オラファー・エリアソンが京都ゆかりの連作を出品。所属ギャラリーが“もっともエレガントなアートフェア”と語る「 Art Collaboration Kyoto(ACK)」の魅力とは

10月28日〜30日に京都で開催された「Art Collaboration Kyoto 2023」。このアートフェア内でオラファー・エリアソンの作品を出品したベルリンのギャラリー「ノイグロームシュナイダー」のギャラリストに、オラファー作品と日本の関係や、フェアの特徴について聞いた。

オラファー・エリアソン Your mutual appreciation compass 2023 的を射ずして中心を通過する矢は、何の寓意だろうか? オイゲン・ヘリゲルのポエティックなエッセイ『弓と禅』の「暗中の的」が参照されているように感じた 撮影:編集部

現代アートとコラボレーションをコンセプトにした、日本最大級の国際的なアートフェア「Art Collaboration Kyoto(ACK)」が10月28日から3日間、開催された。「コラボレーション」という名の通り、日本国内のギャラリーがホストとなり、海外のギャラリーを招いてブースを共有するというユニークなスタイルだ。今年はブラムとマシュー・ブラウン(ロサンゼルス)、SCAI THE BATHHOUSEとアクセル・ヴェルヴォールト(アントワープ)、TARO NASU(東京)とエヴァ・プレゼンフーバー(チューリッヒ)、小山登美夫ギャラリーとジュンヒョン・ギャラリー(釜山)らが共同ブースを構え、合計64軒のギャラリーが参加した。

日本のギャラリーと海外のギャラリーがコラボレーションして出展する「ギャラリーコラボレーション」と京都にゆかりのある作家や作品を集めた「キョウトミーティング」というセクションが設けられ、ここでオラファー・エリアソンの個展が展示された。

オラファー・エリアソンは1967年デンマーク生まれ。環境問題などの社会的課題へ言及する作品で世界的に注目されているアーティストで、自然現象や、色や光、動きを生かした大型インスタレーションが、鑑賞者の知覚や世界の在り方を揺さぶってきた。

出展したのはベルリンのギャラリーノイグロームシュナイダー(neugerriemschneider)。1994年にベルリンで設立され、エリザベス・ペイトン、リルクリット・ティラヴァーニャなどの個展を開催。アイ・ウェイウェイ、マリオ・ガルシア・トレスなど、数多くのアーティストを扱っている。

オラファー・エリアソン Unforgetting solar exposure 2020 ノイグロームシュナイダーのブース展示風景 Courtesy of ACK Photo by Moriya Yuki

禅からインスパイアされて制作した、36点の水墨画

ブースには、長い壁に36点の連作《Unforgetting solar exposure》が一列に並んでいる。禅画の円相のように円が真っ白に抜かれ、かすかな色彩が添えられた水墨画だ。それが水平に並ぶ様子が、あたかも黒い水平線のようで、フェアの喧騒のなかに静謐な空間を生み出していた。
「キョウトミーティング」は、京都ゆかりの作家を特集するセクションで、オラファーの出品作品も、日本、そして京都からの影響が反映されている、と同ギャラリーのステファン・ルバシェクは言う。

彼は日本文化、とくに禅からインスピレーションを受け、自然がもたらす感性に興味を持ったのです。とりわけ龍安寺の庭は、彼にインスピレーションを与え、砂紋で描かれた円のパターンを心の奥底で意識していたのだろうと思います」。

作品を長い壁へ展示し、観客の目を水平に導くことも、オラファー自身のプランだったそうだ。

オラファー・エリアソン Unforgetting solar exposure 2020 © Olafur Eliasson. Courtesy the artist and neugerriemschneider, Berlin. Photo: Jens Ziehe, Berlin

「今回、このブースの設計は、作品を首尾一貫したかたちで発表するため非常に重要でした。水彩絵具、インク、アクリル絵具で彩色された、赤、緑、黄色、青、ピンク、緑など微妙な色が見えます。時間をかけ、長い壁の前で一点一点の作品のそれらの色に対面して瞑想することがとても大切です。そうすることでイメージがあふれ出てくるのがわかるでしょう」。

タイトルの「Unforgetting Solar Exposure(忘れがたき太陽からの被曝)」にはどんな意味が込められているのだろうか?

「オラファーの作品のなかでしばしば大きな役割を果たしているのは太陽です。同時に、彼はハロルド・M・アグニュー(*)が撮影した原子爆弾の爆発の写真からも、インスピレーションを受けました」。

*ハロルド・M・アグニュー(1921〜2013):アメリカの物理学者。広島に原爆を投下した飛行機に科学観測員として同乗し、原爆投下の瞬間を撮影した。

オラファー・エリアソン Mirror my groundedness in me 2023 ノイグロームシュナイダーのブース展示風景  Courtesy of ACK Photo by Moriya Yuki

端から連作を見終えた地点にあるのが、《Mirror my groundedness in me》。このほかの、彩色されたガラスなどで構成した平面、絵画作品にも、円形や楕円形のフォルムが重なっている。それは、枯山水庭園の砂紋の広がりのように、見る者を思索に誘い、自己を見つめ直す空間を提供しているようだ。頭上には、ドーナツ型の鏡の中を通過する矢のオブジェ《Your mutual appreciation compass》が展示されている。

「大きく幾何学的な、鏡の動的イメージ。この作品の基本的な素材は鏡。あなたが見ているのは、京都にいるあなた自身なのです」。

奇跡のタイミングで実現した、オラファー・エリアソンの個展

同ギャラリーのティム・ノイガー氏は、ACKでのオラファーの個展は「奇跡のようなグッドタイミングだった」と語る。

「2023年11月末に東京の麻布台ヒルズギャラリーでオラファー・エリアソンの個展が予定されています。群馬県のアーツ前橋の10周年のアニバーサリー展では、ジェームズ・タレル、蔡國強などとともに、彼の素晴らしい光のインスタレーション作品が展示され、大阪中之島美術館での『テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ』にも、オラファーの2点の作品が選ばれています」。

さらに、オラファーは先ごろ日本美術協会から「高松宮殿下記念世界文化賞」彫刻部門を受賞した。

「それが、我々がこのACKの展示を用意している間に起こったのも奇跡なら、この賞を同時に受賞した画家、ヴィヤ・ツェルミンシュの作品が、大阪中之島美術館での『テート美術館展』で同じ部屋にあることも、大いなる偶然ですね」

オラファー・エリアソン Both late and early 2022 ノイグロームシュナイダーのブース展示風景 平面を支える流木が、自然とのシンパシーを感じさせる Courtesy of ACK Photo by Moriya Yuki 

競争ではなく協調。ACKはもっともエレガントなアートフェア

国際的なアートフェアに頻繁に出展しているノイグロームシュナイダーギャラリーにとって、初めて参加するACKは、どう感じられただろうか?

「アートフェアは、売ることがすべてではない。大事なのは、アーティストの“いまこの瞬間”のベストを伝え、表現しようとすることです。そして、ギャラリー間のコラボレーションはとても重要なことだと思います。現在、アートマーケットはとてもアグレッシブで性急で、多くのアートフェアでは会話や交流の時間がない。でもここACKには、人々が実際に感じたり考えたりするのに十分なスペースがある。ミーティングも重要です。京都での“出会い”は衝突や競争ではなく、一緒にいることでより良いコミュニケーションの方法を見いだせるものでした

とノイガー。フェア会場は前回よりも面積が拡大され、来場者、出展者の双方にとって心地よい会場が目指された。

オラファー・エリアソン Patient movie, yellow to red 2023 ノイグロームシュナイダーのブース展示風景 枯山水の砂紋が広がるような、楕円形の連なりが印象的 Courtesy of ACK Photo by Moriya Yuki 

さらに、ACKでノイガーの関心を引いた点が、もうひとつある。

「作品を掛ける壁面が素晴らしい。こんなに繊細な白い紙で覆われたアートフェアは初めてです」。

多くのアートフェアでは、展示パネルは通常、使用のたびに石膏ボードの上に塗料を上塗りするなどして準備されるが、ACKでは職人が一枚一枚、パネルに紙を貼って仕上げている。支柱には工事用の足場に用いるパイプを使うなど、設営には再利用が可能なエコロジカル、かつエコノミカルなアイデアが採用されている。ノイガーはその環境を、「おそらくもっともエレガントなアートフェアでしょう」と称賛する。

ノイグロームシュナイダーのブース展示風景 Courtesy of ACK Photo by Moriya Yuki

このほか、トークプログラムではフール・アル・カシミ(国際芸術祭「あいち2025」芸術監督)、シアスター・ゲイツ(アーティスト)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長)、片岡真実(森美術館館長)などが幅広いテーマについて議論し、市内連携プログラムが数多く開催され、街との対話も作り出した。「コラボレーション」というオルタナティブなスタイルから、ACKはアートフェア、アートマーケットに新たなコミュニケーションの可能性を拓いている。

Art Collaboration Kyoto 2023
日程:一般公開 2023年10月28日(土)−10月30日(月)
会場:国立京都国際会館(京都市左京区宝ヶ池)ほか
出展ギャラリー数:64(国内35、海外29、うち初出展33)
主催:Art Collaboration Kyoto 実行委員会
URL:a-c-k.jp

*次回の開催は、2024年11月1日(金)~2024年11月3日(日)に予定されている

沢田眉香子

沢田眉香子

さわだ・みかこ 京都拠点の著述業・編集者。アート・工芸から生活文化までノンジャンル。近著にバイリンガルの『WASHOKU 世界に教えたい日本のごはん』(淡交社)。