■はじめに
企業の社会的責任(CSR)や社会責任投資(SRI)という言葉がメディアでよく取り上げられるようになりました。企業が財務面だけでなく社会的、倫理的な面。また文化・地域社会への貢献、環境問題にいい取り 組みをしているかどうかに関心が持たれているようです。それを反映してメセナ活動(企業による文化支援)を行う企業の数も、過去最多の443社(実施率 71.1%)、メセナ活動費総額は331億4260万円(一社当たり平均8542万円)と伸び続けています。(社団法人企業メセナ協議会2005年調査)メディアで取り上げられた効果を有料の広告料に換算している、ある企業の文化事業部の話から伺えるように、メセナ活動が企業の品格を示すだけではなく、イメージアップや消費者の購買活動に強く影響しているというと多くの企業が気付き始めているのではないでしょうか。
銀座や青山に長年スペースを構え、若手芸術家に発表の場を与えてきた日本の大手企業。エルメス、ロレックスなど世の中から持たれるイメージを大切に する高級消費財メーカーに加え、消費者の生活に入り込む食品・電化製品などの一般消費財を扱う企業も、独創的なメセナ活動を展開しているようです。
その一つであるアサヒビール株式会社のメセナ活動が近年、注目を集めています。同社が行うアサヒ・アート・フェスティバル(AAF)の実行委員を務めるP3 art and environmentエグゼクティブ・ディレクターの芹沢高志氏と、アサヒビール芸術文化財団理事の加藤種男氏に、その活動の背景や展望についてお話を伺いました。ビデオを交えながら、2回にわたってお伝えいたします。
■アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)とは?
http://www.asahi-artfes.net/about.html
2002年、アサヒビールが全国のアートNPOや市民グループとネットワークを結んで始まったアートと社会の橋渡しを目指した祭典。美術、音楽、建築、ダンス、パフォーマンス、演劇、映像、教育など、多岐にわたるプロジェクトが市民主体で運営され、地域資源の見直しやコミュニティー再構築を視野に入れて毎 年運営されている。
プロのアーティストが完成させた作品を鑑賞する場(展覧会やコンサート)への協賛という、従来のメセナとは違って、作品が生まれるプロセス(コミュニケーション、イベント)を重視している点。また百数十人の実行委員が互いに対話をしながら作られていく点もユニークな特徴といえる。今年も地域資源(自 然環境、空き倉庫、廃屋、蔵、路地など)を活用した参加型の作品、ワークショップ、カフェ、AAF学校など、実験的な試みが全国で繰り広げられている。
■NPOとは?
(Non Profit Organization)ボランティア活動などの社会貢献活動を行う、営利を目的としない団体の総称。このうち「NPO法人」とは、特定非営利活動促進法(NPO法)に基づき法人格(注1)を取得した「特定非営利活動法人」の一般的な総称。(内閣府 NPOホームページより)
■アートNPOとは?
主に芸術文化活動やその振興をミッションとしているNPO。福祉・まちおこし・教育などの分野にアートの要素を取り入れた活動をしている団体などがある。
■芹沢高志氏
アートと環境の関係性に着目した数々のプロジェクトを国際的に展開する環境・都市計画家。87年に東長寺の新伽藍建設計画に参加し、89年にP3 art and environment を開設。とかち国際現代美術展「デメーテル」(2002)総合ディレクター、アサヒ・アート・フェスティバル実行委員(2002年〜)、「横浜トリエンナーレ2005」キュレーター(2005)。
著書:「この惑星を遊動する」(岩波書店)、「月面からの眺め」(毎日新聞社)など
訳書:バックミンスター・フラー「宇宙船地球号操縦マニュアル」(ちくま学芸文庫) エリッヒ・ヤンツ「自己組織化する宇宙」、ピーター・マシーセン「雪豹」 (ハヤカワ文庫) など
■インタビュー
運営側からみてアサヒ・アート・フェスティバル(以下AAF)の特徴はどんなところだと思いますか?
芹沢:やっぱりAAFの特徴は全国に広がっていることです。本来フェスティバルは、ここにいけば世界の最先端やトレンドがまとめて見えるという、効率性と かコンビニエンスな発想から生まれたものですよね。今世界各地で開かれているアートフェスティバルも、日本の横浜トリエンナーレとか映画祭も一箇所で一定 期間やっていて、そこに来れば何でもあるという特徴がある。一方、AAFは便宜上7月7日から9月9日までという設定はしているけど全国各地・場所も時期 もばらばら形態も色とりどりなところが、従来のフェスティバルとは違っています。それから、総合ディレクターのようにフェスティバルの内容を上意下達で上 から順々に命令していくようなポストがありません。実はそれがあったほうが 簡単だし、全国でグループカラーを統一して、誰が見ても“AAFだ”と認識しやすい活動をするほうがいいこともあるかもしれない。でもあえて崩してフラッ トな関係にしています。AAF自体、「自発的・自律的な人たちからの下から上への意思の流れ、そのバラバラなものがネットワークを生成して自己組織化して いくことが本当にできるのか?」という、運営側も興味をもっている実験でもあるので、前提にとらわれず臨機応変にやっています。それによって意思決定が大 変なことはあるけど、今ではジャンルを超えたプロジェクトが互いに活性化しあいながら展開していっています。だから僕自身の役目も、寄せられる企画につい て相談にのったりアドバイスはするけど、“どのアーティストがいい”といった詳細まで干渉しないであえてクールに、突き放して接しています。
個々人が表現活動をして必要に応じてつながりを持つというのは、インターネットのあり方と似ていますね。ネットを積極的に使って関係構築・情報交換し始めたときにフィットするのではないですか?インターネットはどう活用していますか?
芹沢:例えば「夏の旅」という向井山朋子(ピアニスト)さんの斬新なコンサートのプロジェクトをやっている黒崎八重子さんは、アムステルダムにいる向井山さんや他の4都市の企画者 とスカイプで会議したりして活用しているようです。でも総合的なネットワークシステムはまだこれからです。今までは、お互いがプロジェクト単位の関わりで NPO団体を長期的に育成するわけではなかったから、情報告知のサイトとMLだけでやってきました。だけれど最近は隔年で参加したい人とか、企画参加はし ないけどAAFを常にキャッチアップしていたいという人も結構出てきたので、関係者が常時アクセスできるポータルサイトが必要になり、今裏側のシステムを 大きく変更しています。
それによってネット上で歴史や知を共有していくとか、ジャンルを超えた地域間交流がおこっていくといいですね。話がさかのぼりますが、AAFが始まった背景も教えてくださいますか?
芹沢:AAFはこんなプロジェクトを始めよう!と鳴り物入りで始まったわけではないのです。当初は本社がある墨田界隈で、無言で企業のビルが存在しているのではなく地元の人と関係を結ぼうということで、本社の「ロビーコンサート」や、いま話をしている「アサヒ・アート・コラボレーション」※など、それまでア サヒビールがやっていたメセナ活動に加えて、アート・ビアガーデンやアサヒ・カフェナイトなど、いくつかの企画を付け加えてフェスティバルのかたちをつくりだしました。その中で現代美術製作所などこの近くのNPOとつながりができていきました。
それと同時に全国の営業所や工場でのロビーコンサートにおけるNPOとの協働も始まりました。実はこうした各地でロビーコンサートを担ったアート NPOは必ずしも音楽分野の団体だけではなかったから、コンサート だけでなく、いろいろなことをやりたいという要望も生まれてきた。ならばみんなフェスティバルに参加してもらおうと言うことになり、こうして各地の実行委 員たちが場所の枠を超えて名乗りを上げ、活動が全国の施設や街へザーッと飛び火していきました。
AAFの活動について「まちにアートの風が吹く」という本でも「それまで展開してきたさまざまな催しをある程集約的に示すことで、社会的な認知度を高めたいという戦略があった」「個別にアピールするより、ひとつのまとまり、ムーブメントとして効果的に社会にアピールしたいという考え」があったと書かれていますね。
芹沢:はい。そんな中で4年が過ぎたころ、参加者の顔ぶれが固まってきてしまったので、公募でプログラムを募集するようになり新しい出会いもでてき ました。今まで支援を受けず独力で頑張っていた団体が応募してきたり、私たちも人づてに探したりと、玉石混交だったけど、100件くらいの応募がありまし た。
ちなみに、他の企業や政府の組織に応募して色々な所から支援を受けても構わないのですか?
芹沢:大丈夫です。競合他社から同時に支援をもらうのは遠慮していただきたいですが(笑)
AAFとして支援先を選ぶ一貫したポイントは、やはり地域の特色を生かせているかどうか。という点でしょうか?
これには、AAFの音頭取りの加藤種男氏(アサヒビール芸術文化財団事務局長・横浜市芸術文化振興財団専務理事)がクリエイティブシテイ・ヨコハマにも関わっているということも影響しています。彼は地域資源や特質をアートなどの文化的な活動によって経済活動と結びつけ、ネクストステージにもって行きたいという想いをもっていますので。
それから我々は文化財など建物だけが地域資源だとは決して思っていません。河や野原、廃屋でも、地域にとっての必然性を感じられるなら地域資源だと思っています。
またそういう資源に住んでいる人は気付かないことが多い。よそ者として入ってくるアーティストが客観的にみたものを鏡のように作品として再提示することで、新たに発見されたり、地域の人が誇りに思えるようになることも多いのです。また逆に自分たちは良いと思っていたのに、裏に何か問題を抱えているも のを アーティストが見つけるケースもあります。
また今、地域資源ということがよくいわれている背景には、グローバル化・情報資本主義化が進んで世界が均質化し、都市に人口が集中していく中で、ある土地に行かなくては味わえない何かをその場所が崩さず守っていたら強みとなるのではないか。という問題意識もあると思います。
直島のベネッセアートサイトで地域の古いものとアーティストが作り出した異質で新しいものが、ぶつかり合うことでどれくらい時間が流れたかを実感するという面白い体験をしました。その 直島の田舎から東京の街へ帰ったときに、“やっぱり東京に過剰に人口が集中しているんだ”と感じました。そ れで 聞いてみたいのですが、AAFは別に地方分散・分権型社会を推進している行政の意図を意識して足並みを揃えて始まったわけではないのですよね。
それから、「伽藍(ガラン)とバザール」(※)というたとえがAAFの組織形態を説明するのにも適切でしょう。“ガラン”はカテドラル。ああいう壮 大な建物を建てるためには、ミケランジェロなどある傑出した建築家が必要でした。そして“アーキ”はプリンシパル、第一ということ。“テクト”はテクノロ ジー、職人という意味です。アーキテクト、建築家は第一の職人ということです。頭領だけが頭の中に組み立てる、水も漏らさぬ設計図のもとに、いろんな技 術、人間た ちを動員して最後までつくっていくわけです。
一方バザールの発生は広場があって、一応混乱がないよう交通整理役は必要だけど、あるルールがあるだけで各自テントを張ってあとは自発性に任せて規制しない。すると参加者の軋轢は最小限ですぐに成り立ってしまう。これでいうとAAFは完全にバザール型です。
※オープンソースソフトウェア・Linuxの開発手法を書いたエリック・レイモンドの論文
それは、参加者側もいい点・悪い点が骨身にしみていて、色々と考えていると思います。アートへの敷居を低くしたいという想いはあるけど、“アート ティストがカフェでトークをして時間と共に過ぎ去っていいのか?アートといえるのか?そもそもアートか否かなんてどうでもいいのではないか?とかね (笑)。そしてやっぱり、”美しい痕跡を残したい” “見たい”という人間の欲望はあるはずで、世界的にもリレーショナル型のアートがもっと進んだら、逆に保守化して回帰していくという振り戻しはでてくると 思う。
私も美しいペインティングをみると、これが前のスタイルになる日は来なそうだと感じます。社会からアクセスしやすくしつつ芸術的な高みを目指すことはとても難しそうですが、二つが両立していくといいですね。他にも運営をする中で問題を感じている点などありますか?
利益を株主に再分配せず翌年の事業に繰り越すNPOや、社会の抱える問題の解決に取り組むため、主にNPOの形で事業をおこす「社会起業家」の増加がメディアでもよく取り上げられるようになりました。AAFにも子供とアーティストの出会いの場を設けることで美術教育の新たな方向性を見いだしたり、コ ミュニティーの問題解決とアートをリンクさせるNPOが多く参加していますね。
今後こういった社会的背景と、AAF自体の知名度アップなどの要因で、応募総数が増えていくかも知れません。例えば同じ財源のまま、定番となっているプロジェクトも、新たな良い内容のプロジェクトも支援していきたい。という二律背反の状況になったらどうされますか?
そうならないように、今は実行委員会の中の有志の者で選考委員会を設けて、経験則に基づくクライテリア(判断基準)をつくっています。そして企画内容だけではなく、実現可能性や地域資源の活用度、その年のテーマとの適合性、フェスティバル全体の中でのバランスなど、様々な見地から総合的に選ぶように しています。
こうして潤沢にとはいえなくても、適正な支援金がバランスよく行き渡るよう企画数を絞りこんでいきたいと思っています。
特に他に仕事をもたない専従の方々からなる参加団体は、企業や政府の支援に過度には依存的にならないよう伝えていく方がよさそうですね。
お互いに深入りして共依存的になり秩序が崩れることを防ぐためにも、AAFはNPOという組織体を支援・育成してくというより、そこの“各プログラ ムに対 して”支援することをアイデンティティとしているのです。とはいえ、一過性のお祭り騒ぎで終わるのではなく、フェスティバルを通して各自が実績を積んで力 を付けていくことを願ってサポートしています。
他にNPOが抱えている問題で感じていることはありますか?
それから今、財政的にタイトになってきた地方公共体が指定管理者制度を受けて、今まで内部的に処理していた仕事を、行政より経営感覚やアイデアがある民間の企業やNPO法人に任せようという動きが出てきています。
すると例えば、主に保守的でオーソドックスな企画をやっていても、時には採算度外視でも現在文化を後押しするような面白いプログラムをやっていた県 立のコンサートホールの運営も、指定管理者のプロの手に移っていく。それによって民のノウハウははいってくるだろうけど、おそらく商業ベースで採算が取れ るよう な方針に一気に移ってしまいます。一旦こうなると公共ホール側は主導権をとって文化に関与してくことが金銭面でも、ソフト面でもかなり難しくなっていくで しょう。
そんな状況の中、公共体がワークショップなど、市民のコミュニケーションをはかれるイベントを主催してくれるNPO団体と出会うとします。彼らは社 会的な責任感があるから公共体側や、営利企業に何かやるより遥かに少ない予算でもやりくりしてくれる。NPOからしたら実に正しいミッション意識でやっているの だけど、行政側から段々と甘えが出てきて、悪くすると都合のいい下請け的な存在になってしまう危険性がでてきています。
もちろん文化的なことで営利企業のように売上げを確保してくのは、確かに簡単ではありません。でも非営利団体とはいえ、儲けてはいけないわけではな いのですし、1,2、年で組織が持たなくなってしまうようなムリのある運営をしないで、健全に収益を上げて存続していって欲しいと思います。
どうもありがとうございました。企業・アートNPO・行政が、陥りがちなパターンや危険性を意識しつつ、お互いから学んで継続的に活動することで、芸術文化がより豊かになることに繋がっていくといいですね。
■インタビューを終えて
Tokyo Art Beatのトップページからそれぞれのカテゴリページを見てみると、美術館・ギャラリーの展示会情報以外にも、子供とのワークショップ、クラブイベントな ど様々な情報があると分かります。こういったマスメディアではアートとして取り上げられなかった情報、”サブカルチャー”とよばれてきた創造活動がアート として再提示されることで、心の中の“アート”の有り様が徐々に変わっていくのではないでしょうか。同じようにAAFのWebサイトやリーフレットをみて も、アートといえるのか戸惑うようなイベント、社会問題すら素材に組み込んでしまうアートの活動が展開されていると分かります。このような、海外の有名な 美術館や芸術団体公認の芸術に助成金を出すだけではない多様なメセナ活動は、実績のないアーティストに活躍の場を増やし、我々が想像力を働かせながら自律的にアートに参加する機会を与えてくれています。インタビューをする中で、プロジェクト単位の支援を受けるアートNPOの活動が“一過性のお祭り“で終わ らず しっかり地元に根付くためには、活動内容が”地域の問題や要望に対応しているかどうか、その地域でしか成り立たないような地域独自性を持っているか、産業 として成り立つビジネスシステムをもつかどうか“が、より厳しく問われるようになるのではないかと感じました。今後、AAFの取り組みがアートNPOが自立する支援の役割も担って行けるとしたら、企業の組織形成や経営コンサルティング、地域の方々に人的サポートをスムースに手渡しするまでの架け橋となるなど、様々な可能性が検討されてもよいのではないでしょうか。
次回はアサヒビール芸術文化財団事務局長であり、他にも財団法人横浜市芸術文化振興財団専務理事として企業の枠を超えた活躍をされている加藤種男氏に、企業側からの視点でメセナ活動について伺ったレポートをする予定です。