公開日:2024年12月9日

「未来のデジタルアート」はどこへ行く? Beeple(ビープル)の中国での最新個展から探る

デジタル・アーティスト Beeple(ビープル)による世界初となる美術館での個展「Beeple: Tales from a Synthetic Future」はいかにして中国・南京で開幕することになったのか? 詳細をレポートする

会場風景より、Beeple《Everydays》(2017-)

中国・南京の中心に位置するショッピングモール、德基廣場(デジプラザ)。その最上階にあるDeji Art Museumで、11月14日からデジタルアーティスト Beeple(ビープル)の大規模個展「Beeple: Tales from a Synthetic Future」が始まっている。

手前はDeji Art Museumのコレクションの奈良美智作品だ

世界3位の存命アーティストでの落札価格を誇るBeepleとは

Beepleと聞いて、アートやNFTに造詣のある人なら思い起こすのが2021年のクリスティーズオークションで販売されたEverydays, the First 5000 Daysだ。当時世界最高額のNFTとして、そして存命のアーティストで世界3位の高額6940万ドル(当時のレートでおよそ75億円)で落札された作品として、「デジタルアート」としてのみならず、アートの歴史に残る世界的なニュースとなった。

同時にそのニュースを見聞きして「画像の組み合わせでそんな高額に?」となった人も少なくないだろう。およそ13年間、5000日におよぶ日々のドローイングを組み合わせた画像が「唯一性」を担保するNFTとして評価されたというものだ。

Everydays, the First 5000 Days 出典:Wikipedia(nytimes.com)
オープニングで挨拶するBeeple

5000 days》が高騰した以降もBeepleは変わらず制作活動を続けてきた。1日たりともEverydaysシリーズの制作を欠かさないようにしてきたといい、オープニングでは6406番目の作品をライブで作り上げてみせた。

展覧会の入口には、かつてBeepleが影響を受けた映画やアニメーション、当時のiMacなどが並ぶ

まだ日本では知られてない立体作品も登場

会場風景より、Beeple《Human One》(2021) Courtesy of Ryan Zurrer Collection

日本ではまだほぼ知られていないが、Beepleは《5000 days》の発表ののち、たんなるデジタルアートではない非常にソリッドな筐体の立体作品を手掛けていた。まったく異なるアプローチに、香港のM+で発表された際は「これが同じBeepleなのか」と信じられなさを感じた。

Human One》は、Beepleがメタバース空間に生まれた「最初の人間」を描いた、4面の映像が回転し続ける立体作品だ。宇宙飛行士のようなバックパックを背負った人物が、無限に変化する荒野を背景に歩き続ける。動的に進化するBeeple最初の彫刻とNFTとを組み合わせた作品として注目を浴びた。クリスティーズで2895万ドルで落札されたこともまたニュースとなった。発表されてすでに3年が経つが、現在もアップデートを続けている。昨年の香港ではまだ腕が人間のもので、背景では動植物が活動していたが、最新版では腕がロボットに置き換わり、舞台はカタストロフを迎えた大地のようだった

植物が自動で生成される新作と、気候変動へのアンサー

会場風景より、Beeple《Exponential Growth》(2023)

Human One》のようなキネティック+NFT彫刻の新作は領域を広げており、全貌がこの南京の美術館初個展で明かされている。2024年の新作《Exponential Growth》は、20億通りの植物景観を生成できるモデルが組み込まれている。人間の創造性を自然の延長線上に位置づけ、技術による自然の再解釈を試みている。BeepleがDeji Art Museumで開催中のもうひとつの企画展「Nothing Still About Still Lifes」を見て、花というテーマに着想を得たという。

じつは「Nothing Still About Still Lifes」展では村上隆、アンディ・ウォーホル、ジェフ・クーンズらによるわかりやすい花のモチーフ以外にも、クロード・モネ、ポール・セザンヌなど近代の巨匠、ピエト・モンドリアン、ルネ・マグリットのほか、児島善三郎など古今東西のあらゆる花にまつわる絵画を集合させたコレクション展だ。とてつもない豪華なラインナップながら、100点以上のすべてがDeji Art Museumのコレクションということにも驚嘆せざるを得ない。

これまであえて意識的に美術史を学ぶのを避けていたというBeepleだが、「皮肉なもので学ぶまいとしても美術史には影響を受けている。いま、私が美術史を理解したいと思うのは、繰り返したくないからです。アーティストの役割とは、見たことのないものを作ること。歴史を知らなければ、新しくて斬新だと思っていることが、40年前に行われていたことをうっかり再現してしまう」。

そのコメントからも植物のモチーフのヒントが、コンセプト重視の方向性に聞こえてくる。

「Nothing Still About Still Lifes」展示風景より クリストファー・ウール
「Nothing Still About Still Lifes」展示風景より
会場風景より、Beeple《S.2122》(2023)

S.2122》は、2122年の人類の未来を描いた2メートル超の回転彫刻だ。5日ごとに更新されるダイナミックな設定で、気候変動、海面上昇という喫緊の地球規模の課題に対する人類の適応力を象徴的に表現している。Deji Art Museumのコレクションだ。

会場風景より、Beeple《Regenerate》(2023)

Beepleの描くディストピアは現実と呼応するのか

2024年現在のBeepleのInstagramフィードは、インターネット・ミーム以外にもドナルド・トランプ前アメリカ合衆国大統領、イーロン・マスクの顔などを組み合わせた不気味で示唆的なディストピアの近未来であふれている。ちょうど南京への渡航のタイミングで次期アメリカ大統領選の決着が出て、プレス陣はなおのこと風刺だけではない予兆のようなものをBeepleの作品に感じていた。

ディストピアと形容される作風の多いBeepleだが、本人は「私は楽観主義者でも悲観主義者でもありません」と語る。「将来起こることは、非常に奇妙なものになると思います。テクノロジーが互いに影響し合い、交じり合うにつれて、私たちが予測できないような奇妙なことが起こるでしょう。それが私が伝えようとしているものです」

展示壁にあわせて掲げられたフラップ式のカウントダウンも、逆説的にこの2122年を人類が迎えることがないかのような「終末思想」を想起させる。

反転フラップ式の数字が、2122年までの残り時間を刻んでいる
「パイナップル」に巡礼するかのような絵画作品も

翻って、《Everydays》は5000枚もの絵で構成されるボリュームが話題を呼びつつも、オークション落札時にはその内容のマッチョさや、人種差別主義的なドローイングが含まれていたことは批判の対象にもなったたしかに「アート」として1枚1枚がよい絵かどうかは、議論の余地があるだろう。本作の場合、フォーマットやOSが日々変化し続けるというデジタルの特性に基づく難度をクリアしながら、5000日以上続けて描き続けたということへの評価が、オークション落札金額を跳ね上げた理由のひとつとなった。しかし、成果物が「絵画」として評価の高いものになるかというと、必ずしもそうとは限らない。日々のドローイングや連作を数年にわたって展開した作品は美術史上、さして珍しくはない。批評家、キュレーターたちはどう評したのか。

会場風景より、Beeple《Everydays》(2017-)

脇を固める豪華キュレーター陣と、ショッピングモールの美術館の本気度

「5000枚のイメージと価格に話題が集中したが、中身が何だったのかは語られてこなかった」と語るのはキュレーターのハンス・ウルリッヒ=オブリストだ。サーペンタイン・ギャラリーのアーティスティック・ディレクターのオブリストが、この展覧会のアドバイザーも務める。テクノロジーをアーティスティッククリエイションにアップデートしていく作業は、極めてパフォーマティヴで「儀式的」な作業だと評した

オープニングでスピーチするハンス・ウルリッヒ=オブリスト

M+でBeepleの展示を担当したサニー・チュンは、「私たちは漸進的に進歩し続けるファンタジーのような社会にいるという前提だとすると、最終的にいつかは目的地にたどり着く。Beepleの作品群をまとめて見ることで、次はどの方向に向かうのかという終わりなき問いに対して、答えを出せるかもしれない」とコメントした。

クリスタル・ブリッジズ・ミュージアム・オブ・アメリカン・アートでBeepleの展示を手掛けたシュシャ・ロドリゲスは、デジタルアートが5次元や6次元の存在に至ったと言えるだろう、と語る。かつてキュビスムとシュルレアリスムが4次元の壁を壊して発展させたと言えるが、デジタルアートでの5次元とは、内省的、社会的、文化的なもの、6次元ではコレクティヴであることを指摘する。オンラインで感想をシェアし、伝えることでフィードバックを得て集団で体験が共有される、と話した。

ハンス・ウルリッヒ=オブリストのほか、ドクメンタのキュレーターも務めたキャロリン・クリストフ=バカルギエフ、M+のサニー・チュン、シュシャ・ロドリゲスといった錚々たるキュレーター陣がオープニングに揃った

そもそも、これだけの展覧会を企画し、オブリストをはじめとした大物批評家を招聘するDeji Art Museumは、2017年に開館した巨大なショッピングモールの最上階に位置する私設美術館だ。南京、中国の伝統美術、絵画を蒐集するのはもちろん、近年はチームラボの個展を開催し、レフィーク・アナドールの作品も収蔵するなど、精力的にデジタルアートに力を込めてきた。企画力モールが運営する美術館としては、日本の1970〜90年代のセゾン美術館を大いに彷彿とさせるが、1万平米を超えるワンフロアすべてを美術館の機能とし、多数のコレクションを抱え、ほぼ常設の規模の展覧会を4件も開催し続ける。まだ開館から日が浅いとはいえ、その・収集力には目を見張るものがある。

ショッピングモールの最上階に構えるDeji Art Museum

南京の歴史、そして世界の美術史

南京は中国四大古都のひとつとして、2500年もの長い歴史を誇る。「金陵」や「天京」など、さまざまな名前の変遷を繰り返してきた。プレスツアーの行程には寺院、遺跡や城跡が組み込まれており、南京の郷土史がいかに重層的かを体感させられ、美術館としての意気込みも同時に伝わった。

明朝時代の柱の跡が残っている大报恩寺遺跡公園

展示風景より、「Digiverse」プロジェクト ZHANG ZHIJIAN, JIN CHENXI, WEI RAN,MA MINJIE, CAO LIANG《Mirror of the Future: Reinventing the classics》

Beepleの展覧会の結びでは、「Digiverse」プロジェクトが発表された。このセクションでは新世代のデジタルアーティストを中国国内の美術大学生を中心に推薦・公募する。Beepleがまさに最初のデジタルドローイングを始めた年齢の世代が、生成AIやNFTの技術の成熟を経たいま、羽ばたこうとしている。

Deji Art Museumの館長のアイ・リンは「大学生が多い街だからこそ、多くの学生に見てほしい」とコメントしていたが、狙い通りにオープニングにも多数の学生が駆けつけていて、Beepleの人気の高さを垣間見た。Deji Art Museumが見据える未来のデジタルアートは明るく、南京の「後背地」は豊穣だ。日本でも来年2月に開幕する森美術館「マシン・ラブ」展でBeepleの作品がお披露目される。その頃に世相を映す《Human One》はどう変化しているか、しかと見届ける必要があるだろう。

南京のスカイスクレーパーに沈む夕陽

‍“Beeple: “Tales of a Synthetic Future” は、2025後半までの常設

Deji Art Museum

Deji Plaza, 18 Zhongshan Road, Phase II, 8th Floor, Xuanwu District, Nanjing, China.

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。