荒木経惟、草間彌生、五木田智央、空山基、奈良美智、村上隆、エド・ルシェ、エルムグリーン&ドラッグセット、カウズ、ダニエル・アーシャム、ダミアン・ハースト、トレイシー・エミン、リチャード・プリンス。ここに挙げたアーティストは、世界的なファッションブランドとコラボレーションしたアーティストのほんの一部。そして近年、アートとファッションのコラボレーションがますます活発になっている。なぜこれほどに2つの領域は手を結び続けてきたのか、Tokyo Art Beat編集部ではこのテーマをもとに、小石祐介に寄稿を依頼した。
アーティストとファッションブランドのコラボレーションは昨今見慣れたものになった。現代美術家のスターリング・ルビーは、ラフ・シモンズとの長年にわたるコラボレーションの後、2019年に自身のファッションブランドS.R. STUDIO. LA. CAを立ち上げた。今ではアーティストがファッションブランドを立ち上げる時代なのだ。トップアーティストの中で、ファッションとの関わりをまったく持ったことのないアーティストの方が珍しくなりつつあり、逆も然りである。
しかし、このような状況にありながらもまだ2つの領域の間の壁は想像以上に厚い。2015年、ニューヨークの美術館で働く30代の学芸員達と話したとき、その多くがファッションシーンには関心がなく、2013年にできたばかりのレキシントン・アヴェニューにあるドーバーストリートマーケットニューヨークのことも知らない様子だった。これが少し変わり始めたのは、2017年に大々的にニューヨークで宣伝が行われた、メトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュートで川久保玲の個展が開催されてからのことだ。
日本国内の書店では、アートとファッションの書籍は隣り合わせの本棚に陳列されることが多い。しかし、世界を眺めるとまだこの2つの領域には本棚の板の厚み以上のものが存在している。
実際、ファッションは美術史の文脈の中にはまだ完全に吸収されておらず、美術館で展示されるようになったのは歴史の中で最近のことだ。メトロポリタン美術館が設立したのは1870年だが、コスチューム・インスティチュートが設立されたのは1940年代である。毎年5月にここで開かれるメットガラは、おそらく美術館で最も知名度のあるイベントだが、これはコスチューム・インスティテュートが運営資金を集めるためのファンドレイジングイベントである。
アートとファッションの壁を象徴するのが、1983年にコスチューム・インスティテュートで開催されたイヴ・サンローランの回顧展だ。当時ファッションのヒエラルキーの中で頂点に立っていた全盛期のイヴ・サンローランの回顧展は、アート関係者に商業的と批判され、この影響もあり存命中のデザイナーの回顧展は2017年まで開かれることがなかったとの見方もある。これはアートとファッションの壁の厚みを象徴する出来事だ。
さて、アートとファッションの話になると、ファッションはアートであるか、そうではないかといったものや、意味のあるコラボレーション、意味のないコラボレーションとは何かといったネズミ捕りのような抽象的議論の墓場に直行しがちである。しかし、ここではそういった議論とは距離を置き、ファッションとアートの関係性について考えてみたい。
ファッションのイノベーションは、ファッションの中心からはほど遠い、辺境から生まれた価値観が中央の価値観に影響を与えることから生まれてきた。現状の価値観を、否定する、皮肉る、読み替える、そして超克しようとする過程から生まれた新たな「装い」は、メッセージを宿した表象となり、流行という社会現象を伴って伝搬し消費されていく。新たに生まれたファッションの動きは歴史に刻まれ、ファッションの語彙として吸収され、新たなアップデートの対象となっていく。アートに関心がある人は、この流れを見てピンとくる人がいるかもしれない。ファッションとアートの関連性は、むしろその表現方法や造形といったものよりも、社会においてアップデートされていく深部の過程の構造にその類似性があるのだ。
ローラ・ディ・コペットとアラン・ジョーンズによる『アート・ディーラー―現代美術を動かす人々』には、第二次大戦後のアメリカの現代美術の発展過程がギャラリストのオーラルヒストリーとしてまとめられている。ギャラリストのインタビューを読んでいると、その歴史がファッション的な要素を含みつつ動いてきたことがわかる。戦後ニューヨークのアートシーンは、ギャラリスト、キュレーター、アーティスト、そして大小のコレクターのダイナミクスによって生まれた。そして、コレクターからギャラリストに転身したレオ・カステリ、アルフレッド・バーのようなキュレーター、そしてウォーホルやポロックのようなスターが誕生した。ギャラリストにとっては自らの審美眼でまだ価値の定まらないアーティストを囲い込み価値を上げること、キュレーターにとっては歴史的転換点を刻むこと、コレクターにとってはそれを保有するという行為、それぞれが自らのアイデンティティを表す自己表現だった。
ヨーゼフ・ボイスや荒川修作を紹介したことで知られるニューヨークのギャラリスト、ロナルド・フェルドマンは、弁護士からコレクター、そして最終的にギャラリストに転身した人物だが、「(アートは)単なる移ろいやすい流行ではない。アートはぼくらにも楽しめる、ものすごいゲームだ」と前述の本の中で語っている。アーティストや作品を発掘し、新しい創造に対して社会的かつ経済的な価値を上げながら自らの価値を上げていく、そして新しいシーンを築き上げていくゲーム。当時のニューヨークのアートシーンの一連の仕組みは、ファッションの構造と重なって見える。
ファッションの根源を考えながらこの動きをみると、作品を所有するという行為は「装い」の一部であることがわかる。現代社会においては、聴いている音楽、好きな作家、コレクションするアート作品、住んでいる場所、フォローしているソーシャルメディアのアカウントといった生活の中のありとあらゆるものが、社会において自身を表す「装い」を構成し、その様相がファッションという現象を生み出している。そのことから私はファッションを「様装」という言葉で翻訳しているが、この観点で見れば、アートとファッションの関係性が改めて浮かび上がってくる。
ファッションブランドは衣服や装飾をつくりながら、身体の上だけでは表象しえない抽象的なイメージを、アートや音楽といった他の記号を触媒として活用してきた。ファッションにおいて「ラグジュアリー」、「前衛」、あるいは昨今では「ダイバーシティ」といったものは重要視されるキーワードだ。これらのキーワードを作品としてシンボル化するアーティスト、そして、それを取引するアートマーケットとコミュニティは、ファッションブランドにとって自らの価値とブランドのメッセージを増幅させる格好のカップリング対象なのだ。
一方、アートの価値は、誰が見出し、誰が所有し、誰が評価しているといった社会のネットワーク上の構造によって価値が決まるゲームの世界である。そのゲームの中で起きる新しいイノベーションは、中心にある現在の価値観や美術史がアップデートされることで生み出されていく。そのアップデートには常に新たな影響力を持つオーディエンスと資金が燃料として必要だ。時にそれはファッションデザイナーであり、セレブリティであり、新興の資産家や起業家といったコレクターたちだ。
ファッションイメージはアートよりも早いスピードで作り出され、ウィルスのように現実世界とソーシャルメディア上を伝搬し、これまで結びつかなかった人々をも引きつける。アートにとってバイラルに拡大するファッションの力は無視できない存在であり、ファッションは記号やイメージを社会に浸透させるメディアとなるのだ。
人の自身のアイデンティティに対する欲望、そして社会における「装う」という行為において、アートとファッションは共犯関係にある。アートとファッションは、時に本棚の板一枚で隔たれ、時に重なり合いながらも揺れ動く距離感を保ち、これからも有象無象の固有名詞が結びつくコラボレーションを生み出し、ゲームの痕跡を双方の歴史の中に刻んでいくだろう。
小石祐介
株式会社クラインシュタイン代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンで数々の企画を担当。独立後、現在はパートナーの小石ミキとともにクラインシュタインとして、国境を超えた対話からジェンダーレスなユニフォームプロダクトを発信する「BIÉDE(ビエダ)」のプロデュース、スロバキア発のスニーカーブランド「NOVESTA(ノヴェスタ)」のクリエイティヴディレクションをはじめ、国内外のブランドのプロデュースやコンサルティングなどを行っている。2017年8月には、70年代のイギリスのパンクカルチャーの先駆けであるJOHN DOVE AND MOLLY WHITEによる日本初の個展『SENSIBILITY AND WONDER』(DIESEL ART GALLERY)のキュレーションを行うなど、アートとファッションをつなぐプロジェクト、キュレーションを行い、アーティストとしての創作、評論・執筆活動を行っている。