東京都現代美術館で「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展が開幕した。会期は2023年2月19日まで。
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフは1962年オランダ・ロッテルダム生まれ、ドイツ・ベルリン在住のアーティスト。2017年ヴェネチア・ビエンナーレのオランダ館代表を務めるなど、オランダを代表する現代美術家である彼女は、出演者と協働する映像作品を中心に発表してきた。シナリオを作らずに撮影されるその作品は、あるテーマについて対話する人々の姿を収めており、その過程で露わになる主観性や視座、関係性を映し出している。
本展では代表作から新作まで、6点が公開。以下では、それぞれの作品の見どころについて紹介していこう。
《マウリッツ・スクリプト》(2006、38分/26分)は、17世紀オランダによるブラジルの植民地支配がテーマの映像インスタレーション。向かい合わせで上映されるふたつの映像は、一方で当時のブラジルで総督を務めたヨハン・マウリッツの手紙が読み上げられ、他方でその統治をめぐる議論が展開される。植民地支配は現地でどのように受容され、伝承されてきたのか。ファン・オルデンボルフは、たとえひとつの文化圏のなかだとしても、その答えが職業や思想、立場などによって異なることを重要だと考え、たとえば本作では、仕立屋、DJ、美術理論家、看護師、理論物理学者、都市計画専門家など、異なるバックグラウンドを持つ人々が集められている。ゆえに生じる作品の「多声性」、すなわち意見の衝突や厚みのある議論は、大きな特徴だ。
映像作品の「脚注」として展示されるレンチキュラープリントや、関連する文献もまた、作品に奥行きを与えてくれるだろう。
続いて展示されるのは、新作《彼女たちの》(2022、40分)だ。東京と横浜で撮影された本作は、林芙美子(1903〜51)と宮本百合子(1899〜1951)という、ともに1920年代から人気を集め、偶然にも1951年に夭折したふたりの女性文筆家に注目する。
林は貧困家庭に生まれ、女性労働者への共感や自身の性的欲望をストレートに表現した『放浪記』(1928〜30)、『浮雲』(1951)などで知られるいっぽう、恵まれた家庭で育った宮本はデビュー作『貧しき人々の群』(1916)で注目を浴び、その後同性愛者の湯浅芳子との生活をモチーフとした 『伸子』(1928) などの発表を経て、晩年は社会主義者として活動を続けた。映像では、彼女たちのテキストの朗読とそれに応答する対話が繰り返される。
ファン・オルデンボルフの作品において、撮影のロケーションは重要な「声」のひとつ。《マウリッツ・スクリプト》では、マウリッツの旧居でもあるマウリッツハイス美術館で、《彼女たちの》では、林自身が設計にも関わり、晩年を過ごした旧宅(現在の林芙美子記念館)などが舞台に選ばれた。
展示のメインヴィジュアルにもフィーチャーされている《オブサダ》(2019、34分) はポーランドの映画産業に関わる女性たちと協働した作品。依然はびこる映画制作の現場でのジェンダー不平等に対して、これから起こると期待したい変化への希望などを交えつつ、彼女たちの率直な対話が展開される。「オブサダ」とはオランダ語で「キャスト」、「共同作業」などを意味しており、撮影自体も出演する女性たちが中心となって展開される様子が印象深い。
改装工事中のオランダ、アーネム美術館を舞台とする《ヒア》(2019、27分)もまた、ジェンダーの問題を題材としている。登場するのはオランダで表現・研究活動を行う若い女性たち。それぞれが抱く自らのルーツや性についての思いを、朗読、バンド演奏、テキストや音楽への応答という3つの表現に昇華した様子が、映像のなかでクロスオーバーする。
《マウリッツ・スクリプト》と同じく、《偽りなき響き》(2008、30分)もオランダの植民地支配がテーマ。オランダによる植民地政策に対して、ラジオがもたらした影響についての専門家の議論と、インドネシア独立運動家スワルディ・スルヤニングラットが書いた手記「私がオランダ人であったなら」を、モロッコ系オランダ人のラッパーが朗読する様子が上映される。
展示の最後を締め括る《ふたつの石》(2019、各28分)は、戦後オランダで活躍したドイツ人建築家ロッテ・スタム=ベーゼと、ファン・オルデンボルフの故郷であるロッテルダムの差別的な住宅政策に異を唱えた南米・ガイアナ出身の活動家ヘルミナ・ハウスヴァウトに注目する。舞台となるのは、スタム=ベーゼが計画に携わった旧ソビエトと、ハウスヴァウトが反対運動を展開したオランダ・ロッテルダムの集合住宅という、地理的には関係のないふたつの場所。しかし、彼らはともに1930年代初期にソビエト連邦で活躍しており、社会主義的な「平等」を目指した。本作では、その共鳴と齟齬について、現地の建築家や住民らによって語られている。
人々の声の「差異」を「豊かさ」へと翻訳する映像作品。本展は映像作品が中心のため、一度だけ再入場できる「ウェルカムバック券」も用意されている(希望する際はスタッフに確認が必要)。展示入り口では、作品のコンセプトが詳細に書かれたパンフレットも配布されているため、そちらも参照しつつぜひ会場でじっくり鑑賞してほしい。