡(マイクロスコープ)を使用した調査を実施。そして2017年3月、ドレスデンで専門家の委員会が招集され、保存計画が作成される。それに沿って、作品を覆っていた古いニス層を取り除き、汚れを落とす作業が開始された。
修復師たちが作業を進めるなかで、キューピッドの画中画を上塗りした部分とそれ以外の部分で溶媒への反応が違うことが判明。そこからさらなる調査を行った結果、キューピッドへの上塗りは画家の死後に行われたことがわかった。
しかし、作品の構成を大きく変えるこのような変更がいったいなぜ、誰によってなされたのかは、未だ謎に包まれている。キューピッドの画中画が良好な状態であることから、損傷を隠すといった保存上の理由ではなく、趣味や流行の変化に伴う美的配慮によるものとの可能性も示唆されている。
現在ではフェルメールの作品に手を加えるなどとても信じられないが、フェルメールは死後、18世紀には「忘れられた画家」だった。寡作だったことや、個人コレクションだったために公開される機会が乏しかったこと、また当時の絵画のトレンドと合っていなかったことなどが理由として考えられている。そして19世紀半ばのフランスで、その価値が再発見されたのだった。
本展には《窓辺で手紙を読む女》の複製版画が4点展示されているが、そのひとつはアントン・ハインリヒ・リーデルによる1783年のエッチングだ。この版画が作られた当時、本作はフェルメールではなく、レンブラントの弟子ホーファールト・フリンクの作品だと考えられていた。また1850年にアルバート・ヘイリー・ペインが版画にしたときには、ピーテル・デ・ホーホの作とされていた。そもそも1742年に本作がドレスデンのコレクションに加わった際にはレンブラント・ファン・レインの作だとされており、《窓辺で手紙を読む女》がようやくフェルメールの手に帰されたのは1862年なのだ。
このような歴史を経てきた本作には、まだ明らかになっていないことが多々ある。画家が描いた当時の姿を取り戻した今回の修復を機に、さらなる調査・研究が進むことを期待したい。
また本展は、《窓辺で手紙を読む女》のほかにも、レンブラント、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールといった17世紀オランダを代表する画家たちの絵画約70点を展示。最初の章「レンヴラントとオランダの肖像画」では、集団肖像画やフランス・ハルスによる男性像、レンブラントが妻をモデルに描いた作品などが並ぶ。
「レイデンの画家―ザクセン選帝侯たちが愛した作品」ではヘラルト・ダウ、メツーらを紹介。
「オランダの静物画―コレクターが愛したアイテム」ではヤン・デ・ヘームの超絶技巧が発揮された《花瓶と果物》(1670-72)、洒落た騙し絵のワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し》(1658)などが出品。
さらにヤーコプ・ファン・ライスダールらに代表される「オランダの風景画」の章を経て、「聖書の登場人物と市政の人々」の章で幕を閉じる。17世紀に黄金期を迎えたオランダ絵画、その真髄を間近で味わえる絶好の機会だ。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)