日本三名城のひとつであり、国内外より年間200万人以上もの人々が訪れる観光名所としても知られる名古屋城。ここで、現代アートの企画「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」が11月28日〜12月15日まで開催中だ。
2023年にスタートし、好評を博しているこの企画。今年は“観光地としての名古屋城”からインスピレーションを受け、「観光する行為」そのものをテーマに、総勢6組のアーティストによる作品が城内全域にわたって展開される。企画・制作はTwelve Inc.、プロデューサー/プロジェクトマネージャーは野田智子、キュレーターは服部浩之。
企画は大きく分けて2つ。11月28日〜12月15日には狩野哲郎、久保寛子、高力猿猴庵、菅原果歩、千種創一 + ON READINGによる作品展示、12月6日〜8日には川村亘平斎、野村誠、山城大督が参加する、日中から夜間まで楽しめる「ナイトミュージアム名古屋城」が行われる。展示のほかにも、トークやパフォーマンス、ワークショップなど多彩なイベントを展開。
今年のコンセプトは「あるくみるきくをあじわう」。「歩く」「見る」「聞く」 を旅の基本とし、日本観光文化研究所を設立、雑誌『あるくみるきく』を刊行した民俗学者の宮本常一の考えに着想を得たものだ。人と人、地域と人の出会いを生み、学びの場ともなっている観光地としての名古屋城を浮かび上がらせる。
3時間にわたって名古屋城をゆったりと巡ったプレスツアー。まずは西之丸エリアで、キュレーターの服部から蓑虫山人(みのむしさんじん)についてのエピソードが語られた。14歳で郷里を離れ、その後48年にわたって諸国を放浪したというこの人物は、旅人、絵師、考古・民俗学者、造園家など様々な顔を持つ表現者であり、パーソナルな記憶と土地にまつわる歴史的な記録を重ねた図絵を多数残した。行く先々で人々と交流し、その様子をユーモラスに描いた蓑虫山人は「現代のSNSや自撮り文化を先取りするようなことをしていた」と服部。「あるくみるきく」をそのまま体現した人物として、活動の一端が掲示される。
いっぽう、あわせて紹介される高力猿猴庵(こうりき・えんこうあん)は、江戸中期に尾張国(名古屋)に生まれ、76歳で没するまで名古屋城下の人々の暮らしや風俗を丹念に描いた図絵を多数残した人物だ。船遊びの様子を描いた絵巻《御船御行列之図》の詳細さは圧巻。城下の風俗や堀河沿岸の風景、御座船の姿を描いた数少ない貴重な資料でもあるという。
立ち寄った場所、出会った人々を親しみを持って描いたふたりの軌跡が本展のプロローグ。「あるくみるきくをあじわう」の世界へと来場者を誘う。
続いては、名古屋城の中心部分である本丸エリアへ。今回の制作にあたって、まずは「先人に学ぶところからスタートした」という久保寛子は、人が作り出した長い歴史を持つアーティファクト(人工物)に着目。火災からお城を守るとされる「シャチホコ」のルーツを辿り、古今東西の神話に登場する龍を二対の《水の獣》として、独自の解釈で本丸御殿の中庭に出現させた。
「古くて良いものを見るたび、時間に支えられたものへのリスペクトを感じます。シャチホコ、伝説上の生物には正解がない。その正解のなさは希望で、自分の表現で自分なりのドラゴンを制作しました。素材としてはブルーシートを用いて、建設途中のような未完成の状態として作りました」(久保)
文化が継承される際に生じる誤差、ミストランスレーション(誤訳)が気になるという久保。「価値観と価値観がぶつかりあったところに新しい文化が生まれる」という言葉は、歴史や生態系に対峙する本展の様々な作品に通じるように思えた。
狩野派によって描かれた本丸御殿の障壁画に感銘を受けたという久保は、襖絵にも描かれている麝香猫(ジャコウネコ)の小さな彫刻《ANCIENT CAT》も御殿車寄にて展示している。《水の獣》から一転、控えめな佇まいには愛らしさと神々しさと同居している。
本丸エリアの屋外では、狩野哲郎が作品《あいまいな地図、明確なテリトリー》を展示。本作を含む4作品を城内の各所に出品している。狩野は既製品や木材、植物や果物を組み合わせた作品で知られるが、時に鳥などの「他者の視点」を取り込み、人間がコントロールできない生態に呼応してきた。本作もそんな作品のひとつだ。
狩野が名古屋城内を歩くなか、刈り取られても自生し続けるバナナの木が群生する場所を見つけたことをきっかけとした本作。「お城としての違和感があるような植栽は避けられてきたと思うので、このバナナの木は人の手によって植えられたものではないのではないでしょうか。50年ほど前からあるらしく、その存在が気になりました」と話すこのインスタレーションは、いわば城内の隠れた異端児とのコラボレーション。城内の展示ではビスなどの工具を打ち付けることができないため、作品を自立させるための様々な工夫がなされているのも隠れた注目ポイントのひとつ。
じつは「アートサイト名古屋城」の開催期間は、普段は入ることができない本丸御殿の「玄関二之間」の入室観覧、「上洛殿松之間」の特別公開が実施されているタイミングにあたる。竹林と虎の躍動的な描画に目を見張る本丸御殿玄関二之間、本丸御殿のうちもっとも多くの金を用いた部屋と言える豪華絢爛な上洛殿松之間などに目を奪われていると、そこにも狩野哲郎の作品《系 (供物、囮、わな )》が。対面所の障壁や襖に描かれた動植物への応答ともなるような立体作品が四部屋にわたって展開される。
続いては、現存する最古の陸軍弾薬庫とされ国登録有形文化財である「乃木倉庫」へ。ここで障壁画を思わせる、カラスの大型平面作品(青写真)、フィールドノートや、城内で採取したカラスの羽根や植物を展示するのは、菅原果歩だ。野鳥を対象に撮影、制作、フィールドワークを行ってきた菅原は、今回は名古屋城に住むカラスにフォーカスしている。
「名古屋城で野営し、カラスとともに寝て起きる生活をしました。太陽とカラスは密接なつながりがあり、世界のいたるところで神話や伝説、物語が残されています。今回は、カラスの姿を古典写真技術であるサイアノタイプ(青写真)で現像しました」(菅原)
1ヶ月間名古屋に滞在し、時に野営をしながらカラスに向き合ってきた作家。研究ノートを思わせる重厚なフィールドノートからは、その軌跡を見ることができる。
また、乃木倉庫にほど近い御深井丸では、水飲み場と一体となった狩野哲郎のインスタレーション《すべての部分が固有の形になる》が。鳥が興味を引くしかけが作品内にいくつか見られる本作は、しだいに鳥の止まり木のような存在になっていくのだろうか。余談だが、名古屋の水道水は日本のなかでもとくに安全でおいしいとされているそうだ。作品設営中には通りすがりの子供が「この(水飲み場の)水道水がいちばんおいしい」と豪語していたというエピソードが作家から語られ、参加者の笑いを誘っていた。真偽のほどはぜひ現地で確かめてほしい。
名勝・二の丸庭園では、歌人・詩人の千種創一と黒田義隆・杏子が運営するブックショップ+ギャラリーの「ON READING」による作品が展示。千種にとって、テキスト以外での初作品となる。「“観光”とは、その場所に人の声や経験が積み重なっていくことだと思い、千種さんに声をかけました」(黒田杏子)。
二之丸庭園内では、千種が詠んだ13首の短歌を印字した鏡が様々な場所に散りばめられており、「エッグハントのような楽しみ方もできる」(千種)。近い距離からこちらに向かって直接語りかけられているような短歌の数々は、親しい間柄で贈答される相聞歌という形式で書かれたもの。本作について、鏡を用いることで「“私”=作者(詠み手)ではないということ。“私”をゆさぶり、相対化したかった」と千種は作品背景を話す。歩きながら作品を探す感覚は宝探しのようで楽しく、場所とのリンク性もある短歌によってぐっと作品世界に引き込まれる。
いっぽう二の丸茶亭茶室では、第十二代尾張藩主・徳川斉荘が知多半島を視察した際にまとめた『知多の枝折』に呼応し、千種がその旅路を様々にたどって詠んだ返歌を斉荘の歌とともに作品《知多廻行録》として展開する。「庭園内の作品(の相対化)に対して、今度は“私を固定化する”というコンセプトで作品を作りました。周囲の音や人の気配を感じながら作品をご覧いただきたいです」(千種)。
同じ庭園内には、狩野哲郎の4点目の作品《一本で複数の木》が展示されている。一見するとどこにでもある木に見えるが、よく見ると1本のイチョウの木を主軸に、少なくとも3つの樹木が絡み合っていることがわかるユニークなもの。狩野はここに既製品などを配置し、カラスが休めるねぐらのひとつとして提示。環境に溶け込むようにささやかだが、人も鳥も受け入れる寛容な佇まいが印象的だった。
こうして3時間にわたり、じっくりと作品やお城そのものに目を凝らしながら巡る体験は、手の込んだフルコースを楽しむ感覚に近いだろうか。芸術祭とも展覧会とも違う、時間と伝統、生態系が織りなす“鑑賞”ならぬ“観光”体験をご賞味あれ。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)