公開日:2024年12月16日

「カラーズ」展(ポーラ美術館)開幕レポート。印象派からリヒター、草間彌生まで、「色彩の美術史」と美術家たちの探究を辿る

色彩論や色を表現する素材との関係にも着目。美術家たちが生み出してきた色彩の秘密に迫る。会期は12月14日〜2025年5月18日

会場風景より、草間彌生《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)

自然の色、生活用品の色、スマートフォンやパソコンのスクリーンの中の色……現代社会は様々な色彩に溢れている。技術の発達により、最新のモニターなどでは10億色を超える色の再現力を持つとも言われており、私たちはかつてない色彩世界を経験しているとも言える。

そんな「色彩」をテーマにした展覧会「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」が、12月14日にポーラ美術館で開幕した。

無数の色で溢れるいま、改めて「色」に向き合う

本展では、近代から現代までの美術家たちが獲得してきた「色彩」とその表現に注目し、色彩論や色を表現する素材との関係に触れながら、色彩の役割を改めて考察する。ポーラ美術館が近年新たに収蔵した10点の初公開作品を含む近現代の多様な作品が紹介される。

プレス内覧会に出席した野口弘子館長は、本展について「この、数多の色が溢れる時代に、今一度色について向き合ってみようというもの」と紹介。「カラーズというコンセプトですが、私は改めて人間に色覚があることの恐れや畏み、そして感謝を感じずにはいられない。そんな思いにかられる展覧会に出来上がっているのではないかと思います」とアピールする。

担当学芸員の内呂博之は、自身の子供がスマートフォンやタブレットで遊ぶ姿を見て、山の中で自然の色に触れていた自分の子供時代とは異なり、子供たちが「仮想の色」ばかりを見続けることになるのではないかと感じたことが本展の着想のきっかけにあったと明かす。

本展では「近代以後のアーティストたちが必死に色を選び制作してきた作品をご覧いただいた後に、戦後そして現代のアーティストの皆さんの作品をご覧いただきます。私から見れば『本物の色』を追求していると感じられる作家さんを選ばせていただいたつもりです」と話した。

「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」会場入り口

印象派、ポスト印象派の画家たちの色と光の実験

展示は第1会場、第2会場の2会場を使って展開され、プロローグ、第1部、第2部の3部構成となる。

まずは第1会場。プロローグとして観客を迎えるのは、プリズムが生む色彩の美しさを切り取った杉本博司による「Opticks」シリーズの作品群。アイザック・ニュートンの著作『光学』をもとに作られた本作は、プリズムによる分光装置を透過した光のスペクトルをポラロイドカメラで撮影し、印画紙に焼き付けるというプロセスで制作された。

制作風景をとらえた映像もあわせて展示され、杉本自身が「光を絵具として使った新しい絵(ペインティング)」と評した作品が、本展の幕開けを飾る。

会場風景より、杉本博司「Opticks」シリーズ

第1部「光と色の実験」では、印象派に始まり、戦後、現代まで10のテーマに分かれて作品を紹介している。最初のセクションでは、クロード・モネの風景画を中心に、ピエール=オーギュスト・ルノワール、ベルト・モリゾらの作品を展示。

物体固有の色ではなく、光をとらえる色彩表現を追究した印象派の画家たちは、絵具の混色を避け、光を表現するために白い絵具を多用した。その色の表現に改めて注目して見てみると、影や暗い部分も黒ではなく濃い青や紫などが用いられているなど、色彩の効果を巧みに取り入れていたことがわかる。

第1部「光と色の実験」展示風景
会場風景より、クロード・モネ《バラ色のボート》(1890)

続く「科学と象徴——ポスト印象派の色彩」では、当時の科学的な色彩論に基づいていたという点描の技法で知られるジョルジュ・スーラ、ポール・シニャックら新印象派の画家たちの作品に加え、フィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーガンの作品を紹介。印象派、新印象派の作家たちの柔らかい色彩と対照的に、ゴーガンが描いた鮮やかな屋根の色が目を引く。

会場風景より、ジョルジュ・スーラ《グランカンの干潮》(1885)

科学的に分析された色彩と、感覚的な色彩の追求

20世紀初頭の芸術家たちにとって、19世紀に科学的に分析された色彩と、感情的に訴える感覚的な色彩の関係は重要なテーマだった。アンリ・マティスやモーリス・ド・ヴラマンクらフォーヴィスムの画家たちは、理論や対象の持つ固有色にとらわれず、自身の感覚にもとづいた色彩を表現するようになる。

「感覚と論理」のセクションでは、彼らの作品に加え、ロベール・ドローネーによる色鮮やかな抽象画や、色彩と形の要素の計算された組み合わせで独自の抽象絵画を確立したワシリー・カンディンスキーの作品も展示している。

会場風景より、ワシリー・カンディンスキー《支え無し》(1923)、ロベール・ドローネー《傘をさす女性、またはパリジェンヌ》(1913)

「色彩のフォルム」ではマティスとピエール・ボナールを取り上げる。

生涯にわたって身近な主題を取り上げたボナールは、自身の目をとらえた「最初のヴィジョン」を描き出すことを追究した。《浴槽、ブルーのハーモニー》(1917頃)は、画家が最初にこの風景を目にしたときの記憶を呼び起こすかのような青いトーンに包まれている。マティスの《リュート》(1943)は、描かれた部屋全体を覆う鮮やかな赤が強い印象を放つ。

会場風景より、ピエール・ボナール《浴槽、ブルーのハーモニー》(1917頃)
会場風景より、アンリ・マティス《リュート》(1943)

絵具を重ねた絵画には私たちの目に見えていない色も描かれている。「隠された色彩」のセクションでは、パブロ・ピカソとレオナール・フジタ(藤田嗣治)の作品を通して、最新技術で発見された色に光を当てる。

ピカソの「青の時代」の作品である《海辺の母子像》(1902)は、青の濃淡で表現された母子の姿が描かれているが、最新の分析技術によって、下層に鮮やかな色彩が施されていることが判明。「乳白色の下地」で知られるフジタの同時代の作品《ベッドの上の裸婦と犬》(1921)は、肌の質感の表現のため、紫外線のもとで青、緑、赤に蛍光発光する顔料を使い分けた制作プロセスが明らかになっている。

戦後アメリカの抽象表現

アクリル絵具などの新しい絵具の開発は芸術家たちを新たな技法の追求へ駆り立てた。続くセクションの「重なりとにじみ——形のない色」「色彩の共鳴」「アド・ラインハート」では、主に戦後アメリカの抽象表現を紹介。

ここでは、下塗りをしていないカンヴァスに絵具を染み込ませることで絵具の画面上の物質性をなくし、色彩そのものの表現を現前させる「ステイニング」の手法を用いたヘレン・フランケンサーラーや、ケネス・ノーランド、モーリス・ルイスといったカラーフィールド・ペインティングの作家の大型絵画をはじめ、一見、黒一色の画面のようで近づいて見ると色調の異なるいくつかの四角に区切られていることがわかるアド・ラインハートの「タイムレス・ペインティング」、さらにはゲルハルト・リヒターの「アブストラクト・ペインティング」や「ストリップ」シリーズなどの作品がずらりと揃う。

会場風景より、モーリス・ルイス《ベス・ザイン》(1959)

第1会場最後の展示室では「色彩と空間」と題し、本展で初公開となる新収蔵作品としてダン・フレイヴィンやドナルド・ジャッドらの立体作品を展示している。

会場にはフレイヴィンの蛍光灯の作品《無題(ドナに)5a》(1971)に照らされた空間が登場し、絵具ではなく、光による色彩表現を体感することができる。また編み物の編み目のように薄いグラデーションのストロークがグリッド状に織り重なるベルナール・フリズの絵画も新収蔵作品。さらにジャッドと親交を持ち、1960年代アメリカのミニマルアートの先駆者のひとりであった桑山忠明によるメタリックなペイントを施された作品群が、ジャッドの作品と共鳴するように静謐に並ぶ。

現代の作家による色彩の探究

第2会場は、白髪一雄、山口長男、田中敦子の作品で構成される「戦後日本の抽象」のセクションからスタート。続いて現代の作家による独自の色彩の探究や、その表現から見える精神性に注目する第2部「色彩の現在」へと続く。

主な出展作家は、草間彌生、ヴォルフガング・ティルマンス、丸山直文、グオリャン・タン、山口歴、流麻二果、門田光雅、坂本夏子、山田航平、川人綾、伊藤秀人、中田真裕、小泉智貴、山本太郎ら。

水を含ませた半透明の布にアクリル絵具を染み込ませたグオリャン・タンや、布に張った水の上にアクリル絵具を滴らせ、水が乾くことで色を定着させる丸山直文は、第1部で展示されていたモーリス・ルイスやヘレン・フランケンサーラーらの作品とのつながりを感じさせつつ独自の手法を確立している。ヴォルフガング・ティルマンスの「フライシュヴィマー」シリーズは、暗室で光を操りながら印画紙を露光させ、流動的なパターンを描き出した作品群で、こちらも今回初公開された新収蔵作品だ。

第2部「色彩の現在」より、グオリャン・タン作品の展示風景
会場風景より、ヴォルフガング・ティルマンス「フライシュヴィマー」シリーズ、丸山直文《morphpgen(Brown)》(1994)

2017年のポーラ美術館での個展をきっかけに、美術史上の画家たちの作品と同じサイズのカンヴァスに、彼らが用いた色を塗り重ねる「色の跡/Traces of Colors」シリーズを始めた流麻二果は、「女性作家の色の跡」シリーズの新作などを展示。「制御とズレ」をテーマに、大島紬の織りや模様の引用を出発点にしているという川人綾の作品は、ドット絵のようにグリッド状に配置された色がグラデーションを作り出し、視点によって表情が変わるような錯視の感覚を見る者に与える。

会場風景より、流麻二果《雪に白を着る》(2024)(手前)
会場風景より、川人綾《C/U/T_mcmxl-mcmxl_(w)_I》《C/U/T_mcmxl-mcmxl_(w)_II》《C/U/T_mcmxl-mcmxl_(w)_III》(2024)

陶芸家の伊藤秀人は、絵画のような平面作品としても成立する青磁の作品に挑んだ。奥深い焼き物の色が額の中に並ぶ展示空間では、壁にあるQRコードをスマートフォンで読み込むことで、作品の貫入の音を聞くことができるという演出もなされており、作品が出来上がるまでに流れる時間を観客に追想させる。

会場風景より、伊藤秀人《CELADON: FLAT Produced by RYUSENDO GALLERY》(2024)

本展の展示作品のなかでも一際大きい、カラフルなドレスはファッションデザイナーの小泉智貴によるもの。着ている人のキャラクターや内面、周囲の人が抱く印象などにも影響を与える衣服の色。《Infinity》(2024)は、日暮里の生地屋で日本製のポリエステル・オーガンジーに出会った小泉が、170のカラーバリエーションのあるこの素材にインスピレーションを得て制作された。「見る」だけでなく、頭から裾まで「色彩をまとう」感覚を作り出す祝祭感のあるドレスだ。また、山本太郎による、尾形光琳の《燕子花図屏風》やアンディ・ウォーホールをオマージュした「Flowers Iris」シリーズなどの作品群もポップで現代的な色使いが観客の目を惹きつける。

会場風景より、小泉智貴《Infinity》(2024)
会場風景より、左から時計回りに山本太郎《Pink × Blue Great Wave ed.2》《White × Green Great Wave ed.2》《Pink × Yellow Great Wave ed.2》《Red × Silver Great Wave ed.2》(2024)

最後に登場するのは、今回日本初公開となる草間彌生《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)。鏡によって無限に広がる空間のなかで、色とりどりの球体が明滅する、草間の「インフィニティ・ミラールーム」シリーズの作品だ。カラフルな水玉模様が生む万華鏡のような世界が展覧会を締めくくる。

会場風景より、草間彌生《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)

「箱根は温泉豊かな土地ですので、温泉で温浴を楽しみ、当館の遊歩道では森林浴を楽しんでいただき、そしてこの『カラーズ』展で全身で色を浴びる“色彩浴”を楽しんでいただく。そのような“3浴”を楽しんでいただければ」と野口館長。芸術家たちの色彩の探究に改めて目を向けてみると、自分たちの身の回りの色彩も少し違って見えてくるかもしれない。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。