「ボーイズラブ(以下、BL)」の50年ほどの歴史を、貴重な原画や雑誌などの展示とともに紹介する展覧会「はじめてのBL展」が角川武蔵野ミュージアム(埼玉県)で開催中だ。会期は7月16日まで。企画担当は同館の伊藤真由子。監修協力は藤本由香里、佐川俊彦、西原麻里、堀あきこ、三崎尚人。
BLとは、男性同士の恋愛や性愛といった関係性をテーマに、主に女性が作り手を担ってきた女性向けジャンル。こうした説明がもはや不要ではないかと思われるほど、現在の日本ではその存在はかなり認知されてきただろう。小説やマンガを中心に、ゲームやアニメ、音声コンテンツや映画・ドラマまで、様々なかたちでBL文化が花開き、何かしらのかたちで目にしたことがある人は多いのではないだろうか。
しかしそんな広がりを見せているからこそ、全体像を把握するのは至難の業かもしれない。すでにBLは50年ほどの歴史を持つとされ、たとえファンを自認する人であっても、好きな作家やジャンル、触れていた年代・メディア等によってその「BL観」は百人百様だろう。そんな広く深いBLの歴史・文化を、コンパクトな会場ながらバランスよく紹介するのが本展だ。今回はBLファンでもある筆者が、企画担当者のインタビューも交えながら本展の見どころを紹介したい。
会場に到着し、本展キーヴィジュアルになっている竹宮惠子『風と木の詩』の大きなパネルを撮影していると、向こうから聞き慣れた声が……こ、これはアーティット先輩! 入口にある大きなモニターに流れていたのは、タイBLドラマの金字塔『SOTUS』だ。
ほかにも今年上映される映画『タクミくんシリーズ 長い長い物語の始まりの朝。』のPVや、映画『メタモルフォーゼの縁側』PV、映画『LOVE STAGE!!』など、BLに関するいくつかの映像が流れている(撮影不可なので、会場に足を運べる方は雰囲気を楽しんでほしい)。
上記3作品は原作がKADOKAWA/角川書店刊行で、『SOTUS』は日本版小説とコミカライズが同社から出ているので、ミュージアムの運営を考えれば「まあそうか」というセレクトではある。けれども、それだけではない。本展が示す、BLの歴史的・地域的・世代的・ジャンル的広がりと交流を象徴するセレクトでもあるからだ。
地域ということで言えば、『LOVE STAGE!!』は日本発→日・タイでそれぞれ実写化された作品で、逆にタイ発の『SOTUS』は日本でドラマが人気となり出版化されたというBLの国際的な展開を示す好例だ。『メタモルフォーゼの縁側』はBL作品ではないものの、BLがつなぐ女性同士の世代を超えた友情を描いた、BLカルチャーの豊かさを描いた作品。そして1992年から2014年まで刊行された小説「タクミくんシリーズ」は、この後の展示へと橋渡しする重要な導入だと言えるだろう。というのも、本展がBLの歴史の起点を『JUNE』に置いているからだ。
本展の第一章は「JUNEの時代」。『JUNE』は1978年にサン出版から創刊された雑誌で(当初のタイトルは『Comic Jun』、のちに改題)、男性同士の恋愛をテーマとした作品を中心に掲載した。「少年愛」「耽美」といったコンセプトで知られ、その立役者はなんといってもマンガ家・竹宮惠子と、小説家の中島梓だろう。本展では創刊のきっかけとなった元編集長の佐川俊彦のインタビューを紹介するパネルとともに、竹宮が描いた創刊号の表紙や「『風と木の詩』 午睡のKISS」などの原画’(精巧な複製原画、こちら参照)、中島の貴重な直筆原稿などが展示されている。
特筆すべきは、『JUNE』が誌上において作家の育成をし、その後のBL文化の発展に大きく貢献したことだ。たとえば西炯子や榎田ユウリといったマンガ家、小説家を輩出したことで知られる。
「タクミくんシリーズ」の作者・ごとうしのぶもそのひとりで、「『JUNE』生まれ『JUNE』育ち、ただし異質。というのが『タクミくんシリーズ』です。ということを、近年知りました。自分としては、生え抜きの『JUNEっ子』(懐かしい表現ですね)と思っていたので……(略)」というコメントを本展に寄せている。
『JUNE』の投稿コーナー「中島梓の小説道場」は人気を博し、中島が有望な新人を複数の出版社に紹介。角川書店の「ルビー文庫」というレーベルは、こうした流れから「タクミくんシリーズ」をはじめとする『JUNE』出身作家たちの小説を次々と世に送り出し、まだBLという言葉がなかった時代にこのジャンルの草分け的存在となった。
本展ではこうした才能のゆりかごとなった「中島梓の小説道場」や竹宮が講師を務める「ケーコタンのお絵描き教室」の誌面を展示。
また、『JUNE』と耽美文学との関わりや関連資料、音声コンテンツの先駆けとなった「カセットJUNE」など貴重な資料も見ることができる。
『JUNE』の展示の背後にあるのは、BLの歴史をたどる巨大な年表の壁だ。監修者と相談しながら制作されたという本年表には、重要作品の刊行や雑誌の創刊、メディアミックス展開などが抜粋されている。起点は1970年だ。
「本展ではBLの起点を、男性同士の恋愛をテーマに扱った商業的な専門誌である『JUNE』が創刊された1978年に置いているのですが、『JUNE』ができる背景には少女マンガ雑誌における「少年愛」作品がありました。こうした流れをお伝えするために、年表は1970年から出発しています」(伊藤)。
年を追うごとに、文字がみっしりと増えていくのがわかる。こうした変化を一目することができるのも楽しい。
「90年代前半からBL雑誌の創刊ブームがあり、雑誌などが増えると作品数が増えるように思う。また2000年代に入るとメディアミックスが増えていき、2020年以降は実写化作品の欄ががとんでもないことになっていますね。2023年は4月末の時点ですでに実写化作品がたくさんあるのが見えますが、残りの半年分はこの年表に入りきらないんじゃないかな……と思いますね」(伊藤)。
また年表には社会的なできごととして、現実の同性愛やクィアに関する事柄も併記されている。たとえば1985年「厚生省、日本人エイズ(HIV)1号患者を発表」、1994年「日本初のレズビアン&ゲイパレード、東京で開催」、2019年「『結婚の自由をすべての人に』訴訟始まる」などだ。創作物であるBL(内のキャラクター)と現実社会の同性愛(者)を混同することの弊害や危うさはこれまで様々に議論されてきたが、それでもBLというジャンルが物語内で同性愛表象を行う以上、LGBTQをめぐる社会的状況と完全に関わりを断つことなどできない。こうした観点もさりげなく示されている。
第2章「「やおい」 ~やまなし、おちなし、いみなし~」では、商業作品とともに重要なもうひとつの軸である同人誌について紹介。本展では二次創作系同人BLを「やおい」として定義し、この「やおい」という言葉が初登場した同人誌や、キャラクターの恋愛関係を攻め×受けで示す「カップリング」表記に関する調査、コミックマーケットに参加するサークル数の変化などを見ることができる。サークルスペース地図からは『キャプテン翼』の二次創作の爆発的な広がりが見て取れて面白い。
二次創作で人気が出て、その後商業誌でも活躍する作家は数多い。
第3章「花ひらくBL文化」では、1990年代前半から創刊が相次いだ、BLマンガ雑誌、BL小説誌を紹介。すでに休刊になってしまったものも多いが、貴重な雑誌がずらっと並び、そのなかの多くは鑑賞者が手にとって見ることができる(子供を含む様々な鑑賞者がいることに配慮し、性的な描写のあるページは目に触れないように閉じてある)。
90年代のインディーズカルチャーを吸い込んだ洒落た表紙のものや、その名の通り堂々と麗しいイラストが目を惹く『麗人』、そして今年で創刊30周年を迎える雑誌『MAGAZINE BE×BOY』など、ひとくちにBLといっても、雑誌ごとのカラーの違いや時代ごとの流行によって、じつに様々な作品が生まれてきたことがわかる。
またBLとBLではない作品の両方で活躍する作家について紹介するコーナーも。よしながふみや水城せとな、中村明日美子、ヤマシタトモコ、凪良ゆうなど枚挙にいとまがないが、こうした作家たちの単行本が多数並んでいる。そのなかのひとり、あさぎり夕の原画が展示されているのもポイントだ。
東京・神保町にある明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館では、「あさぎり夕 BLの始まり展」が6月23日〜10月2日に開催される。「BLに関する2つの展覧会が同時期に開催されるのは珍しいと思いますので、ぜひハシゴしてほしいです」と伊藤さん。
ちなみに上部につられているのはミキマキによる4コママンガ『少年よ耽美を描け -Boys be tambitious-』のページ。本作は主人公の新葉芹がはじめて彼女に振られ、その理由が「BLマンガに時間を割きたい」ということだったことから、彼女を見返そうとBL創作に情熱を燃やすようになる……という物語。本作1ページ目の「っつーかBL漫画って何だ!?」という新葉の心の叫びは、BLをよく知らずに本展を訪れた鑑賞者の思いと重なる部分があるかもしれない。
「はじめてのBL展」という本展タイトルは、「BLの歴史全体をミュージアムで見せる機会はいままであまりなかったということと、本展ではじめてBLに触れる方もいらっしゃると思うので、そういう方にもぜひ見ていただきたい」(伊藤)という思いから付けられたのだそうだ。
さらに1999年から2022年までのBL書籍を年順に並べ、その表紙の変遷を辿る展示や、国際的な広がりを示すマップや海外で制作された作品、文化庁メディア芸術祭マンガ部門「優秀賞」を受賞した紗久楽さわの傑作時代劇BL『百と卍』に関する展示も見逃せない。
またBL/やおいカルチャーの面白い点として、二次創作文化に支えられた、作品の受け手のクリエイティヴィティも忘れてはならない。本展では所々に「BL短歌」のパネルが上部から釣られている。これはBL短歌合同誌「共有結晶」から抜粋された短歌作品だ。
メイン会場を抜け、同フロアのブックストリートにあるサテライト会場にも行ってみよう。ここではメイン会場で展示されている書籍や雑誌などを手に取って読むことができる。
またBL本の帯に関する展示も行われている。大胆かつ創造性あふれる、というか、ものすごく下品だけど「1本取られた!」と思わず笑ってしまうような、独特な職人芸が光るBL帯の世界が紹介されている。個人的には電子書籍で買っているとじつは帯を見ていなかったり気にしていなかったりすることが結構多かったなと気付かされ、「こんな帯なの!?」と驚くこともあった。BLを作るのは作家と読者だけでない。そのあいだをつなぐ出版社や編集者・デザイナーといった人々の創意工夫にも、改めて敬意を払いたいと思った次第だ。
BLの歴史がぎゅっと圧縮され、この文化の多様な広がりが示された本展。企画担当の伊藤さんはこのように語る。
「最近ではインターネットやテレビの地上波でもBLがどんどん流れるようになってきました。タイBLの流行などもあり、BLという言葉は聞いたことがある人が多いと思いますが、具体的にはよく知らないという人もいる。そこで、BLの歴史全体を見ることができるような展示の企画を立てました。もちろんBLがお好きな方にも楽しんでいただけるのではないかと思います。
本展を見たBL 好きな方のBLライフがより充実したら嬉しいですし、これをきっかけに興味を持つ方がいて、すでに盛り上がっているBLというジャンルがより盛り上がっていったらいいなと思います」。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)