『希望の家』は、演出家・振付家・ダンサーの倉田翠が主宰するakakilikeのダンス公演だ(*1)。作品紹介によれば本作のテーマは「信仰」であり、「結婚式」の構造を取り入れているという。たしかに作中では照明や大音量の音楽が活用され、観客の視線を誘導して飽きさせないための演出が凝らされている。出演者たちは動き、踊り、個人的な来歴から導き出されたであろう事柄や実家の間取りについて饒舌に語り、叫ぶ。観客にはそれらを見て聞くことの素朴な喜びがあり、得も言われぬ高揚感がもたらされる。涙あり笑いありの結婚式というわけだ。
では「信仰」についてはどうか。結婚と信仰が近いところにあるようで即座に結びつかないのは、現代の日本の結婚式のほとんどが宗教のかたちだけを借りて行われるものだからかもしれない。結婚は多くの場合、ふたりの人間が新たな家を作ることに加えて、ひとりが自分の家からもうひとりの家に入ることを(いまだに)意味している。結婚式は、他人同士のつながりの祝福の場というより、家という制度そのものに対する信仰の儀式であると言えるかもしれない。では本作において信仰の対象の位置に置かれる「家」とは、どのようなものなのだろうか。
作品の冒頭、吉田凪詐の語りはワーグナー『ローエングリン』第3幕への前奏曲によって掻き消される。床下から登場して観客を挑発する前田耕平、ローラースケートで颯爽と登場する桑折現、黒いチュールのドレスで舞台上に転がり込んでくる倉田──「電話、電話は、わたしは、出ない」。曲が『婚礼の合唱』に差しかかると、倉田と桑折が舞台手前から奥に向かって一直線に進み、それぞれ新婦と新郎に、天井の高い会場はチャペルのようにも見える。そしてばらばらに話し、動き回っていた4人が静まったタイミングで白神ももこが登場し、踊りはじめると同時に『結婚行進曲』が流れる。「おーい準備できてるんやろうなあ!」司会者のような役割の前田は叫びにも似た発話でこの場を取り仕切り、今度は観客を煽る。「いま、どこ見てますか? 正味」。たしかに断続的に語り、踊り、音楽が続く冒頭からの場面は、ところどころ結婚式に見立てられているようでもあるが、一向にひとつの像を結ばない。はっきりとわかるのは、このばらばらさは確実に振り付けられたものであり、過剰に演出されているということだけである。観客は呆気にとられつつ、前田に促されるまま拍手をして、半ば無理やりこの場に参加させられることになる。
観客の緊張が解けるのは、ドレスを脱いで再び現れた倉田が実家の話を始めてからだ。さっきは音楽で半分掻き消されていた同じ台詞がはっきりと聞こえ、冒頭の振付が、実家の間取りを説明するジェスチャーを元にしたものであることがわかる。「電話は、わたしは、出ない。もうわたしはここのおうちの人じゃないから」。その後は、実家に帰ったら本当は何もしたくないけど家族に文句を言われないように5回に1回くらいは洗い物をやるようにしてる、昔は桐みたいなまな板を使っていたのにプラスチックになったのはどうかと思ってる……と語りが続く。冒頭のカオス状態から一転して生活感のあるディティールが舞台に持ち込まれ、客席からは小さな笑いが上がる。電話に出ない、という宣言は、実家に帰ったら面倒なことはしたくない、という意思表示のように聞こえる。だがそれは同時に、既婚者である倉田にとって実家はもはや自分の家ではないという事実を示してもいる。自分が不在のあいだに、実家の空間やものの配置が書き換えられていることに対して感じる疎外感は、結婚によってより強く感じられるのかもしれない。
この倉田の語りの途中に、突如桑折の語りが貫入する。夫(桑折)は妻(倉田)のダサい服装に不満を持っているようであり、その矛先はネイルケア、スキンケア、ヘアケア、ボディケア云々の怠りにも向けられていく。倉田が自分の実家を踊るいっぽうで、桑折が饒舌に語るのは、ファッションや年々衰えていくあらゆる身体部位のケアについてである。笑いを誘う(そして徐々に笑えなくなる)応酬に、家をめぐる問いが立ち表れてくる──私とはこれまで過ごしてきた時間のことなのか、あるいは、これからを過ごす体のことなのか。倉田は言う。「人間がみんな、住んでいる家をブラッシュアップしていくことが、生きていることをブラッシュアップしていくことだって思ってると思ったら大まちがいですよって、言ってやったのわたしは、そういう体で話してくる不動産屋に」。ここに本作における倉田のひとつの態度があるように思える。それはすなわち、抽象的な人生なるものが家に反映されるというのは幻想であり、むしろ家のほうが自分の体に棲みつくように人生の一部になっていくのだということである。私の体は変わる。太ったり痩せたり、疲れたり、病気になったり、老けたりする。しかし私が過ごした時間や空間は体のどこかに記憶されているはずで、結婚して違う家の人になったとしてもそれは変わらない。家に私の歴史があるのではなく、私の体が家の歴史なのである。
本作には、前述のような倉田の語りと踊りや、吉田のマシンガントークによる実家の紹介など、家に関する言葉が多く登場する。それは住まいという意味を超え、結婚に関わる制度としての家や、「ダンス公演」と銘打った本作が依って立つ歴史にまで連想を広げるモチーフとしても機能している。たとえば白神は全編を通して朗らかな雰囲気で、ひとり違う時間を生きているようでもある。バレエ的な要素に自由なジェスチャーを織り込んだ無邪気な踊りや、途中で差し挟まれる、帰国子女の同級生に憧れて選曲したものの弾き始めに失敗し、一度捌けて出てきたところで状況が変わっているわけもなく、そのまま投げやりに終わらせたピアノの発表会のテープ。これらは旧来的なダンスを逸脱するような活動を続ける白神自身の姿とも重なって見える──ダンスあるいはピアノの正しさというものから「家出」して、どのように舞台の上に存在するかは自分で決めてよいのだ、と。
あるいは、ダンス作品が多くの場合ひとりのダンサーや振付家を長とした家(カンパニー)によって保存されてきたとすれば、倉田は、家からはぐれた体、あるいは家のない体と協働することによって、作品単位で擬似的な家を架構してきたと言うことができるかもしれない(*2)。しかし演出家である倉田の仕事は、出演者の属性や癖、つまりその人の体に棲みつく家を剥がし、作品という新たな家にあわせて成形し直すことでもある。言うまでもなく倉田は演出という行為の暴力性に自覚的であり、過去の作品においても自らの特権的な立場を扱ってきた(*3)。本作においても、「このメンバーだから挑めた作品って、演出家が言うとったぞ」(前田)や「パブリックシアターがよかったなー」(桑折)という自己言及的な台詞の数にこうした意識が表れている。
しかしもっともそれが強く感じられるのは、作品の中盤、それまでは上手奥に置かれていた机が中央に移動し、舞台上がリビングルームの様相を呈してからである。大きい机に対して椅子は3脚のみで、桑折と倉田はかろうじて中腰で席につく。桑折はその後ひょいと机に乗って話しはじめるのだが、倉田はしがみつくように机によじ登り、机の上の桑折と不安定なバランスで踊り、白神にしがみつくようにして下りる。この机に倉田の居場所、つまり演出家が安定して座に就き、隠れられるような場所は用意されていない(*4)。
最後に、『希望の家』の構成員たる観客の存在について付け加えておきたい。本作が結婚式の構造を借りたものであるならば、観客はさしずめ参列者、つまり証人ということになるだろう。前田は全編を通して舞台上と客席を接続する役割を担い、前述のとおり観客の拍手を煽りもする。「そっちの話やで。会場が、一体化せんかったら、なんにもならへんねんからな」「この人ひとりでやってるわけやないんやから、応援してあげて」。
観客が拍手を求められる場面は、倉田が昨年発表した『指揮者が出てきたら拍手をしてください』にも含まれていた。タイトルと同じ指示が字幕で表示され、観客は戸惑いつつ従っていたように思う。どちらも観客を舞台に参加させるための手立てと言えばそれまでだが、両者においてその位置づけはやや異なっている。というのも同作には、「バレエをかつてやっていた(やめた)人」という条件の元に公募で選ばれた出演者が舞台上でふたたびバレエを踊る、という構造があり、技が決まれば拍手をするのは観客の自然な反応だと言える。もっとも、ここで観客が目の当たりにするのはひとつの演目というより各出演者の体に残るバレエそのものであり、観客は彼らの体が過ごしてきた時間を共有し、拍手によってそれに応答することになる。
しかし本作において、観客が一体何に対して拍手をさせられているのかは判然としない。誰かの踊りに対してなのか、出演者を「応援してあげ」るためなのか、客席が「一体化」するためなのか。あるいは、拍手は何にも向けられていないのかもしれない。「こんだけしてやってんねんからこんだけやってくれみたいな、見返りを求め合うような関係はとらない」。家庭生活に関するものとして発された倉田の台詞は、観客との関係にも当てはまるように思える。観客は、舞台の上の出演者たちと何かを受け渡し合うのではなく、証人として彼らを見ていることを表明するためだけに拍手をする。
そもそも本作で提示される出演者たちの来歴が、すべて本当であるかどうかはわからない。しかし言ってみればそれはどうでもよいのである。(結婚、引っ越し、仕事の掛け持ち、ダンサーではない者としてダンス公演に出演する、ローラースケートを履いて地に足のつかない状態でいる、観客として落ち着かない気持ちになる、などの方法で)出演者と観客が家のない体として集まること。振り付けられた「その人」として舞台上に存在する出演者をただ見ること。そしてそれはあまりにも難しく、ともすれば音楽で台詞を遮る暴力、あるいは仕立てられた祝福感の煙幕によって「その人」や観客の搾取にもなりかねないということ。その危ういバランスを、同じく危ういやり方で演出家として引き受けること。こうしたすべての不安定な地盤の上に、一時的に、「希望の家」は立ち上げられていた。
*1──本稿の内容は、東京公演(会場はシアタートラム)の鑑賞に基づいている。
*2──倉田は近年再演にも積極的に取り組んでいる。たとえば薬物依存症リハビリ施設・京都ダルクのメンバーが出演する『眠るのがもったいないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、緑の庭に光あふれるように、永遠に続く気が狂いそうな晴天のように』(2019年初演)は、翌20年から21年にかけて再演が行われた。その間にダルクを卒業したメンバーがいたため、再演時には出演者が13人から6人になり、うち2人が新たに参加した。
*3──たとえば『指揮者が出てきたら拍手をしてください』には、公募外で選ばれた出演者であるハラサオリに対して、倉田が客席から演出家として指示を出す場面がある。また、今年『家族写真』(2017年初演)の再演に際して行われたインタビューで倉田は、「私は常に解釈の外側よりも渦中にいることを望んでいるので、必ず自分の作品に参加するようにしています」と語っている。akakilike「家族写真」関連コラム 倉田翠インタビュー(フェスティバル・ドートンヌ・ア・パリのためのインタビューより)、SPIN-OFF by ROHM Theatre Kyoto、https://rohmtheatrekyoto.jp/archives/interview_kazokusyashin_kurata/
*4──机はakakilikeの過去作品(たとえば『捌く』や『家族写真』)でも、誰かあるいは何かが犠牲になる場所として印象的に用いられている。
白尾芽
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