公開日:2022年12月2日

ゴッホにモネ、なぜ環境団体は「絵画」を標的にするのか? ウクライナ侵攻後の欧州情勢や思想的背景から探る(文・増田麻耶)

世界各地で「ジャスト・ストップ・オイル(Just Stop Oil)」をはじめとする環境保護団体による美術館や文化施設での絵画を標的にした抗議活動が止まらない。ヒートアップする抗議活動には、どのような思想的・歴史的な背景が考えられるのか。ロンドン在住の研究者/アーティストでフェミニズム批評誌「i+med(i/e)a(イメディア)」共同編集長の増田麻耶が論じる。

10月23日、ドイツ・ポツダムのバルベリーニ美術館でマッシュポテトを投げつけたクロード・モネの「積みわら」の前で抗議を行う環境活動家 ©Letzte Generation

死活問題化する光熱費の急上昇

ヴァン・ゴッホ《ひまわり》に対する攻撃を皮切りに、この1カ月の間にフランシスコ・デ・ゴヤ《着衣のマハ》、クロード・モネ《積みわら》など、環境活動家による絵画を標的とした攻撃が相次いだ。こうした度重なる攻撃には、どのような地域的な現状、思想背景があるのだろうか。

まず初めに触れなければならないのは、ロシア・ウクライナ戦争により、ヨーロッパがロシアからこれまで入手してきた石油、石炭、天然ガスなどの燃料の輸入が止まり、現在ヨーロッパの多くの都市の燃料価格に打撃を与えているということだろう。ヨーロッパ全体で見れば、その燃料の約62%(*1)をこれまでロシアに依存してきたため、これは結果的に、ガス基準燃料価格の前年比550%(*2)という急上昇を招くこととなった。

こうした状況からイギリスやドイツをはじめとする国々では、富裕層を除く多くが命の危機を伴う光熱費の上昇に苦しみ、日々の生活の制限 ──たとえばシャワーを浴びることや冬場の暖房の使用の自粛など、厳しい生活状況に追い込まれている。危機は、社会的弱者のもとへより増幅した波となって押し寄せる。経済状況をはじめとした様々な格差に喘ぐ共同体にとって、今回の事態は、明日の生活に関わる死活問題としてそこに顕在化しているのである。

ロンドンのウェルカム・コレクション外観 出典:Wikimedia Commons (David Samuel)

不平等な勾配伴う環境的リスク

こうしたエネルギーの諸問題とマイノリティの周縁化の密接な関係は、昨今形作られたものではない。ロンドンのミュージアム、ウェルカム・コレクションで10月半ばまで行われていた「In the Air」展は、一見、人々に平等に分配されるかのように見える環境的リスクが、常に不平等な勾配を伴ってきたことが示されている。展示作品のひとつであるブラック・アンド・ブラウン・フィルムズ(Black and Brown Films)による《Death by Pollution》 (2021) は、ロンドン東南の街レイシャムに住むエラ・アドゥ=キッシ=デブラ(Ella Adoo-Kissi-Debrah)という少女が、わずか13歳にして喘息で命を失い、公害による死と政府により初めて認定された事件に着目したものだ(*3)。映像は、科学者や当事者の視点を交えながら、差別など様々な要因から経済的な地盤を築きにくい移民やPOC(有色人種)のコミュニティが、ロンドンの東側に追いやられ、日々公害に晒されていることを追っている。ロンドン上空を流れる風は不幸なことに、富裕層の暮らす西側から貧困の地域である東に流れる。「我々は同じ空気を吸っているか?―いいえ。」というエラ の母親の語りは、映画などで散見される「我々は同じ空気を吸っている」というクリーシェを皮肉を込めて否定しながら、その裏側にある健康状態や寿命の格差、つまりは命そのものの価値の格差を明らかにする。

ブラック・アンド・ブラウンズ・フィルム《Death of Pollution》の一場面 © Black and Brown Films

また、フォレンジック・アーキテクチャー(Forensic Architecture)によって制作された《Cloud Studies》は、雲や空気という存在が、自由に国境を越えることができる唯一の世界共有資産とみなされながらも、同時にその流動性が「隣人」の攻撃に巧みに利用されてきたという歴史の二重性に光を当てる。アメリカ、ルイジアナ州にある「死の通り」についての捜査(*4)では、現在も住民を苦しめるガンのリスク/環境汚染が、300年にもわたる黒人コミュニティの搾取と、その記憶を上書きするように建設されたサトウキビの工場によってもたらされていることが3DCGを用いて可視化される。フォレンジック・アーキテクチャーは、自身のコレクティブが必ずしも同様の批判を免れないことを自覚しつつも、こうした植民地支配や奴隷制度の延長としてもたらされる支配の形態を「Environmental Racism(環境型人種差別)」として繰り返し名指しするのだ。

フォレンジック・アーキテクチャー《Cloud Studies》 Digital film with audio. 2021 © Forensic Architecture.

抑圧される地球に警鐘鳴らしたサフラジェット

これらの作品は、いずれも人間中心的な世界観のもとにデータや事象を整理するものだが、西洋中心的・家父長的環境観によって抑圧の対象となってきたのは、人間だけに留まらないことをここで加えて述べる必要があるだろう。地球を含め、人間を超えた種の抑圧については、20世紀前半よりイギリスの女性参政権運動のメンバーたち「サフラジェット」(Suffragettes)が訴えてきたものでもある。

当時、性別による投票権の剥奪などへの抗議の結果、投獄/牢獄での暴行などに頻繁に晒されていたサフラジェットは、ある時、牢獄でのハンガーストライキを試みるが、最終的に動物実験用のチューブを用いて体内へと強制給餌をされることとなる(*5)。一時は動物の抑圧のために作られた手法は、転用・洗練されながら、いとも簡単に、<動物と同等とみなされた人間>へ、<動物以外の種>へと拡大される。サフラジェットはこうした事例をもとに、100年ほど前に動物・地球環境の抑圧に対して警鐘を鳴らした先駆けでもあった。

「とある愛国者」('A Patriot')による1910年のポスター。サフラジェットの囚人が強制摂食させられているところを描いている 出典:Wikimedia Commons

人間以外の種への抑圧と女性の抑圧の繋がりを「手法の転用」という側面から示すこの事例は、母性主義的環境観を回避しながら環境への連帯を示す方法として、エコフェミニズムにおいて現在でも重要な立ち位置を占める(*6)。こうしたことからも分かる通り、特定の階級によって取り決められる化石燃料の使用・地球環境の抑圧は、大気汚染/動物の科学的な抑圧など複数の層を形作りながら、二重、三重の罠となってマイノリティを陥れてきたのだ。

アートによる「ケア」の取り組み

ではヨーロッパの美術界は、これらの現代的な課題に対してこれまでどれほど正面から向き合ってきたのか。環境問題とマイノリティの周縁化の関係を積極的に取り上げようとする動きは、一部とはいえ存在することは確かである。たとえば先に挙げた、現在進行中の環境問題や迫害に大規模な調査を用いてアプローチするフォレンジック・アーキテクチャーは、必ずしも現代美術を活動の中心とする団体ではないものの、2018年にターナー賞にノミネートされ、今年の第12回ベルリン・ビエンナーレでも取り上げられている。

またEUの文化・芸術助成制度であるクリエイティブ・ヨーロッパ・プログラム(Creative Europe Programme)が、ウィーン人類学博物館と2019年に共同設立した「テイキング・ケア・プロジェクト(TAKING CARE)」は、「作品の保存からケアまで(From Preservation to Care )」「不安定な地球の未来と、複数性を持った多文化政策」(*7)を主題としながら、美術館の本来の役割である「保存」という側面に加え、「ケア」の実践を継続して行うことを表明してきた。この活動は、環境問題とコロニアリズムの関連を特に注視しながらも、コレクションをもとに多様な言説が (再)発見され、美術館がそれを公的に共有できる場所となるよう、展示・ワークショップなどを地域横断的に主催する試みだ(*8)。

「TAKING CARE」のホームページより

石油産業に依存する美術館、財団

いっぽうで、こうした小規模な取り組みをはるかに上回る規模で、より多くの財源を持つヨーロッパの美術館、ギャラリー、財団は、石油・天然ガス産業からの多額の寄付に運営を依存し、環境問題を間接的に悪化させてきたことも指摘しなければならない。ウェルカム・コレクションを運営するウェルカム財団は、BP やシェルといった石油関連会社との癒着を長らく指摘されてきたが、その関係性を解消したのはつい先日の2019年のことだ(*9)。また美術・博物館と人間の帰属意識に関する調査では、美術・博物館への帰属意識には、人種/性別/経済状況など様々な要因を含んだ差があり、美術・博物館はマイノリティに属する来訪者を、空間的・文脈的に排除、もしくは他者化してきたことが指摘されている(*10)。

西洋中心的な歴史観のもと作られた美術・博物館は、特的のグループに利する空間設計・展示構成を纏うことで、そこに属さない訪問者を「自分たちのために作られていない」と思わせる構造(*11)を維持してきた。実際、ブラック・ライヴス・マター(Black Lives Matter)をはじめとして植民地支配への抵抗の歴史を持つアメリカにおいてさえ、デ・コロニアリズム等の美術館の自省的な試みはまだ始まったばかりだ。アフリカ系アーティストがコレクションに占める割合は全体の約1.2%(*12)と、現実の数字は驚くほどに遅れをとっており、鑑賞者のうちアフリカ系アメリカ人の占める割合は、全体のたったの6%である(*13)。美術館は、白人・男性中心的であり、経済的に特権的階級に属する人々のための組織であるという印象を十分に払拭できていないのだ。

抗議活動が示す奇妙な「親密さ」

10月14日、ロンドンのナショナル・ギャラリーでゴッホ作《ひまわり》にトマトスープを掛けた「ジャスト・ストップ・オイル」の活動家。『ガーディアン・ニュース』YouTubeより(https://www.youtube.com/watch?v=LTdquzu-BXg)

さて、一連のアクションの発端となったゴッホの《ひまわり》に対する攻撃に話を戻すと、ジャスト・ストップ・オイル(Just Stop Oil)の活動家の一人は、イギリスのアート媒体『Frieze』(フリーズ)のインタビューの中で「Non-violent Direct Action(非暴力的直接行動)と口にした。これは、アメリカ公民権運動に由来する言葉であり、バス/レストランなどからの黒人の排除に対する、黒人コミュニティの一連の抗議の手法だった。それは、当時特定の人種の身体が、「汚れ」ており、「触れるべきではない」という価値観のもと公共の場が運営されていた状況に対して、隔離を拒否し、そこにいることで対抗する試みである。警察の干渉、白人のコミュニティによる黒人の暴力的な排除などの事件も多発したが、それ以上に「隣に座ること」「肩を寄せ合うこと」「同じ空間で息をすること」など、隔離の正当化を防ぐための「親密さ」のパフォーマンスの継続が、1964年における公民権法の制定を導いた(*14)。

当時、このアメリカ公民権運動が目指したのは、明文化された法(または法解釈)における差別の撤廃であり、彼らはそれを最終的に達成することとなる。だが、資本主義経済のもと、格差が拡大する現代においては、マイノリティの隔離は居住地区の地価や施設の入場料など、法よりもより巧妙なやり方で我々の生活に組み込まれている。

ジャスト・ストップ・オイルの活動家は、同じ『フリーズ』とのインタビューにおいて、《ひまわり》への攻撃は、保護ガラスがあると知ってのパフォーマンスであり、「借金まみれで死んでいった」 「もし現代に生きていたら、今頃、暖房か食事かの選択を迫られたであろう」ゴッホへの共感が根底にあったことを明らかにしている(*15)。貧しい経済環境で死んでいった作家への共感と、彼らが手をガラスや壁、道路に貼り付けることの近接性──そこに存在する奇妙な「親密さ」は、果たしてアメリカ公民権運動が戦略的に訴え、勝ち取ることとなった「親密さ」と、何が質的に異なるのだろうか。

果たして「ガラス」への攻撃は、「絵画」そのものへの攻撃と同等なのだろうか。ガラスは作品の保護の目的のために存在しているが、鑑賞を妨げないよう、反射は極力抑えられ、その存在は文字通り透明化されている。それは、守られるべきものとその「外」との間の障壁であり、不可視化された境界線であり、つまりは巧妙な分断そのものであろう。

ゴッホ《ひまわり》のガラス越しにトマトスープを掛ける「ジャスト・ストップ・オイル」の活動家 ©2022 Just Stop Oil

「ガラス」の物質性が表すもの

彼らが攻撃の対象とする「ガラス」は、特定の政治性 (白人中心主義/男性中心主義/エリート中心主義)のもと選ばれた絵画を、文脈から隔離し、非政治化して保護しようとする、権力による保存への働きかけであるとも言える。あらゆる経済的な隔離に慣れてしまっている我々は、活動家の一人が自分と離れた場所で焼身自殺によって環境破壊の深刻さを訴えた時には見向きもしなかった。しかしいま、絵画という「公共」の所有物が標的になっていることで、あたかも自分の一部が傷つけられたかのような衝撃を受けることになる。

美術館が美術作品を「公共のものである」と主張するとき、我々はその「公共」が、未だにあまりに多くのものを排斥し続けていることについて、次に何を口にすることができるのか。彼らがスープをかけることによって現れるガラスの物質性は、分断された世界の不気味な親密さを明らかにしている。

*1──eurostat, Energy represented 62% of EU imports from Russia, 2022 https://ec.europa.eu/eurostat/web/products-eurostat-news/-/DDN-20220307-1
*2── Bozorgmehr Sharafedin and Canan Sevgili, Analysis: Forget showering, it's eat or heat for shocked Europeans hit by energy crisis, 2022 https://www.reuters.com/markets/europe/forget-showering-its-eat-or-heat-shocked-europeans-hit-by-energy-crisis-2022-08-26/
*3──https://blackbrownfilm.com/home/portfolio/
*4──https://forensic-architecture.org/investigation/environmental-racism-in-death-alley-louisiana
*5──Adams, Carol J., and Lori Gruen. Ecofeminism: Feminist Intersections with Other Animals and the Earth. Bloomsbury Academic, 2022.
*6──同上
*7──precarious planetary futures and the future of plural multicultural polities 筆者訳  https://takingcareproject.eu/about最終閲覧:2022年11月15
*8──https://takingcareproject.eu/about:11月15日
*9── ウェルカム財団は単に石油企業との契約を断ち切るよりも、共同利権者として石油会社の方針転換に影響を与えることを目指していたと述べているが、そうした長期間に渡る保守的な姿勢も正当性が疑われている。Jim Waterson and Damian Carrington, Wellcome Trust sells stakes in large oil and mining companies, 2021. https://www.theguardian.com/environment/2022/jul/21/wellcome-trust-sells-stakes-in-large-oil-and-mining-companies 最終閲覧:2022年11月20日
また、イギリスにおいて現在でも石油企業との癒着を続けている美術団体については、こちらのウェブサイトからリストが閲覧できる。
*10── C. Aaron Price, and Lauren Applebaum, Measuring a Sense of Belonging at Museums and Cultural Centers, 2019.https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/cura.12454 最終閲覧:2022年11月15日
*11── Archer, L, E Dawson, A Seakins, J DeWitt, S Godec and C Whitby. "I’m being a man here”: Urban boys’ performances of masculinity and engagement with science during a science museum visit, Journal of the Learning Sciences 25, 2016.
*12──. Chad M. Topaz, Diversity of artists in major U.S. museums, 2021. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6426178/#pone.0212852.ref031最終閲覧:2022年11月15日
*13── Nancy Kenney, Exclusive survey: what progress have US museums made on diversity, after a year of racial reckoning?,2021https://www.theartnewspaper.com/2021/05/25/exclusive-survey-what-progress-have-us-museums-made-on-diversity-after-a-year-of-racial-reckoning最終閲覧:2022年11月20日
*14── Simon D . Elin Fisher, Queer Futurity, Utopian Embodiment, and Nonviolent Direct Action in the Early Civil Rights Movement, 2014.https://www.academia.edu/9178445/Queer_Futurity_Utopian_Embodiment_and_Nonviolent_Direct_Action_in_the_Early_Civil_Rights_Movement最終閲覧:2022年11月17日
*15── An Interview With Just Stop Oil. https://www.frieze.com/article/interview-just-stop-oil最終閲覧:2022年11月17日

Maya Erin Masuda

Maya Erin Masuda

ベルリン、ロンドン、東京を拠点に活動するアーティスト/研究者。英Royal College of Artを経て、現在ドイツUniversität der Künste BerlinにてQueer Ecologyを研究。Feminist Queer Journal『i+med(i/e)a』 の共同設立者であり、キュレーション、出版、アクティビズムなど幅広く活動している。京都芸術センターCo-program 2023のキュレーターを担当。主なキュレートリアルワーク・個展にGround Zero (京都芸術センター, 2023)、Sleep, Lick, Leak, Deep….(Daiwa Foundation Gallery London, 2024) など。