7月30日に開幕した「あいち2022」。Tokyo Art Beatでは、愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)の全4会場それぞれの詳細レポートをリリース。本記事では、有松地区を取り上げる。
駅前に巨大なイオンがあるような、ある種典型的な地方都市の趣きもある有松だが、一本通りを変えるとその雰囲気はがらりと変わる。
江戸時代から明治期にかけて建てられた漆籠造りと瓦葺きの豪壮な町屋が立ち並ぶ有松は、江戸と京都をつなぐ東海道の要衝として栄え、2016年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。また、多彩な糸の括り方などの工夫を施した布地に染料を染み込ませ、独特の模様を作り出す伝統工芸「有松・鳴海絞り」が400年以上受け継がれる工芸の街としても広く知られている。商家の気風から生まれた洒脱な文化と、伝統工芸の優れた技術。「あいち2022」では、この2つの要素に関わるような作品が多く選ばれている。
最初に訪れたのは、有松絞りの開祖・武田庄九郎の流れをくむ竹田家住宅。ここではプリンツ・ゴーラム(ドイツ)とガブリエル・オロスコ(メキシコ)の2組が、それぞれ日本家屋の特徴を活かした作品を展示していた。
文化的・社会的な文脈のなかで規定される人間の振る舞いに注目したパフォーマンスで知られるプリンツ・ゴーラムが今回主題にしたのは「仮面」。古代から宗教的儀式などに用いられた仮面だが、欄間などに飾られたそれは現代的でユーモラス。さらに畳の上に置かれたモニターには、それらを身につけて行われたパフォーマンス映像が流されている。約2年半続く世界的なパンデミックにおいて、マスク(仮面)の意味は大きく変わり、誰にとっても身近なものになった。かれらの作品は、そのような世界と人の変化をシニカルに反映しているようでもある。
かれらの展示空間から中庭に降り、さらに奥の茶室に向かう。ガブリエル・オロスコの《ロト・シャク(回転する尺)》は、東アジアで古来から使われてきた長さの単位「尺」に注目した作品。ものさしを思わせる垂木の表面にはオロスコがこれまでの作品でも多用してきた幾何学的な紋様がカラフルにほどこされ、静謐な茶室との間にユニークな対比の効果を生み出している。また、タクシー運転手から譲り受けたという試し書き用のノートパッドが恭しく飾られているのも楽しい(もちろん作家が出合った事物の痕跡として、とても大切にされているのは間違いない)。
川村家住宅蔵では、タニヤ・ルキン・リンクレイター(アメリカ)の作品が見られる。アラスカ先住民族アルーティクであるルキン・リンクレイターは、自身の祖先が使った考古遺物が保存された博物館の収蔵庫を訪ね、それらのためにダンスを踊る。映像内では、作品制作時に生じていた大規模火災に関する言及がなされるが、「火事」は展示空間になっている蔵や有松の町ともじつは無縁ではない。天明4年(1784年)に起きた大火で有松にあったほとんどの家屋が焼失。それ以降、茅葺きだった屋根は瓦葺きに作り替えられ、瓦の一部には災難除けのように「水」の文字などが刻印されるようになったという。収蔵庫も蔵も同じように「守る」ために作られた場所なのだ。
続いては岡家住宅に展示されているユキ・キハラ(サモア)とAKI INOMATA(日本)。キハラは日本とサモアの両国にルーツを持ち、日本の着物や紋様とサモアの自然環境をミックスさせた着物などを展示。いっぽうAKI INOMATAは、有松絞りの生地をミノムシに与え、蓑(巣筒)を作る様子や、新しい絞り染めの技法を発明し紹介している。
東海道沿いを道なりに進んできたこれまでのルートから外れ、線路と川を挟んだ北に向かうと、株式会社張正で展示されているイワニ・スケース(豪州)の《オーフォード・ネス》を見ることができる。豪州の先住民族にルーツをもつスケースは、先住民の主食であるヤム芋のかたちにかたどったガラスを無数に飾り、植民地主義や戦争といった人間の過ちに対する洞察を示している。
町家のあるエリアをぐるりと巡り歩いた有松の探訪もそろそろ終点。旧加藤呉服店ではイー・イラン(マレーシア)と宮田明日鹿(日本)が作品と進行形のプロジェクトを展開している。
マレー語で「編まれたマット」を意味する「ティカ(tikar)」を素材に、本来は床に敷かれるはずのティカを天井から舞うように展示するイーは、展示空間における眼差しの高低差によって、植民地支配を経験した東南アジアにおける統治者と被治者の関わりを視覚化させている。また、同じようにティカをリボン状に編み、新たな使い方を示した映像作品《ティカ・レーベン》では、海で隔てられた2つのコミュニティをつなごうとするプロセスが記録されている。
いっぽう宮田は「あいち2022」開幕前から有松に拠点を持ち、編み物とおしゃべりを通じて様々な人たちが交流していくための「有松手芸部」を立ち上げ、継続的に活動してきた。会場はその成果物や記録の展示空間でもあるが、今後も週一回ごとに部活動を実施し、地域の人々、他のアーティスト、来場者などが自由に加わってゆるりゆるりと交流する場としてもあり続ける。いわゆる手芸と呼ばれる表現形態は「手芸を好むのはだいたい女性」的な偏見ともあいまって「おかんアート」という名前で呼ばれたりすることもしばしばある。そのジェンダー的なバイアスの是非はさておき、実際に編み物や縫い物をやってみるとそれはかなり楽しく参加しやすい表現だったりする。手芸部が、芸術祭の会期を経てさらに生き生きと育っていってほしい。
他の3エリアと比較してかなりコンパクト&地味めにまとまった印象の有松地区ゆえ、意外と作品の存在に気づかずに通り過ぎることもあるのではないかと思うが、近年は何かとスペクタクルな興奮を促すエナジードリンクのように扱われがちな「アート」とは異なる、別のあり方の提示としてこのエリアの作品を理解することもできるように感じた。
その象徴として紹介したいのが、ミット・ジャイイン(タイ)の屋外作品《ピープルズ・ウォール(人々の壁)2022》だ。少数民族ヨン族であるミットは、有松で目にしたのれんからインスピレーションを受け、街のさまざまな場所に独特な質感の布作品を点在させている。これは意図してのことと思うが、そのかたちと質感は、有松の街の雰囲気に溶け込んで、人によっては気づかないこともあるだろう(実際、筆者もしばらく「どれがミット・ジャイインの作品?」と探してしまった)。だが、このようなさりげないあり方から結ばれる人とアートの関係はもちろんありうる。ミットをはじめとする有松のいくつかの作品は、その可能性を思い出させてくれた。
*4会場ごとにレポートを公開
【愛知芸術文化センター】レポート
【常滑市】レポート
【一宮市】レポート