自ら開発した鮮やかな青の顔料「インターナショナル・クライン・ブルー」(IKB)で知られるフランスの美術家イヴ・クライン(1928~1962)。彼と同時代の作家の作品を併せて紹介し、物質を脱して精神性を目指す表現を探求する「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展が、金沢21世紀美術館で開催されている。クラインを中心とする展覧会は、セゾン美術館などでの回顧展以来、国内で約37年ぶり。会期は2023年3月5日まで。
本展は、同館の長谷川祐子館長とピノー・コレクションCEOのエマ・ラヴィーニュの共同企画。フランスのポンピドゥー・センター・メスは2020年、当時館長だったラヴィーニュが企画し、クラインと同時代のドイツのグループ・ゼロ、オランダのヌル・グループ、関西の具体美術協会(具体)、イタリアの空間主義運動の作家たちとの関係性に光を当てる展覧会を開催した。それに構想を得た本展は、クラインが長期滞在した日本との関係をさらに掘り下げ、現代作家の作品も加えた独自の内容になっている。
クラインは南仏ニース生まれ。美術家としての活動は6年余と短かったが、多くの革新的な作品を残した。長谷川館長は、「クラインは、すい星のように戦後美術界に現れた現代アートのパイオニアのような存在だった。今の時代、ウクライナで起きている戦争や環境危機など様々な不安定な問題が私たちを取り巻いている。そうしたなか、戦後の『タブラ・ラサ」(白紙)ともいえる状況から立ち上がり、非物質的なものを用いてひとつの精神性を追求した彼の姿を紹介することで、皆さんに色々な想像力を新たに再起動して頂けたらと思う』と話す。
展示は、クラインの表現活動の核をなす色や火、音楽などの非物質的要素をキーワードに、同時代のルーチョ・フォンタナや白髪一雄ら約12人の作家の作品も紹介。また、彼の実践につながる4人の現代作家(ハルーン・ミルザ、キムスージャ、布施琳太郎、トマス・サラセーノ)を招聘し、その作品も配した。「戦後活躍したアーティストたちの精神が、現代にどのように生かされているかも併せて問いたい」と長谷川館長。
本展は「非物質的な金」と題した展示室からスタート。19歳のときに絵を描き出したクラインは、青と薔薇色、金の3色に特別な象徴性を見出し、モノクローム(単色)絵画の制作を始めた。特に金は「精神」を表すものととらえ、様々な作品に用いた。
会場には、クラインも一員に数えられたヌーヴォー・リアリスムの作家たちを型取りしたレリーフや金一色に輝く絵画、彼がインスピレーションを得たともされる日本の金屏風が並ぶ。1962年にパリで行った《非物質的絵画的感性領域の譲渡》の記録写真にも注目したい。これは「非物質的な領域」(何もない空間)を一定量の純金と交換し、購入者が望めば、クラインが純金の半量をセーヌ川に投げ込んだ儀礼的なパフォーマンスだった。価値を無化する、彼の脱物質志向を端的に示す作品と言える。
続く「身体とアクション」の展示室では、IKBを塗った女性の体を紙に押し付けた代表作「人体測定」シリーズと、具体の作家である白髪一雄の絵画が並置されている。青い残像のように身体運動の痕跡が浮かぶクライン作品と、足を使って描かれた白髪のフット・ペインティング。両者の表現が、互いに共鳴するような空間になっている。
クラインが自分は空を飛べると錯覚させる姿を撮影し、偽りの新聞として配布した《空虚への飛翔》(1960)も紹介。身体行為を通じ、限りない精神の自由を追求した姿勢がうかがえる。
様々なインスピレーションをもたらした、日本関連の資料も見逃せない。ニースで柔道を学び始めたクラインは、1952年から約1年半日本に滞在し、講道館で四段位(黒帯)の認定を受けた。柔道の修行から豊かな身体感覚を体得し、礼儀作法や柔道の「型」からパフォーマンスにおける儀礼的要素の重要性を見出したと考えられる。また、広島に投下された原爆の熱線による「人影の石」は、代表作「人体測定」の制作に影響を与えた。
「音楽とパフォーマンス」の展示室は、クラインが構想したひとつの音を長く引き伸ばした前半と沈黙が続く後半で構成された単音交響曲を紹介し、これと表裏一体をなすモノクロームの美術作品や儀礼を伴う公開制作の映像を見ることができる。クラインはまた、火を用いた作品も多く制作した。「火」の章では、ガスバーナーで画面を焦がす彼の「火の絵画」とともに、イタリアのアルベルト・ブッリらの作品が展示されている。
色とりどりの作品が目に飛び込んでくるのは「色と空間」の章。クラインは色彩を「生き物」ととらえ、空間との関係性を探求し続けた。展示室は、彼が初期に手掛けた様々な色のモノクローム絵画と、彼同様の探求を行った具体出身の元永定正や画面を切り裂く絵画で知られるルーチョ・フォンタナの作品が一堂に会する。
未加工の顔料に色彩の生き生きとした自立性を見出したクラインは、青を「超次元的」だと特別視してIKBを開発し、特許も取得した。本展では、自然光に包まれた別室にIKBを敷き詰めたインスタレーションもあり、その純粋な色を堪能できる。
1958年にクラインがパリの画廊で開催した通称「空虚」展は、室内を真っ白に塗り上げ、空っぽのまま公開して賛否両論を巻き起こした。それに由来する「白と空虚」の展示室は、グループ・ゼロの作家たちや草間彌生、白髪富士子、今井祝雄らの白色が基調のモノクローム絵画を、クライン作品とともに展示。白の表現に新たな可能性を求めた時代の感性が伝わってくる。
本展に参加する4人の現代作家の作品もみどころだ。韓国出身のキムスージャ(1957年生まれ)は、四面ガラス張りの「光庭」をプリズムシートで包む《息づかい》を展示。館内に入り込む自然光が、虹色に変化しながら空間に流動性をもたらす本作は、感性に訴える体験を生み出そうとしたクラインと共通性を感じさせる。
イギリスのハルーン・ミルザ(1977年生まれ)の《青 111》は、青いLED光と音、水を湛えた構造体で構成したインスタレーション。展示室内のスピーカーから発生する音のバイブレーションにより、構造体の水面に波紋が生じ、非物質の見えない音が可視化される。ベルリンを拠点に活動するトマス・サラセーノ(1973年生まれ)は、クラインが1954年に起草したバレエからインスピレーションを得て昨年フランスのバレエ団が制作・上演した演目の背景映像と舞台美術を担当した。展示室では、クラインのモノクローム絵画や単音の交響曲を想起させる、その公演映像が鑑賞できる。
布施琳太郎(1994年生まれ)は、2020年からウェブサイトで展開中の展覧会「隔離式濃厚接触室」で取得したGoogleストリートビューの静止画像を用いた映像作品《あなたの窓が僕らの船になる》を出品。布施は「クラインが物理的なものを使い、非物質性や精神性にアプローチしようとしたとするなら、自分は逆に物理的でないオンラインの中に物質性をよみがえらせようとしている」と語った。
美術館建築と作品の出合いが生む空間性や、青く透き通った《スイミング・プール》(レアンドロ・エルリッヒ作)などの恒久展示作品にも目を向けたい。半世紀以上前、クラインや同時代の作家たちが追求した非物質性の探求と感性の開放。その創造性は、今も様々な場所に息づいているはずだ。