7月30日に開幕した「あいち2022」。Tokyo Art Beatでは、愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)の全4会場それぞれの詳細レポートをリリースしていくが、こちらで取り上げるのは常滑市。
名古屋市中心部から知多半島へとぐんぐん南下し、約1時間ほどでたどりつく常滑市は、瀬戸焼や信楽焼などとともに日本六古陶のひとつとしてよく知られている。あちらこちらに窯や工房が立ち並ぶ陶の街だが、そのすぐ西側に広がる伊勢湾の利を活かした海運業の街でもある。土と海。今回の芸術祭では、その文脈を意識した作品が多くセレクトされている。
そもそも観光地として有名な常滑には、焼き物の魅力と歴史を訪ねる「やきもの散歩道」が便利に整備されている。「あいち2022」の各作品も、そのルートを生かすかたちで配置されている。
インフォーメーションセンターである陶磁器開館からスタートし、まずは常滑で作品数のもっとも多い旧丸利陶管を目指して歩く。道すがらの景色にも独特の風情がある。
旧丸利陶管は、1970年台頃まで土管を大量生産していた工場とその経営者の住居だった場所。工場跡の広い空間をダイナミックに活用したのがデルシー・モレロス(コロンビア)。びっしりと並んでいるのは、作家の特製レシピ(?)にしたがって重曹やシナモンパウダーを混ぜ合わせて焼かれた常滑焼に使われる粘土で作ったクッキー。その数なんと2万個超。マスクをしていても漂ってくるスパイシーな香りに食欲を誘われるが、もちろん食べてはいけません。
同じ1階の奥ではティエリー・ウッス(ベナン共和国)が、綿花栽培をテーマとするインスタレーションを展示している。彼が生まれたベナンはアフリカ最大の綿花生産国だが、愛知県もまた綿花栽培や綿産業の歴史を持った土地。そういったつながりから生まれた作品は、未来に向けた貧困削減、SDGsの真摯な可能性を提示している。
2階ではグレンダ・レオン(キューバ)が、楽器の部品を使った彫刻作品を展開している。ユニークなのは、楽器から彫刻に姿を変えた作品が、作曲家の野村誠の演奏によって再び楽器として生まれかわり、素敵な音を奏ではじめること。日常的に音楽やダンスに触れて育ったレオンは、様々なプロジェクトのなかでも音を重要な要素として使っている。人間と自然との関わりをユーモアを込めて再構成した音に、夏の暑さを忘れてしばし見入ってしまう。
別棟に展示されているのは、服部文祥+石川竜一(日本)による《THE JOURNEY WITH A GUN AND NO MONEY 北海道無銭旅行508km》。持っていくのは最小限の装備&食糧は現地調達という「サバイバル登山」で知られる服部と写真家の石川は、芸術祭のキュレーターのひとりである島袋道浩からの提案で「アートとしての登山」に挑戦した。その内容は、所持金ゼロ、行きと帰りの航空チケットと生米計24キロのみを持ち、旅の友であるナツ(犬)を連れての歩き旅。
展示空間には石川による写真や地図をあしらったインスタレーションはあるものの、服部自身は「自分ができる表現行為は登山表現と文字表現しかない」と結論づけ、『北海道無銭旅行』という1冊100円の小冊子に旅の顛末を詰め込んでいる。転売不可の冊子をゲットして、かれらの旅にめぐりあってほしい。
実践的なアプローチで地域改革やコミュニティの活性化に取り組むシアスター・ゲイツ(アメリカ)は、旧丸利陶管の住宅空間をライブや瞑想のための空間として再起動させるプロジェクトを発表している。取材時は展示に使うレコードが到着していなかったり、庭師による造園作業がまだまだ続く状況だったが、ワーク・イン・プログレスならではのいきいきした感じがむしろ楽しい。1999年に常滑ではじめて滞在制作して以来たびたびこの地を訪れてきた作家だけあって、空間の親密な雰囲気もいい感じ。会期中にはどうやら特別なイベントも予定している様子。続報に期待!
旧丸利陶管を出て次に目指すのは、廻船問屋 瀧田家。ここで映像作品2点を展示しているのがトゥアン・アンドリュー・グエン(ベトナム)。4面スクリーンを使った《先祖らしさの亡霊》は、ベトナム、そしてベトナム同様にフランスの植民地だったセネガルのあいだで苦悩する3つの家族の歴史を扱っている。これからの生活についての意見を異にするセネガル人の夫とベトナム人の妻。セネガルで育った自身のルーツを知ることになる息子と、その父のあいだの葛藤。セネガルに移住した母と彼女が育てた娘の、髪や身に着けるものから浮かび上がるつながり。移動によって引き裂かれつつ、同時に広がってもいくファミリーストーリーの力作だ。
また、もう一つの作品《ザ・ボートピープル》はディストピアSF的な未来を舞台に、生き残った5人の子どもたちと遺物の物語が描かれる。過去への厳しい眼差しと未来への希望を併せ持つ作品のたたずまいが印象に残る。
ちなみに、「あいち2022」と無関係に瀧田家内で企画展示されている「瀧田あゆちと日本航空Ⅱ <1965年〜1994年>」展も個人的に必見。瀧田家の令嬢として生まれ、日本航空初の女性管理職として活躍した瀧田あゆちの人生はいつかNHKの朝ドラになってもおかしくないほどユニークでパワフル。グエン作品との思わぬ共鳴が楽しい。
瀧田家の離れでは、ニーカウ・ヘンディン(オークランド)の展示も見られる。オセアニアの島嶼国に伝わる樹皮布に、ニュージーランドの先住民族マオリによる伝統的な紋様をあしらった作品は、星の位置を参考にした古来の航海術などを参照している。
おしゃれなカフェとして地元から親しまれる常々(つねづね)で展示するのは田村友一郎(日本)。近現代史の知られざるトリビアを発掘し、独特の物語を付与する彼が今回題材としたのは、空前の好景気を日本にもたらしながら、その後の大不況を引き起こしたとされるプラザ合意と、それによって壊滅状態になった常滑の陶製人形。盆栽鉢製陶所の倉庫の2階を歌舞伎や人形浄瑠璃の舞台下=奈落に見立て、黒子姿の3人の経済学者による歴史の語り口はユニークだが、見方を変えると背筋も凍る「本当にあった怖い話」でもある。
ここまででようやく常滑会場の約半分といったところ。けっして広い展示エリアではないが、登窯(のぼりがま)を作るのに適した高低差のある土地を歩いていると、萩原朔太郎が描いた猫町に迷い込んだような奇妙な気分になってくる。そんなタイミングでふっと目を上に向けると、煙突の立ち並ぶ常滑の風景が描かれた巨大なバナーが視界に飛び込んでくる。
旧急須店舗・旧鮮魚店で劇画調のマンガインスタレーションを展開する尾花賢一(日本)の作品だ。土地の歴史、伝承、個人史をリサーチして虚構と現実が入り混じった物語を作る彼は、今回「イチジク男」なる人物をめぐる新作を展示している。常滑の景観や、そこかしこに潜む個人の営みの痕跡を借りて編まれるストーリーは、家から裏の畑へと続いていく。
旧急須店舗・旧鮮魚店のすぐ近くにある旧青木製陶所で展示を行っている黒田大スケ(日本)とフロレンシア・サディール(アルゼンチン)も同様だが、常滑には土地の歴史や特徴を巧みに引き出した作品が多く揃っている。だが、見方を変えれば土地の魅力によって作品がそのポテンシャルを大きく高めているとも解釈できるだろう。作品と土地が絡み合って立ち上がる独特の手触りが常滑にはある。製陶の街らしい、とっても土々(つちつち)したアート体験は忘れがたいものだ。暑さ対策を忘れずに、ぜひ訪ねてみてほしい。
*4会場ごとにレポートを公開
【愛知芸術文化センター】レポート
【一宮市】レポート
【有松地区】レポート