4月29日から7月10日までアーティゾン美術館で開催している「ジャム・セッション 写真と絵画──セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」展。写真家・柴田敏雄と鈴木理策が、同館と協働のうえ、石橋財団の膨大なコレクションのなかからポール・セザンヌを中心とした美術品をセレクトし、自身の作品とともに展示を構成した。独自の視点から写真と絵画の関係を問う本展の試みについて、20世紀美術史と写真史を専門とする美術批評の光田由里が進行役を務め、両作家との座談会を行った。
「ジャム・セッション」は、アーティゾン美術館のコンセプト「創造の体感」を体現する展覧会としてアーティストと学芸員が共同するもので、鴻池朋子を招いた2020年、森村泰昌との21年を経て今回が3回目。本展で初めてのふたりの現代美術家を招いた。担当学芸員は同館の新畑泰秀。
柴田敏雄と鈴木理策の写真作品には、近代絵画に共通する造形思考が感じられるという考えから出発した本展。インタビューは、セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》を両作家の作品が挟むように展示された、本展を象徴する展示室についてから始まった。
──今回の展覧会を拝見して、あまりの豪華さに衝撃を受けました。まずアーティゾン美術館の圧巻の所蔵品があり、そこにおふたりの写真家が招かれて、それぞれが長らく温めていらした「写真と絵画の関係」を軸としたテーマを自在に展開されていて、おふたりとも本懐を遂げられたのではないですか。
柴田 そうですね。ずいぶん長いあいだ、担当学芸員の新畑泰秀さんと練っていたものがようやく実現できて。美術館で写真と絵画を一緒に並べるということが僕の理想形だったんです。僕自身がもともと絵をやっていたということもあり、その両者は分け隔てず、ごく自然に並列に置かれるべきであると考えていましたから。
鈴木 僕も大学で写真を教える難しさを感じていた頃にたどり着いた「つねに絵画との違いを考える」というテーマを、今回の企画でかたちにすることができました。ことあるごとに見に来ていたポール・セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06頃)の横に、自分が撮ったサント=ヴィクトワール山の写真を並べられたことも、念願叶ったりです。
──6つに分かれたセクションのうち、「セクションIII ポール・セザンヌ」はセザンヌ作品をはさんでおふたりの作品と並べた展示室ですね。以前、鈴木さんのサント=ヴィクトワール山連作を拝見したときはもっと大きなサイズだったと思うのですが、今回はぐっと小さくプリントされていますね。隣に飾られたセザンヌの絵画と大きさを合わせたんですか?
鈴木 はい、短辺を合わせました。セザンヌの絵って、「見る距離」がすごく重要だと思っていて。以前のサイズだと、僕の写真を見るために少し距離を置く必要がある。そうすると、隣にあるセザンヌの絵を見るにはちょっと離れすぎてしまうんです。同じ大きさにすることで、かえって違いがわかるかなという目論見もあります。
──そうでした、共通点と差異とが明確になり、そこでの気づきがほかのセクションを見るときのガイドにもなりました。セザンヌの絵で見ると、山肌の色から石灰岩山かと思っていたのですが、じつはサント=ヴィクトワール山はもとは海だったところが隆起してでき、灰色の花崗岩の山なんですね。山肌のディテールをとらえた鈴木さんの写真を見るまで知りませんでした。
鈴木 「サント=ヴィクトワール」という名前を聞くと、実在する山ではなくセザンヌの油彩画のほうを思い出しますよね。それが不思議で。これを絵画よりも情報量の多い写真に撮れば、おのずとセザンヌが何をしようとしたのかが見えてくるのではという期待があったんです。
──実際に撮ってみてどうでしたか?
鈴木 距離や時間によって見え方がものすごく変化し続けているというのが第一印象で、たしかにこれはいくらでも描けるのではないかな、終わらないなと思いました(笑)。セザンヌもあの山をモチーフにした作品を描き続けたので。それくらい魅力的ですよね。
──柴田さんの作品が並ぶ冒頭の「セクションI 柴田敏雄 ―サンプリシテとアブストラクション」では、まずグリッドに並んだコンタクトプリントの大群に驚きました。エントランスでおふたりの巨大なプロジェクション写真を見た直後のコーナーだったので、コントラストもあって。
柴田 そのコンタクトプリントの一群では、僕が普段、どのようにして被写体を探しているのかを見せたかったんです。僕はあまりディティールを細かく見ず、色や形に直感的に反応して撮影対象を選ぶ傾向があるのですが、見た人に、それを追体験してもらう。被写体を探すことは撮影の「始まり」にあたるので、冒頭に持ってきました。そして同じセクション内には、同様に直感で良いと思った藤島武二の作品を展示しました。企画を始めるにあたり、町田市にあるアートリサーチセンターという収蔵・研究施設で、アーティゾンのコレクションを見せていただいたんです。
──本当にすばらしい施設で、アーティゾン美術館の底力を感じさせます。
柴田 ええ。まずカタログで膨大な数の収蔵品のなかから選び、実際に見せていただきました。そのうちの1点が、藤島の《日の出》だった。とにかくあの、紫色の空の筆跡に惹かれましたね。あれはもう絵画にしかできない表現です。今回いちばんやりたかったのが、写真と絵画それぞれが持っている長所の違いを表面化することだったので、藤島の表現と、サイズを自在に操り印象を変えることができる写真の対比を見せることができたと思います。それから藤島の作品には、極力単純化していかに必要なものを描くかという「サンプリシテ」という概念が通底するわけですが、そこに自分の目指している方向性と近いものを感じました。
──たしかに柴田さんの作品は、構造力や造形の骨格が見せ所です。いっぽうで藤島は私には非常にペインタリーな作家で、構造よりも、色彩と筆触で見せる画家という印象でした。それがあのように柴田さんの作品と並んでみると、色面や筆で描かれた線の高い抽象度に、響き合いを感じました。
──続く「セクションII 鈴木理策 ―見ることの現在/生まれ続ける世界」では、クロード・モネと鈴木さんのコラボレーションを中心とした展開になっています。そもそも鈴木さんご自身が、写真家でもあると同時に印象派の画家に近い目をお持ちだと感じたのですが、いかがでしょう。
鈴木 うーん……どうなんでしょうね。「ものを見るということは光を見るということ」という学びを得た時点で、誰しもが印象派になるとも言えるかもしれません。
──モネの《睡蓮の池》(1907)、《睡蓮》(1903)と、蓮池や水面を写した鈴木さんの「水鏡」シリーズの共演は、本当にゴージャスでした。モネは水面を描いているのか、水の反射光を描いているのか、あるいは水の透過光を描いているのか、渾然一体となっているモネの画面から、鈴木さんの写真が新しく視覚を押し広げているような印象で。
鈴木 モネは初期には観察的な絵を描いていてすごく写真家っぽいところがあったのですが、次第に抽象度が高くなりましたね。彼自身の人生や作品の変遷と、僕が具体的に撮影した睡蓮や水の抽象性に、つながる部分があると感じています。
──それはつまり、意図的にモネを念頭に置きながら撮影されたということですか?
鈴木 いえ、今回の展示に際し、過去に撮影した写真を採用しました。撮影のときはあまり戦略的に考えていないところもあって、なりゆきです。なりゆきなので自分の気持ちはよくぶれるんですが、一度撮った写真は変わりません。展示構成を練るたびに、その変わらない写真の中から都度出会い、昇華させるんです。
──その昇華には、時間が介在していますね。展覧会のためのコラボレーションを超えて、根本のところでつながっている作品なのかもしれません。ところで少し気になったのは、「水鏡」シリーズのうち1点の右端に、白い露光部分のようなものがありましたが……あれはいったい?
鈴木 あっ、あれはカメラの引き蓋が上がって被っちゃったんです(笑)。
──それをそのままに出したのですね?
鈴木 モネも、キャンバスの塗り残しをあえて残して、支持体と画面を描くものとのレイヤーを作っていますよね。それを意識したというか。写真だと、物理的には同じことはできないですけれど。
──ああ、なるほど! あの部分をあえてカットせずにおくことで、ふと夢から覚めるような。それが展示室の壁の端にあったことが、さらに良かったです。
柴田 あの写り込み、すごく魅力的でしたね。よくピエール・ボナールの作品なんかでも画面の端に「あえて」の表現があるじゃないですか。一見すると、なんでこれを描いたのかなって(笑)。写真って、自分でコントロールできない部分でうまく作用してくれることがありますよね。
──柴田さんの「セクションIV 柴田敏雄 ―ディメンション、フォルムとイマジネーション」は、壁面を蛇腹に施工されていますよね。
柴田 作品1点1点を平面のなかにあるつながりとしてではなく、タブローとして独立させて飾りたいという意識があって、あえて少し角度をつけたんです。
──独立した作品として見ることもできましたし、それ以上に、あのギザギザの壁自体が柴田さんの写真に見られる反復構造と呼応していました。
柴田 そうですよね、僕の好きな形かもしれない(笑)。
──以前から柴田さんの作品に、人工物と自然のせめぎ合いみたいなものを感じていたんです。自然のなかに幾何学的な土木工事を持ち込むことで、幾何学性がややゆがむような、そういった緊張感が魅力的だなと。自然と人為、物質と映像、人間とそれ以外のもののせめぎ合いや共存が浮かび上がってくるというか。今回の展示を拝見して気づいたのですが、それがつまり「写真」ということなんでしょうね。
柴田 僕は基本的に自分が車で行けるところしか撮影しないので、必然的にそこには人が作った道があったりして、大勢の人が関わっている景色なんです。
──たとえば未開の地やエベレストに行くというような、そういった撮影スタイルではないですね。
柴田 撮影の対象としてはどこにでもあるようなものでも、写真というメディアを通して、まったく新しい景色を見てみたいなと思っています。写真を始めたときに、あまりフォトジェニックじゃないものを探そうと決めたんですね。僕はアート作品のなかにはある程度時代性が必要だと考えてはいますが、写真は意図しないものも写し取ってしまうから、直接的ではなく、間接的に表現できるもの。たとえば街のなかで写真を撮ると、その時々のファッションや流行を写してしまうので、あとで見ると古臭く感じてしまう。そうではなくて、もう少し大枠の時代の流れを写せるものはないかな、そういうサブジェクトはないかなという視点で探しています。その意味で、インフラっていうのは少なくとも10年単位で、大きな時の流れを表現できるんじゃないかと。
──だから柴田さんの写真には人間は出てこないけれども、それを作ったり並べたりした人の気配や存在は間接的にすごく感じるんですよね。
柴田 はい。実際の撮影時にはひとっ子ひとりいない場合が多いんですけれどね、地方の山あいで撮っているので(笑)。
──いっぽうで、鈴木さんの写真には鈴木さんご自身を感じるというか、撮影者になり代わってそこに自分が立っている感覚を覚えます。
鈴木 そうですね。フォーカスが浅いので、誰かしらの視点に置きかわるところはあります。できれば自分の写真から自分は消えてなくなりたいと思っているんですが(笑)。写真ってやはり主観と客観が両方入ってしまうメディアで、しかも見る側や撮っている対象によって視点が揺らいでしまうところがどうしてもありますよね。写真が直面している問題です。
たとえば映画などの映像を見るときの我々は、その場を説明するだけの、誰のものでもない視線というものをあっさりと受け入れることが習慣化しています。同じように写真も、見る側の意識レベルはすごく変化するので、ある程度引っ張っていきたいな、と。
──そういった思考を経て、マジックミラー越しにポートレイトを撮る「Mirror Portrait」シリーズを始められたんですね。実際に、「自分」を消せたと感じましたか?
鈴木 写る側から消すことには成功したと思います。肖像というよりは風景に近いかもしれません。人物を写すときにはその人らしく撮りたいという気持ちがあるいっぽうで、そうすると今度は写る人と自分との関係がそこに現れてしまう。だから撮影者である自分が「いない」状態でマジックミラーを見てもらってこちら側から撮影をし、その後写真を反転して……つまりそこには写る人が鏡越しに見た自分自身のイメージだけがあって、僕も、僕が見たのも写っていないということになります。
──「セクションV 鈴木理策 ―絵画を生きたものにすること/交わらない視線」では、その「Mirror Portrait」の連作をとともに、岸田劉生やアングルらによる肖像画を展示するというセッションが展開されていますね。
鈴木 コレクションからは写真的な間合いを感じた肖像画を、写真からは仕草や構図が肖像画と揃うものを選びました。
──両者のあいだに呼応関係があって面白かったです。画家のモデルの関係は複雑ですね。さらに面白いのは、ポートレイトが展示された壁の向こう側に、アルベルト・ジャコメッティの彫刻と、それを写す鏡があるということですよね。ジャコメッティが鏡のほうを向いていて、正面を向いていない。展示室で鑑賞者に背中を向けたジャコメッティっていうのは初めて見ました(笑)。
鈴木 搬入のときも、みなさん正面向きに置こうとしていましたね。「鏡向きにしてください」って2回くらい言いましたから(笑)。
──あの鏡自体も素晴らしくて、額縁みたいな鏡でした。
鈴木 傍に展示した、ジャコメッティの油彩画《矢内原》(1958)の額縁と同じものを目指して、作っていただいたんです。
──特注なんですか! そこまでやるとは。よくこんなちょうど良い鏡があったなって思ったんですよ。そういうところにも、アーティゾン美術館の格を感じます。
彫刻という話で言うと、ひとつ前の「セクションIV」では、柴田さんの作品とともに円空の仏像が展示されていますね。ああやって円空を見ると、まるでキュビスム彫刻かのように見えてきました。
柴田 円空の背中がすごく良いですよね。後ろから見ると本当に、どちらかというと現代彫刻のような感じに見えるんです。もともとの木の特徴をそのまま生かして彫っているから、ちょっと湾曲していたり。そういう自然の流れに任せるというスタンスが、写真的でもありますね。
──柴田さんの写真の本質的なところと響き合うような、これこそまさに人工物と自然物とのせめぎ合いですね。おふたりが後半のセクションで彫刻をセレクトされたことで、写真と絵画の関係性という終わりの見えない議論に彫刻が入ってきて、ふと風向きが変わった印象を受けました。
そういえば、鈴木さんの「セクションV」にはりんごやりんごの木を写したコーナーがありましたが、あれは鈴木さんのコロナ禍の作品と考えて良いですか?
鈴木 そうです。コロナで旅行に行けなかったので、絵画というテーマに沿って静物を撮ってみたんです。リンゴがたくさんなっている木なんかは、それに気づいて興奮しながら撮るっていうことがなんの迷いもなくできるんですけれど、静物はもう、恥ずかしかった(笑)。「私がそこにりんごを置きました」という作意が絶対にあるので。それって絵画では当たり前の話なんですけれど、写真だと、やっぱりそこに最初に物を置いたという事実が、ずいぶん写るなと思いましたね。だから僕にはちょっと向いていないかな……(笑)。
柴田 全体の構成の話をすると、今回の展示はメインテーマであるセザンヌのセクションからの導線を意識して考えています。僕の作品の選び方も、モンドリアンやカンディンスキーといった、ちょうどセザンヌが亡くなった前後の時代……巨匠たちのスタイルが変わっていきつつあるなかで、まだセザンヌの影響も残っているという、そのあたりの時代の作品を中心にしています。
鈴木 僕もボナールとジャコメッティは、セザンヌの影響という観点から選びました。ボナールはやはり正当な後期印象派の画家かなと思いますね。
──ジャコメッティがセザンヌの影響を受けているというというのは?
鈴木 影響というか、セザンヌの存在がすごく大きかったんだと思うんですよね。ジャコメッティは絵も素晴らしいけれど、見るたびに対象が変化している、自分が変化しているということに自覚的に挑戦するというのは、セザンヌが視覚ではなくて感覚で一回自分の存在を置き換えてから絵に落とし込んでいくということをしていなければ、発想としてありえないんじゃないかと思うんです。
──そうですね。空間の掴みがたさを凝視するみたいなところが両者にありますよね。それこそ鈴木さんの写真に通底していることなのではないですか?
鈴木 ジャコメッティの矛盾みたいなものに、すごく励まされる部分はありますね。
──彼は昨日自分で作った彫刻を今日見ると納得がいかない、全部やり直しだというようなことを日記やメモによく書いていましたけれど、その衝動が絵に残り、葛藤が作品に露出している。鈴木さんの作品にはそこに光と風が優しく入ってきているので痛々しさは感じません。ジャコメッティのアトリエには、多分光と風がないですよね。おそらくそれらを遮断しなければ彼はモデルを凝視できなかったんだとも思うんですけれど。
新畑(学芸員) あの一角は対照的でいいですよね、ジャコメッティの空間の後ろにボナールの空間があって。非常にうまくできていると思います。
──この展覧会の緻密な構成に驚かされます。
新畑 ええ、本当に細かいところまで考えていただけたと思います。
──今回の企画は約3年という準備期間を経て実現していますが、6章立てにするという構想は新畑さんが発案されたんですか?
新畑 ええ、そうです。おふたりの個展が2つ並んでいるというような見え方は避けたかったので、それぞれの展示室を交互に持ってきて、そのなかでおふたりの試みを提示していただきたいということを最初にご相談しました。それから、「作家の造形思考」を主眼に据えたいっていうのは、結構早い時期に申し上げていましたね。
柴田 そうそう。自分の作品を全部見直すという作業をしました。コロナ禍で新作が撮れないというのもありましたが、いままで日の目を見なかった作品も全部調べ上げて。
──そうなんですね。つまりご自身の造形思考に取り組んでくださいという課題だったわけですね。
新畑 ええ。コレクションとのコラボレーションっていうのは非常に表層的なものになりやすいし、見る者もそういった目で見がちなんだけれど、とくにおふたりのようにセザンヌの作品に長く関心を持ち続けていらっしゃる作家なら、たぶんそうはならないと思ったんです。おふたりは明確な造形思考をお持ちであり、発想は自在に広がっていくだろうと。
──まさに鈴木さんのここ最近のテーマですね。
鈴木 そうですね。だから写真が記録として機能してしまうことをどれだけ抑えられるかということが、ひとつのテーマとしてありましたね。たとえばセザンヌのアトリエを撮ったとすれば、「アトリエのなかはこうなっていますよ、こういうものが置いてありますよ」っていう事実は写真だから当然見えてきてしまうんだけれども、さらにもう一歩踏み込んでセザンヌの視線までを想像させられるといいなと。
──写真で実験できることが、まだいろいろあると。今回はそんな造形思考を持った写真家ふたりの展覧会だったわけですが、本来「二人展」っていうのは緊張関係もあって相当難しいはずです。でも本展では、それぞれが自由に写真と絵画のキャッチボールをしながらも、セクション同士の掛け合いもありました。
柴田 そうですね。中心にアーティゾンのコレクションがあって、お互いがそちらへ顔を向けているので、自然と交じり合うポイントがあったのかもしれません。ここのコレクションがなかったら成立しなかったと思います。
──なるほど、三角形の関係ですか。二人展ではなく、美術館との三人展というわけですね。いまや収蔵品と現代作家とのコラボレーションというのは世界中の美術館で取り組まれている避けて通れないテーマです。でも、ふたりの現代アーティストが立っている足の場所と、過去の画家の立っている足の場所を並べるという、今回ほどまでのセッションは、そうそう生まれないでしょうね。
柴田 それはやっぱりヒューマンケミストリーというか(笑)。流れが途切れるということもまったくなかったし、本当にうまくはまりましたね。
僕らが若い頃って、本物が見られる美術館ってあまりなかったんですよ。それこそアーティゾンの前身のブリヂストン美術館と、西洋美術館くらいしかなかった。本当にみんなよく通っていました。だから今回そこに帰ってこられて、自分で展覧会ができたっていうのが、僕にとっては幸せなことでした。最高の幸せです。
──その幸せが、会場でも伝わってきました。本懐を遂げたとおっしゃっていましたけれども、まさにそれを感じました、おふたりの作家と、収蔵品から成るこの三角形のなかに。
柴田敏雄
しばた・としお 1949年東京生まれ。東京藝術大学大学院油画専攻修了後、ベルギーのゲント市王立アカデミー写真科に入り、写真を本格的に始める。日本各地のダムやコンクリート擁壁などの構造物のある風景を大型カメラで撮影、精緻なモノクロプリントで発表、2000年代よりカラーの作品にも取り組み始め、その表現の領域を広げる。国内外多数の美術館に作品が収蔵されている。
鈴木理策
すずき・りさく 1963年和歌山県新宮市生まれ。東京綜合写真専門学校研究科卒業。地理的移動と時間的推移の可視化を主題にシークエンスで構成した第一写真集『KUMANO』を1998年に刊行。一貫して「見ること」への問題意識に基づき、熊野、サント=ヴィクトワール山、桜、雪、花、ポートレート、水面等のテーマで撮影を続け、展覧会や写真集により作品発表を重ねている。
光田由里
みつだ・ゆり 多摩美術大学アートアーカイヴセンター教授。富山県立近代美術館学芸員、渋谷区立松濤美術館学芸員、DIC川村記念美術館学芸課長を経て現職。専門は20世紀美術史および写真史。主な著書に『高松次郎 言葉ともの』(水声社、2011)、『写真、芸術との界面に』(青弓社、日本写真協会学芸賞、2006)ほか。主な担当展覧会に「描く、そして現れるー画家が彫刻を作るとき」(2019)、「鏡と穴―写真と彫刻の界面」(2017-18)、『ハイレッド・センター直接行動の軌跡』(美術館連絡協議会奨励賞、2013-14)ほか。
福島夏子(編集部)
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