フランスを拠点に活動した建築家ル・コルビュジエ(1887~1965)は、東京・上野の国立西洋美術館など、世界7ヶ国で17の建築がユネスコの世界文化遺産に登録されるなど、言わずもがな20世紀を代表する重要な建築家だ。と同時に、数多くの美術作品を遺したアーティストであり、大倉集古館で開催中の「特別展 大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ~絵画をめぐって~」は、彼が描いた絵画130点あまりを紹介する、約30年ぶりの機会である。会期は6月25日から8月12日。
3フロアにわたる本展は、少々変則的な展示順が意図的に設定されている。
まず1階で「3.象徴的なモチーフ(第二次世界大戦後の作品)」「4.グラフィックな表現(1950年代以降の作品)」と、戦後に建築家として活躍していた頃に手がけていた作品群を紹介。人体の寸法と黄金比から作った「モデュロール(Modulor)」にまつわる作品もある。
第二次世界大戦のあいだ、建築の実作がまったくなかったコルビュジエは、絵画の制作販売で生活の糧を得ていた。疎開先の風景や、過去に自身が描いた作品を繰り返しトレースするなどし、やがて戦後に描いた「牡牛」シリーズや、オリジナルキャラクターの「翼のある一角獣」のシリーズなど、物語を秘めたモチーフの創作へとつながっていく。
また、ものづくりの基本として手で作ることを重要視していた彼らしさを感じる「開いた手」シリーズも魅力的だ。“開かれている手は、あらゆるものを受け取り、あらゆるものを与えるためのもの”との言葉を遺しているが、「開いた手」はコルビュジエにとって調和のシンボルであり、理想とするところでもあったのだろう。
本展では、インド北部チャンティガールに1986年に設置されたモニュメント、「開いた手」のドローイングも展示されている。チャンティガールは、コルビュジエが晩年、そして生涯で唯一、都市計画を手がけることのできた街であり、世界遺産にも登録されている。
建築家として世界を飛び回りながらも、旺盛な創作活動を続けたコルビュジエは、1947年に最初の版画集『直角の詩』を出版して以降、ポートフォリオのスタイルでの版画集7点を制作している。本展ではそのうち、『直角の詩』と、大判の版画集『行列』、石と牡牛のモチーフが軸となった『二つの間に』が展示されている。
また、モデュロールの寸法にしたがって織られた、高さ約2.2m、幅3.6mの大きなタピスリーは、保温性や吸音性以上に、賃貸住宅に暮らす現代人にとって“持ち運べる移動可能な壁”というコンセプトが重要だと考えたという。
いずれの作品も、描かれた線やかたちが単純化されていて、大きく大胆な色面には、一層の自由さを感じるだろう。
2階で紹介されているのは、「1. ピュリスムから(1920年代の作品)」「2. 女性たち(1920年代末以降の作品)」と、戦後の創作活動へ至るまでの彼の学びやこれまでの過程を振り返るような構成だ。
若き日に画家を目指していたコルビュジエは、1917年、30歳で故郷であるスイスからフランス・パリへ移住する。そして建築家のオーギュスト・ペレの紹介で出会った、画家のアメデ・オザンファンと意気投合。当時最も注目されていた芸術の動向「キュビズム」に対して、新たな絵画表現として「ピュリスム(純粋主義)」を提唱し、二人展を開催するなどの活動を行っていく。
そもそも「キュビズム」とは、対象物をさまざまな視点から分解し再構成する表現であるのに対し、「ピュリスム」は対象物を幾何学的な形態に単純化していくもので、コルビュジエらは、対象物を黄金比や正方形を基準とした構図の中で描いた。また、大量生産の工業製品を「オブジェ・ティプ」と呼び、普遍性をもったオブジェとして、現代的な美しさを見出した。
さらに彼らは、絵画や建築、音楽やスポーツなど、様々な分野の情報を紹介する総合文化雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』を創刊したが、じつはこの誌上で、建築について執筆する際にペンネームとして使い始めたのが「ル・コルビュジエ」という名前だった。
建築家としての活動へと軸足を移していくのに合わせ、「ル・コルビュジエ」の名前が広く知られるようになっていくが、この時期に発表してきた絵画は、本名の「シャルルエドゥアール・ジャンヌレ」名義で描かれており、その後も1929年まで本名を名乗って創作活動を続けていく。
1920年代後半のこの頃から、コルビュジエが数多く描き続けたのが、女性たちの姿だった。
たとえば、初めての海外旅行で南米を訪ねて目にした、重い荷物を持ってたくましく働く女性や、ダンサー、アスリート、売春婦など、日常のなかで懸命に生きる女性たちの姿を、鉛筆やチョークでスケッチした。
また大きな油彩画では、正方形や長方形などを意識した構図の中で、抽象化された女性の姿や、馬や犬などの動物などを配置して描いていることが読み取れるだろう。
1930年代以降になると、描かれる女性たちの輪郭線や全体のフォルムが、まるで空間に溶けていくような柔らかい曲線の表現へと変化していく。コルビュジエが手がけた建築にみられる曲線のようでもあり、本稿の前半で紹介した、物語を秘めたモチーフの創作との関連性が感じられるのではないだろうか。
本展を締めくくる地下1階には、コルビュジエが世界各地で手がけた建築の紹介パネルや模型、自らブックデザインも手がけた書籍の数々が展示されている。
また、ミュージアムショップには、本展の公式図録や関連書籍、展覧会に合わせて制作されたカラフルなポストカードのほか、国内ではなかなか取り扱いのない、コルビュジエ建築の輸入ポストカードも多数販売されている。気になる方は忘れずに立ち寄ってほしい。
最後に、本展は、大倉集古館と大成建設株式会社の共同企画で開催されている。大倉集古館は、実業家の大倉喜八郎(1837〜1928)によって設立された私設ミュージアムだが、大成建設も大倉喜八郎が1873年(明治6年)に創業した企業であり、今回、同館での展示が実現した。
展示されている作品群はすべて、大成建設ギャルリー・タイセイが所蔵する、世界有数のコルビュジエコレクション450点あまりの中から厳選されたものだ。同ギャラリーは現在、オンライン上でバーチャル・ギャラリーを運営し、常設展と企画展を開催している。非常に美しい3DCGで構築されたコンテンツなので、本展と合わせて、ぜひ楽しんでほしい。
Naomi
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