現在、世田谷美術館ではダニ・カラヴァン(1930-)の回顧展が開催されている。
パブリック・アートの第一人者として、あるいは他のいかなる追随も許さない「環境彫刻」の作り手として、今日もっとも著名なアーティストのひとりに数えられるカラヴァンは、70代の後半に差し掛かった現在でもその活動のペースを緩めることがない。カラヴァンのプロジェクトは現在もなお世界各地で進行中であり、その中には《大都市軸》(フランス、1980-)のような20年以上におよぶ作品も含まれている。
その一端を簡単に紹介していこう。「1. 絵画/挿絵/グラフィック」から「2. 舞台芸術」「3. 壁画/彫刻/レリーフ」にいたるカラヴァンの初期作品は、われわれが知る後の「環境彫刻」とは一見縁遠いものであるかのようにも見える。しかし、雑誌の挿画、テンペラ画、舞台装置をはじめとするこの時期の多彩な活動こそが60年代以降の「環境彫刻」を形成したのだということを、今回の展示はわれわれにまざまざと見せつける。
それは、この時期の作品が造形的な意味で彼の「環境彫刻」の原型をなしているというだけではない。周辺環境との調和を何よりも重んじる彼の「環境彫刻」の基本的な理念は、造園技師であった父アヴラハムの仕事、その父を介して出会ったイサム・ノグチからの影響、および48年にカラヴァン自身も設立に関与したキブツ・ハレルでの活動などを通じて徐々に形成されていった。そして彼の40年代以降の作品は、そこで用いられているメディアが何であれ、この「公共」への眼差しにおいて驚くべき水準での一貫性を呈しているのだ。
《ネゲヴ記念碑》(1963-68)に代表される彼の「環境彫刻」の数々は、そうしたカラヴァンの制作理念がもっとも効果的なかたちで具現化されたものである。実際あまり知られていないことだが、カラヴァンの「環境彫刻」のすべては依頼主からの注文によって作られたものだ。カラヴァン自身の言葉にもあるように、彼は「依頼主より与えられた手段、方法、またその予算によってサイト・スペシフィックな環境を作ろうとした」。それは老若男女を問わずあらゆる人々がアクセスでき、一般の人々にも、洗練されたビジターにも受け入れられることが可能な、ほとんど「不可能なミッション」である。(括弧内はダニ・カラヴァン「道程への思索」本展覧会図録所収)。
しかしカラヴァンのユニークさは、そうした制約をあくまでも「自由」と捉える点にある。彼は自身の制作活動を、ジオットをはじめとするルネサンス期の画家の系譜に連ねながら、次のように書く。「それでも私は常に自由だと感じる。(……)私がやってきたことは何千年も続いてきた芸術的な伝統、つまり個人によって、また社会によって、時の支配者、首相、皇帝、聖職者によって芸術作品が委嘱されてきたという伝統に属していると思う。ジオットは契約によって使う色まで規定されていたが、あの優れたフレスコ画を創造するのに自由ではなかったのか?」(同上)
こうした言明が言葉面だけのものでないことは、今回の世田谷美術館での彼の作品からも明らかだろう。展覧会の冒頭を飾る各作品から感じられるのは、美術館という建築物によって強いられた「制約」ではなく、それと巧みに戯れ、格闘するカラヴァンによって行使される紛うかたなき「自由」である。展示室入口付近の長いコリドーから発想されたという《梯子》や、扇形の窓ガラスと融合した《水滴》には、まさしくそのような「自由」が横溢している。もちろん、《アンソニー・カロへのオマージュ》――この作品は美術館自身に穿たれた、たったひとつの「穴」によって成立している――に見られる「ユーモア」も、カラヴァンの作品を特徴づけるものとして無視することのできない要素のひとつであるだろう。
《ネゲヴ記念碑》をはじめ、カラヴァンの「環境彫刻」を目にするにはもちろん実際にその地に赴かなくてはならない。そのような意味で、(他のあらゆる「建築」展がそうであるように)カラヴァンの「環境彫刻」を美術館内で疑似体験するという行為にはある種の限界がつきまとう。しかし前述のように、今回の展示に際してカラヴァンは、美術館内に数点のサイトスペシフィックな作品を設置しており、しかもそれらはいずれも館内の構造や採光といった環境的要素に最大限配慮した、充実した作品となっている。おそらく展覧会終了と同時に解体されるであろうこれらのテンポラリーな作品群を見るという目的だけでも、実際この場に足を向ける価値はあるといっていい。
さてここまで、ヴィデオと模型からなる本展のインスタレーションにはまったく触れずにきたが、展示の後半を占めるさまざまな「環境彫刻」のヴィデオ映像から教えられたことを最後に書き留めておきたい。
先にも触れたように、カラヴァンの作品のなかでもっとも著名な作品のひとつが《パサージュ、ヴァルター・ベンヤミンへのオマージュ》(1990-94)である。この作品は、ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)がフランスからの亡命中に命を絶ったスペイン国境付近の街ポルト・ボウに設置されている。この作品は、ベンヤミンという固有名詞との相乗効果もあって前述のようにカラヴァンの代表作と見なされているのだが、あくまでもそれを彼の作品のひとつとして眺めてみるならば、そこには他の作品との意匠的な類似性も散見される。なかでも彼が「望遠鏡彫刻」と呼ぶ《はじめに(創世記)》(1998-2000、霧島アートの森)は、《パサージュ》を構成する「硝子、自然光、歩廊(階段)」といった要素を用いて制作された作品であり、両者には紛れもなくカラヴァンの作品固有の意匠が見いだされる。また、同じくカラヴァンが多用する作品の構成要素として「砂」や「旧約聖書からの引用」などを挙げることもできるだろう。こうした例は、その気になれば他にいくらでも列挙することができる。
だが、こうした各作品間の造形的な類似にもかかわらず、彼の個々の作品はどれひとつとして似ることがない。奇妙な話だが、映像に収められたカラヴァンの作品を立て続けに眺めることでそうした印象はいっそう強まるようにも思える。しかしそれこそ、カラヴァンの作品がそれぞれの「場」との綿密な対話の上に成り立っていることを示す最大の証左なのだろう。一昨年完成した《室生山上公園 芸術の森》(1998-2006)をはじめ、日本でもカラヴァンの作品を直に体験できる場所は少なからず存在する。本展における記録映像の数々は、そうした「環境彫刻」をめぐる旅程へのすぐれた手引きとなるに違いない。