公開日:2017年5月2日

映画『Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代』 レビュー

ブレるな。瞬きするな。天才カメラ小僧であり続ける伝説の写真家のドキュメンタリー映画

世界ではじめて真のアメリカを写し撮った男ロバート・フランク。もっとも著名な写真集『The Americans』は、まだフロンティアの香りが残るアメリカで高揚と憂鬱を抱えた人々の姿をわたしたちに見せてくれる。ロバートの前ではみな真の姿を見せてしまう、のだろうか。

Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC
Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

あんな写真を撮れるのだから、きっとフランクな(!)人だろうと想像してしまうのだが、映画の中で彼はいつも嫌味を言っている。撮影班が、インタビューを受けるロバートの後ろに彼の写真をプロジェクションしているとロバートが言う。

「こうやって自分の後ろに画像を映されるのが嫌いなんだ。」

直接的にやめてくれとは言わない。そこで、インタビュワーが「やめましょうか?」と尋ねると、「そうしてくれ」と不機嫌に答える。そして、チャーミングに笑う。フランスのTVのインタビューを受けたときも「いつも同じことを聞きやがる。テープを交換したい? どうぞ好きにしてくれ」と突然不機嫌になる。そして、またチャーミングに笑う。

Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC
Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

ロバートのように笑えば、誰もが許してもらえるわけではない。ただ、彼の率直な言葉には、それを受け入れざるをえない強さがある。彼の発言に振り回された周りの人は、思わず素直な感情を表に出してしまう。その姿を見て、ロバートが笑う。その笑顔は、まるで「それでいいのだ。」と言っているようだ。だから、日本人でロバート・フランクに最も似ている人物は赤塚不二夫だと思う。それでいいのだ。ロバート・フランクは圧倒的な肯定による革命を続けている。
この写真界の革命家は、生まれながらの天才だった。ロバートがはじめてカメラを使ったのは、アメリカ移住前、まだチューリッヒに住んでいる14歳のときだった。写真好きだった父親のカメラを借りて撮影したものをいくつか映画内で見ることができる。驚くべきは、わたしたちの知っているロバート・フランクがすでにそこにいることだ。しかし、翻って、彼は成長していないとも言える。彼ははじめてカメラを持ったときからロバート・フランクというレジェンドだった。そのあと彼は成長しなかった。変わることがなかった。ロバートの写真ではなく、ロバートを追ったこの映画を見るわたしたちは、その変わらなさに驚嘆する。そして、うなだれるだろう。変わらないことの難しさ。より正確に書くと、ロバートは意識的に自分を変えなかった。だから、レジェンドであり続けることができた。しかし、そのためにどれだけの犠牲が払われたか。わたしたちは映画を通して知ることになるだろう。
ロバートはいまでも移民のような格好をしている。くしゃくしゃの帽子に、色あせたネルシャツ。マイケル・ムーアのような労働者のファッションだ。彼は移民であり続けた。彼はアメリカ人になることを捨てた。

Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC
Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

ロバートの現像を一手に引き受けてきたシド・カプランへのインタビューがあるが、彼の片言英語には驚く。考えてみれば、ロバートの英語もどこか不慣れだ。彼らは移民だったし、いまでも移民であり続けている。彼らは移民で有り続けるために、英語を流暢に話す能力を捨てた。
移民としての彼の人生ははたから見れば悲劇的だ。信頼していた弁護士に騙されて『The Americans』の版権を奪われてしまう。(現在は取り戻している。)私生活でも、若くしてメアリーと結婚(後に離婚、ジューンと再婚)し二人の子どもを授かるが、二人とも亡くなってしまう。娘のアンドレアは闊達で聡明な少女だったようだが、20歳のときに飛行機事故でなくなってしまう。対照的に息子のパブロは非常にセンシティブな子どもだった。そして、妹のアンドレアが亡くなってから、彼の中の何かが決定的に壊れてしまう。何度も精神病院に入院するパブロに対して、その父ロバートは息子との対話を断念することはなかった。しかし、パブロは結局自殺してしまう。

Robert Frank and June Leaf by Robert Frank, copyright Robert Frank
Robert Frank and June Leaf by Robert Frank, copyright Robert Frank

ロバートはパブロに言った。

「なぜ、重荷を背をっているんだ? わたしのカメラのように。」

死後、発見されたパブロの日記にはこんなことが書かれていた。

「重力に耐えられない。火星に行きたい。」

ロバートの子どもたちは、彼の二面性を映し出している。チャーミングなアンドレア・フランク。神経質なパブロ・フランク。それでもロバートが生き残れたのは、カメラという重荷があったからだった。ロバートは重力をカメラに変えた。だから、スイスからアメリカに移住できたし、世界中を飛び回ることもできた。しかし、パブロは重力ともろに向き合ってしまった。
カメラという重荷を背負って、ロバートは常にEdgeを歩いてきた。ロバートはMarginal Peopleを撮影してきたと言う。そして、自分はEdgeを歩くのが好きだとも言う。字幕では「端を歩くのが好きだ」と翻訳されているが、これはダブルミーニングだろう。彼は、自分は常にEdge=先端を歩いてきたと言いたいのだ。
ロバートの映画『Paper Route』の主人公、ど田舎の新聞配達員ボビーは、効率的に配達に誇りを持っている。配達に同行したロバートに向かって言う。

“Make the Circle.”

円を描け。毎日、同じ場所をぐるぐる廻るだけの人生を過ごした男の哲学だ。

Robert Frank by Ed Lachman, copyright Assemblage Films LLC
Robert Frank by Ed Lachman, copyright Assemblage Films LLC

Don’t shake. Don’t blink.

映画のタイトルは写真について語ったロバートの言葉だ。ブレるな。瞬きするな。シャッターが閉じる瞬間、写真が生まれる。そのあいだも、ロバートはずっと見ている。ロバートの目は、はじめてカメラを持ったときから、ずっと開いたままだ。ジャック・ケルアックの車のように移動し、アレン・ギンズバーグの詩のように写真を紡いだ男の言葉だ。時代と伴走しろ。しかし、時代に合わせるな。自分を変えるな。エッジに留まれ。

自分を変えることを拒否したロバート・フランクの片言英語を、あなたならどう訳すだろう。

Don’t shake. Don’t blink.
首を振るな。前を見ろ。

Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC
Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

■映画『Don’t Blink ロバート・フランクが写した時代』
4月29日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか、全国ロードショー
http://robertfrank-movie.jp/

Taichi Hanafusa

Taichi Hanafusa

美術批評、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。個人ウェブサイト:<a href="http://hanapusa.com/">hanapusa.com</a>