1月28日まで毎週末、福島県いわき市泉でカオス*ラウンジによる市街劇「百五〇年の孤独」が開催中だ。泉駅周辺の史跡等を含めたおおよそ7か所を3時間ほどで、各ポイントでもらえる手紙を読みながら巡るツアー形式となっている。東京からだと3時間半ほどでアクセス可能で、日帰りも十分できる。鑑賞後は、タクシーを利用して小名浜方面の観光施設に立ち寄ることもおすすめだ。
3年目の集大成となる作品 、かつての「復興の失敗」を、歩く?
カオス*ラウンジは2015年より福島県いわき市を舞台にした「市街劇」を“上演”してきた。2015年「怒りの日」と2016「地獄の門」では、いわき市の土着信仰や伝説などのリサーチを作品として展開してきた。寺山修司の「市街劇」という形で、福島県いわき市の街“現実”を歩きながら、作品“虚構”との行き来「現実からの脱出」(2016年市街劇「地獄の門」より)を試みることで、いわき市という地域の多層的な姿を表象してきた。
しかし今回3作目となる「百五〇年の孤独」の前書きには、“かつての「復興の失敗」を、歩く。”という少し過激ともいえる文言がある。キュレーターの黒瀬陽平を中心としたリサーチチームは、いわき市の泉(旧泉藩エリア)には現在2つの寺院しかない、という点に着目している。泉地域には、かつて60ほどの寺院があったが、明治に起きた「廃仏毀釈」をきっかけに、すべてが打ち壊されるなどして廃寺となり、後に再建された寺院は2つに留まったというのだ。それを「復興の失敗」として捉え、廃寺となった跡地や痕跡を辿りながら、新たな「寺をつくる」ことが今回の市街劇の筋書きといった感じだ。
カオス*ラウンジらしさ
廃仏毀釈といえば、京都興福寺の破壊による荒廃(と岡倉天心がその復興に尽力したという話)などが有名だ。それは、今作の前書きにあるように「イコノクラスム」、すなわち仏像や寺院といった仏教的なものの「イコン」の破壊運動であった。その点で、カオス*ラウンジが扱ってきた、アニメなどの「キャラクター」(現代日本のイコン)への信仰や改変を通したキャラクターの消費といった観点と結びつく(「キャラクラッシュ!」展 2014年参照)。その延長線上で考えると、確かに、作中の「新しい寺」にあるク渦群、藤城嘘、柳本悠花、百頭たけしをはじめとする作家たちによる作品は、今回の物語において、失われた信仰対象、すなわち死後の世界を想像すること、生きている人と死者を繋ぐ物語の復興を試みる役割を担おうとしているのがわかる。さらに、もうひとつの注目どころは、今作のウェブサイトだ。前作から参加しているKOURYOUが制作した今回の特設ウェブサイトは、一見パソコン(またはスマホ・タブレット)の画面だ。しかし、なにか少し現実とは違う…現実世界と並行する別の世界への入り口、または、死後の世界と現実を結ぶ道のようである。
「地域アート」らしさ
12月31日の22:30より「百五〇年ぶりに〈除夜の鐘〉をつく」という年越しイベントが行われた。演劇として考えると、このイベントが“上演”の最大のクライマックスだったのではないだろうか。市川ヂュンによる子安観音堂の横に建てられた鐘と鐘つき堂は、市街劇の最後の訪問地点になっているので、除夜の鐘を想像しながら見たいところである。
観音堂は、やはり廃寺となった寺院跡だが、境内の墓地と共に地域の人によって維持されてきたものだという。
寺院というものは、(もちろん神社や教会もそうではあるが)永らく地域のコミュニティーの中で重要な役割を担っていた。先祖の供養(お墓)の場としてはもちろんだが、大晦日に地元の除夜の鐘を突きに行き、新年の無病息災を願い、地域の人や久しぶりに会う友人とあいさつを交わす…寺院はそんな集いの場でもある。150年ぶりの除夜の鐘は、泉地域の人に向け、新たな集いの機会を提案したともいえるのではないだろうか。
泉周辺は歩いて街を見渡すと新築のきれいな一戸建てが並ぶ。周辺の世帯年代の平均が37.3歳だという。東日本大震災の影響により、人口構造や地域分布は大きく変化した。泉駅周辺は若い新興住宅街なのである。広く整備された歩道に、人はほとんど歩いていない(年末ということもあったが)。住民は、街を「歩く」ということ自体あまりないのかもしれない。街はきれいではあるが、非常に静かだ。
なぜ、泉では寺院の再建がなされなかったのか。もちろん、その原因はさまざまであって、勝手な想像でしかないが、地域コミュニティー構成の急激な変化、古いコミュニティーと新しいコミュニティーの分断といったものが、廃仏毀釈後の寺院の再建にも影響したのではないか、と感じさせられた。実際、全国の都道府県別の寺院数(人口10万人あたりで算出されたものと寺院数の純粋な数それぞれの順位がある)で見ると、福島県は全国47位中20位前後で、県全体で見ると寺院の数は平均的だ。
終演後、胸に残ったものをしっかり持ち帰りたい
「百五〇年の孤独」というタイトルは、ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』(と寺山修司がその小説を映画化した『さらば箱舟』)からつけられたものだが、その物語はある民族の衰退を描いたものだ。美しい景色、おいしいごはん、きれいな(インスタ映えしそうな)作品を楽しみに行く芸術祭ではないかもしれない。しかし、福島県いわき市泉の廃仏毀釈とその後を基に紡ぎ出された物語から、この現実を前に、これからの未来について考えたくなる芸術祭である。
■開催概要
主催:合同会社カオスラ
会場:zitti (〒971-8172 福島県いわき市泉玉露2丁目2-2)ほか、泉駅周辺の複数会場
開催期間:2017年12月28日(木)~2018年1月28日(日) ※1月からは金土日祝のみ
会場時間:10:00〜18:00
※本展は、JR常磐線・泉駅からすべての会場を徒歩でご覧いただけますが、会場間の移動に徒歩10分以上要する場合もあります。もしお車でお越しの際は、専用の駐車場はありませんので、ご注意下さい。
※全体の鑑賞時間の目安は3時間程度です。期間中の日の入り時間は16:30ごろです。屋外展示や移動が多いので、暗くなると鑑賞しにくい作品もあります。できるだけ早い時間にお越し下さい。
観覧料:1,000円(高校生以下は無料)
交通案内:JR常磐線・泉駅北口より徒歩2分
公式ウェブサイト:http://chaosxlounge.com/zz-izumi/jigoku.html
問い合わせ:info@chaosxlounge.com
キュレーション、演出:黒瀬陽平(美術家、美術批評家、カオス*ラウンジ代表)
参加アーティスト:荒木佑介、市川ヂュン、井戸博章、今井新、梅沢和木、梅田裕、ク渦群、酒井貴史、鈴木薫、名もなき実昌、パルコキノシタ、百頭たけし、藤城嘘、藤元明、柳本悠花、弓塲勇作、Houxo Que、KOURYOU、SIDE CORE
リサーチチーム:黒瀬陽平、江尻浩二郎(郷土史研究、東日本国際大学非常勤講師)、亀山隆彦(仏教学、龍谷大学非常勤講師)、荒木佑介(アーティスト)