青山悟とL PACK.が語る「日常/非日常」とアート。新たなアート・プログラム「Art Valley」はいかにして生活に変化を起こすのか?

青山悟×L PACK.×Art Valley。東急の新たなアート・プログラム「Art Valley」と、参加アーティストが語り合う、コロナ禍以降のアートの役割。

左から、中嶋哲矢(L PACK.)、小田桐奨(L PACK.)、青山悟、水上颯葵(Art Valley)

東急株式会社で新たに立ち上がったアートプラットフォーム事業「Art Valley」。アーティストが作品を販売できるECサイト事業を中心としつつ、Instagramでのアーティスト紹介や渋谷駅でのアート掲出を通じた、鑑賞者とアーティストの相互コミュニケーションもサービスの特徴だ。将来的には、街と連携したプロジェクトなどのリアルな活動の場を拡げ、オンラインとリアルを行き来するアートプラットフォームとして機能させていくことを目指しているという。今回はArt Valleyに出品している、アーティストの青山悟と、小田桐奨と中嶋哲矢のユニットL PACK.の対談を実施。2014年から親交があるという2組に、東急株式会社の社内起業家制度を活用して同サービスを立ち上げた水上颯葵を交えながら、大学時代の話からアートの未来に至るまで、幅広いテーマで語り合ってもらった。

「Art Valley」公式サイト:https://artvalley-tokyu.jp/

青山悟×L PACK.×Art Valley
大田区という共通点

 ──お二組は以前から親交があるとのことですが、どういったつながりがあるんですか?

中嶋 きっかけは2014年のヨコハマトリエンナーレに関連して、当時のヨコハマ創造都市センター(YCC)で開催された「Find ASIA -横浜で出会う、アジアの創造の担い手」(2014年8月1日〜11月3日)。僕らは会場の1階を「YCC(Yokoso Cocowa Cafedesu)」っていうカフェスペースに再構成して、その横で青山さんが約1ヶ月間の公開制作をしていたんです。

青山 会場の広い空間を活かしたでかい作品がいいなと思って、高さ3.5m、横10mくらいある《アーティスト達の世界地図(ドローイング)》という巨大な作品を作って。そのための壁を設置するときに、その場にいた小田桐さんらに手伝ってもらったんです。以来、彼らのお店にもちょくちょく行くようになりました。

小田桐 いまは拠点も同じ大田区ですしね。

青山 そう。僕は15年くらい前から、下丸子にスタジオを構えています。

中嶋 昨年、僕らの日用品店「DAILY SUPPLY SSS」を横浜から池上に移転したのですが、大田区との縁はそれ以前、2019年から東急さんの「池上エリアリノベーション」というプロジェクトに参加して以来。建築家の敷浪一哉と一緒に「SANDO BY WEMON PROJECTS」というカフェスペースを運営しました。

青山 大田区って美術館は少ないんですけど、アーティストは結構多いんですよ。家賃が比較的手頃ということと、下丸子とか梅屋敷、大森のほうは町工場が多いので、スタジオになりそうな物件が見つけやすいんだと思います。あとはここ数年で大田区内のアーティストやクリエイターが集まる場として機能するKOCAのようなインキュベーション施設などができましたし、区内のアーティスト同士の交流も盛んです。

青山悟

──青山さんは1940年代頃の工業用ミシンを使用した刺繍作品を制作されています。今のスタイルに行き着いた経緯と、現在取り組んでいるプロジェクトについて教えてください。

青山 ロンドンの大学に入学する際、ちょっとした勘違いで「テキスタイルアート科」を選択しちゃったんですよ。デザインができると思って入ったら、そうではなくどちらかといえばジェンダースタディー的思想を強く持ったコースだった。男はほぼ自分ひとり。そんな状況下、日本人の男がミシンを踏むっていうだけで意味が出てくるんですよ。以降一貫して、ミシンが放つ言語みたいなものを自分で拡張させたり、そこから社会問題に接続させていったりしながら制作しています。

 現在は、神奈川県民ホールギャラリーで「ドリーム/ランド」展(〜 1月28日)に出展しているのと、あとは都内のブリティッシュスクールにアーティスト・イン・レジデンスのようなかたちで通い、小学生から高校生までの生徒達と一緒にパブリックアートを制作しています。中高生相手のミシンのワークショップって本当に大変。つねに「ミスターアートティーチャー!糸が絡まりました」とか「針に糸が通せません」とかって呼ばれて、もうパニックですよ(笑)。

中嶋 ミスターアートティーチャー! かっこいい(笑)。

 ──L PACK.のお二人は「コーヒーのある風景」をテーマに、看板を下ろした店舗や公共のスペースを使って、カフェやワークショップ、インスタレーションなど新たな空間を創出し、「街の一部になる」活動を続けていらっしゃいます。

小田桐 僕らも大学時代からこうした活動をしていました。二人とも同じ大学の建築科だったのですが、ただ図面を描いて模型を作って提出するというところにリアリティを感じられず、興味がなくなっていて。そんなとき、当時よくしてもらっていた行きつけのレストランのオーナーが、ゼロからイチを作るだけが建築ではなく、一緒にコーヒーを飲んでいるこの空間、風景だけでも建築として成立しているんだっていう話をしてくれたんです。それに影響を受けて、卒業制作では二人で大学のロビーを使ったカフェをやりました。追加でレポートを書いて、どうにか受理してもらったという感じですけど(笑)。

中嶋 悪い例を作っちゃったみたいで、僕らの次の年からは、卒業制作はカフェも複数人でやるのも禁止になりました(笑)。初めて会う後輩からも、「“あの”L PACK.ですか?」とかっていまだに言われる。

青山 過激だったんだね!

小田桐 現在は、今年3月に池上会館でオープン予定のスペースを準備中です。カフェ、燻製や冷凍食品の食品加工場、リソグラフスタジオなどいろいろな顔を持った複合施設で、池上エリアを、ものづくりのために訪れる街にするきっかけにしたいなと思っています。それから1月17日からは、岐阜県美術館でplaplaxさんとの二人展「知るもしるもシル」に参加します。

中嶋 本当にいろいろやっています。僕ら依頼はほとんど断らないので(笑)。

L PACK.の中嶋哲矢(左)、小田桐奨(右)

「日常」という使い古されたキーワード

──青山さんは、コロナ禍の活動のひとつとして期間限定のウェブサイト「EVERYDAY ART MARKET」を立ち上げ、日々一点ものの作品を制作し、展示販売されていました。現在は時勢を見て制作と販売を終了し、アーカイヴとして残されていますね。

青山 「EVERYDAY(日常)」って、アート界ではたとえばマイクロポップの頃などに頻繁に語られていて、もはや使い古された言葉だと思うんです。だけどコロナ禍でその「日常」が一転、「非日常」に変換された。そのなかであえて日常的に淡々と作品をつくっていくという、いわば「日常バージョン2」という意識のもと、タイトルに掲げていました。

小田桐 最近は、またその「日常」が変化しましたよね。

青山 うん、コロナもある程度落ち着いてきたし。でも当時の作品をアーカイヴで見ると、やっぱりある特殊な記憶が蘇るんですよ。みんな家にいたなぁとか。アートに有効性があるとしたら、そのひとつは記憶を呼び起こすことだと思うんです。「EVERYDAY ART MARKET」という枠組みはまさにあの異様な時期を反映したものだったので、一旦は役目を終えました。また何かしらのきっかけで再開するかもしれないですけどね。

──そのいっぽうでL PACK.のお二人は日用品店を営まれていて、現在進行形で「日常」を扱われていますね。そもそもなぜ日用品を扱うことにしたのでしょう?

小田桐 2017年頃、新たな拠点探しをするなか、横浜郊外で「八反橋フードセンター」っていう、もともと日用品市場だった物件を見つけたんです。周辺団地住民のために営業していたスーパーマーケットのような場所です。そこの一角を借りると決めたときに、建物の歴史と僕らがやろうとしている活動とが結びついて、日用品屋をやろうと。あとは、僕らが続けている「コーヒーのある風景」づくりはテンポラリーなので、体験できる時間と場所が限られている。だからもう少し、何か人の日常生活に入り込めることをしたいとも思っていて。ものを販売し、それを購入してもらい、それが各家庭に置かれて使われていくっていうプロセスを経る日用品は、まさにぴったりでした。

青山 でも二人が最初に大学でカフェをやったときは、大学というアカデミックな場に実用的な日常を持ち込んで、それがある意味で過激だったわけじゃないですか。L PACK.の活動はたんに日常に根ざそうとしているのではなく、もともとあるものの歴史をアップデートしたり展開させてみたりしながら、コーヒーの場をつくることによって日常に違和感みたいなものを与えている気がする。

小田桐 そうですね。あまのじゃくなんです、僕ら。

青山 僕もそう。非日常的になると日常とか言いたくなってくるから(笑)。

水上 もしも近い未来、アートを見にわざわざ美術館や芸術祭に足を運ばずとも、いまよりもさらに日常の延長線上でアートに触れることができ、究極には、生活のなかにアートが自然と存在するというような状況になったとき、作品そのものや作家、そして鑑賞者はどう変化していくと思いますか?

青山 それこそ僕が「EVERYDAY ART MARKET」を始めたのは美術館もギャラリーも閉まっていた時期だったんですが、作品発表や鑑賞の場がないかと言ったらそうではなかった。家でも良いし、さらに言えば洋服の背中に刺繍すればつねに作品を背負いながら街を歩けるわけだから、そういう意味では日常に作品を送り届けていく、僕の最初の小さな試みだったんです。それがどれくらい有効だったかはまだわからないけれど、今後そういった方向はこれからも可能性のひとつとしてありだと思う。ただ、服の背中の刺繍を見て「アートですね」と気づいてもらえたことはないけどね(笑)。そこをどう考えるか。

中嶋 それがアート作品であると認識されることの必要性については議論の余地がありますよね。2年前、渋谷の交差点にある駅のエレベーターの外壁が、「渋谷ファッションウィーク」の一貫でジュリアン・オピーのパブリックアートになっていたのを見つけて。でもそのときそれに気づいたのって、たぶん僕と、一緒に歩いていた2人くらいで、あれだけ人がいるのに誰も写真を撮っていなくて。つまりそこに存在している意義が、認知している人にしか届いていないという。

青山 気づかないとしても、作品がないより景観としてはよくなってはいたかもしれないし、誰かの人生に少しでも関わりが持てているんだったらいいような気もするけどね。ひとつ確かなのは、日常に溶け込むことによって、通常の、いわゆるアートオーディエンスを相手にしているのとはまた違うアートの享受のされかたもあるということ。どっちが良い悪いという話ではなくてね。

小田桐 日常の延長戦上にアートを存在させるということに関しては、僕らも活動を始めた当初から目指していたところではあるのですが、現にそういう時代になりつつある昨今、アートを含め、クリエイションの価値を証明する競争がどんどん厳しくなっていっていると感じています。たとえばそれがいちばん顕著なのがYouTubeで、あの世界はいまやヨーゼフ・ボイスが言っていた「すべての人間は芸術家である」の文脈上にいる気がして。

青山 なんでもかんでも「アート」って呼ばれるしね。逆にそれが、アートの可能性を狭めた解釈をもたらす懸念もある。結局のところ、やっぱりアートにはいままで引き継がれ、引き継いでいかねばならないものがあって、そこは忘れてはいけない部分だと思う。現代アートのいいところって、まだアーティストが生きていて、その人のアートが時代を反映し、なおかつ伝えたい人に伝えたいことが伝えられること。むしろオーディエンスを設定してそこに作品を届けていくことが、いまもこれからもアーティストたる者がやるべき作業なんじゃないかなと思います。

水上 私たちオーディエンスにとっても、作家が何を考え、どういう文脈でその作品を作ったのかというのは、当然作品を鑑賞する上で重要で、私個人も展覧会ではステイトメントをしっかりと読み、時には自分なりの解釈でその作品の背景を探るようにしています。そういったことをアーティストさんから直接聞けたらおもしろいですよね。

青山 いくらでも。生きている間はいくらでも聞いてほしい!

水上颯葵

アーティストとともに作るプラットフォーム

──アーティストが日々何を考えて制作をしているかを鑑賞者に向けて発信すること、またアーティストとユーザーとが相互コミュニケーションを取ることは、今後Art Valleyで実現していく予定だとか。

水上 はい。Art Valleyは現在のところ実証実験を行っている段階で、まずは作品を販売するECサイトを稼働させています。将来的にはアーティストとユーザーがしっかりつながっていける場所にしたいと思っていて、東急という基盤を活かし、イベントやワークショップを開催する会場を提供するなど、アーティストが街と関わり合い、リアルとオンラインを行き来できるプログラムを目指しています。ECサイトもその作品の文脈やアーティストの人となりが伝わるような構成にしつつ、SNSやインタビューなど独自のコンテンツでも発信していく予定です。気軽に、ふらっと立ち寄れるお店のようなところにしていきたいですね。

まだ生まれたばかりのプラットフォームなので、青山さんやL PACK.のお二人を含め、関わってくださるアーティストさんたちからアイディアをいただきながら、少しずつ形にしていっているところです。Art Valleyを新しいことを試す実験の場として使ってくださる作家さんもいます。

──お二組はどのような作品を出品されているのでしょう?

青山 僕はArt Valley用に新たに考えたコンセプトの作品を出品しています(※1月8日時点で売り切れ)。東急線の切符をリアルサイズに刺繍した立体作品で、僕の自宅の最寄駅からスタジオの最寄駅までの区間を、往復で2枚1組にしたものです。切符って端に購入日時が印字されるじゃないですか。そこを、制作日とその日の労働時間にするという。

青山悟 Ticket to ride (青山悟の乗車区間) 2022 ポリエステルオーガンジーにミシン刺繍

中嶋 いいですねぇ。そういえば切符って世界共通のサイズなんですよね。

青山 そうそう、あのサイズがちょうど切りやすいらしいね。僕の最新作に1万円札を刺繍した作品があるんだけど、キャッシュレスの時代において、お札は今後消えゆく存在。切符もそのひとつかなと。L PACK.の区間も作りたいな。

小田桐 いけますよ、二人とも東急線だから。

青山 あ、じゃあ今日の対談記念に作ります、それ。

小田桐 僕らが欲しくなっちゃう(笑)。僕らは、昨年恵比寿のNADiffで開催した展覧会「ちくま工藝店はヨルダン川西海岸区の色を集める」(2022年7月7日〜8月7日)で展示した作品を出品しています。展示は架空のお店「ちくま工藝店」という設定で、その店頭に、NADiffの書棚から無作為に選んだ2冊の本に掲載されていた写真と、僕らが持っている古道具や拾得物に、共通の色という関係性を与えて並べる、というインスタレーションでした。「ちくま工藝店」で売られていた(という設定の)商品を、今度は実際にL PACK.の作品として販売するという、入れ子状態ですね。

青山 おもしろい!

小田桐 普段のプロジェクトでも、「ゼロからイチ」ではなく「イチ+イチ」をしていくことで誰も知らない組み合わせになっていることが多いので、その手法を自分たちなりに作品に落とし込んでみたんです。

L PACK. 行き止まりに立っていた標識の色のような人工漆匙 2022 人工漆器、紙
L PACK. 途切れた道路線の黄土色で継がれた呼続小盃 2022 陶器、紙

「アートを飾る日」生活にアートを取り入れる慣習作り

小田桐 Art Valleyは、今後使用シーンがより明確になっていくとさらに良いと思います。例えばふるさと納税のサイトは、返礼品や節税対策など明確な目的のもとアクセスしますよね。

水上 なるほど、アートが欲しくなるシーンを作るということですね。

中嶋 ……決算前とか?(笑)

青山 うわ、生々しい!(笑)

小田桐 アートはだいぶ日常に浸透したけれども、やっぱり購入することに関してはまだまだハードルが高い。だから例えばクリスマスにツリーを、ひな祭りにひな飾りを飾るのと同様、「アートを飾る日」みたいな慣習を作ってみるってどうですか?日本のバレンタインが、一説によると一企業のプロモーションがきっかけで定着したみたいに。それから日本にもともとあった和室に掛け軸を飾るという文化がいまや失われつつあるので、建築面からのアプローチも必要かもしれない。

青山 「アートを飾る日」っていいアイディアだね。ハロウィンみたいな。アートって持っていると豊かな気持ちになるんですよね。今年L PACK.の新しいスペースができたら、アーティストたちが所有しているものを集めた展覧会みたいなのやりたいね。

青山悟
あおやま・さとる 1973年東京生まれ。ロンドン・ゴールドスミスカレッジのテキスタイル学科を1998年に卒業、2001年にシカゴ美術館附属美術大学で美術学修士号を取得し、現在は東京を拠点に活動。工業用ミシンを用い、近代化以降、変容し続ける人間性や労働の価値を問い続けながら、刺繍というメディアの枠を拡張させる作品を数々発表している。
近年の主な展覧会に、2019年「Unfolding: Fabric of Our Life」(Center for Heritage Arts & Textile, 香港)、「ドレス・コード? ―着る人たちのゲーム」(2019-2021京都国立近代美術館ほか)などがある。

L PACK.
小田桐奨と中嶋哲矢によるユニット。共に1984年生まれ、静岡文化芸術大学空間造形学科卒。アート、デザイン、建築、民藝などの思考や技術を横断しながら、各地の国際芸術祭におけるビジターのためのスペースづくり、美術館の教育普及プログラムと連動したワークショップスペースの設計など、アート、デザイン、建築、民芸などさまざまな領域を横断しながらアーティストと鑑賞者、地域の人々とのコミュニケーションの場を創造している。2007年より活動スタート。
主な活動に廃旅館をまちのシンボルにコンバージョンする「竜宮美術旅館」(横浜/2010-2012)や茶会のパフォーマンス「定吉と金兵衛」(東京/2018)など。2018年より日用品店「DAILY SUPPLYSSS」を運営。

水上颯葵
みずかみ・さつき Art Valley立ち上げメンバー。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学音楽学部作曲科を卒業後、政策研究大学院大学政策研究科文化政策コースでアーティスト・イン・レジデンスについて研究する。その後、2019年に東急株式会社に新卒で入社。財務戦略室を経て、事業立ち上げのためフューチャー・デザイン・ラボに異動し、現在はArt Valleyを運営。

Art Valley
公式サイト:https://artvalley-tokyu.jp
Instagram:https://www.instagram.com/artvalley_tokyu/

菊地七海

菊地七海

きくち・ななみ 編集/ライター。1986年生まれ、国際基督教大学卒業。『美術手帖』や書籍、ウェブサイトなどで編集・執筆を行う。アート、スポーツ、ライフスタイルなど、多ジャンルに適応しながら活動中。