公開日:2023年2月5日

「マツモト建築芸術祭 2023」レポート。アート作品を通じて「名建築にしていく」芸術祭とは?

会期は2月26日まで。長野県松本市にて、19の名建築と17組のアーティストがコラボレーション

会場風景より、割烹 松本館で展示されている福井江太郎の作品

長野県松本市内を舞台に「マツモト建築芸術祭 2023」が開幕した。会期は2月26日まで。

マツモト建築芸術祭は昨年スタート。松本市に数多く残る名建築を会場にアート作品を展示することで、松本の新たな価値を生み出すことを目指して始動した。今年は19の建物に、17組のアーティストによる作品が並ぶ。

「名建築」と言っても、それは必ずしも高く評価された建物だけを指すわけではない。なかには、廃墟と化していた小さな店舗なども含まれている。会場の選定を行っているのは、本芸術祭ディレクターのおおうちおさむ。おおうちは開催2年目にあたって以下のように語った。

少なくとも、2回はやらないと街に価値をつけることができないと考えていた。開催を続けていくことで、より多様な作家を招致し、作品と松本の魅力との相乗効果を高めていきたい

単に評価の定まった「名建築」を利用するのではなく、芸術祭を通じて、市内の建造物を「名建築にしていく」こと。こうした創造的な試みは、昨年の初開催から想定されていたようだ。

上土シネマにて、「マツモト建築芸術祭 2023」関係者。右から8番目がディレクターのおおうちおさむ

昨年と比べると、会場や参加アーティストも大きく入れ替わった。以降では、芸術祭の総合案内所である上土シネマから出発して1周するかたちで、会場となる建築と作品について紹介していこう。

1917年に開業した「上土シネマ」は長く地元の人々に親しまれてきたが、2008年に閉館。以来、建物は放置状態だったが、芸術祭開催にあたり劇場として復活した。

同館では、映像作家の河合政之が松本の取材を通して制作した映像音楽作品が上映される。河合はキャリア初期の作品をリメイク。アナログの映像機材でノイズを増幅させるように構築した回路を用いて、松本市内で収集した音に色をつける実験的な作品だ。会期中には、河合がこうした機材を「楽器」とみなして即興演奏するライブパフォーマンスも予定されている。

会場風景より、上土シネマでの河合政之のパフォーマンス

上土シネマの入り口右手には、東京・恵比寿のアートブックショップ「POST」によるポップアップも。

「POST」ポップアップショップ

上土シネマのすぐ裏にある「割烹 松本館」は、1890年創業。建物は有形文化財にも指定されており、昨年に引き続き会場に選ばれた。彫刻家・太田南海が設計を、金子嶺挙が天井画を手がけた大広間にて、福井江太郎の作品が展示される。 福井は30年以上、ダチョウをモチーフに制作を続けてきた日本画家。豪華絢爛な大広間で見る、和紙に墨で描かれたダチョウの姿は、圧巻の迫力だ。

会場風景より、割烹 松本館で展示されている福井江太郎の作品
福井江太郎

「松本市役所本庁舎 展望台」では、中島崇《bane tree》が。悩みの種を意味する「bane」が冠された本作は、マンガのなかのキャラクターがモヤモヤしたときに描かれる線をイメージして制作された。とはいえ、中島は悩むことを「マイナスな状況を好転させ向き合う初手」だと考えているという。悩みにポジティブな可能性を見出すという中島の発想は、会場となる展望室の、見晴らしのよさと通底するものがあるだろう。市役所の裏手には、中島が展示を手がけている「かき船」も。かき船とは、かつて河川に船体をとどめて牡蠣料理を提供していた屋形船のことだ。

会場風景より、松本市役所本庁舎 展望台で展示されている中島崇《bane tree》

松本城を横目に、北へ少し歩くと、昨年有形文化財にも指定された大正時代の住宅「旧小穴家住宅」が。ここで展示されるのは、日常的な素材を組み合わせたカラフルなインスタレーションで知られる鬼頭健吾の作品。室内では円形のLEDライトをキャンバスに組み合わせた平面作品などを、他方でガレージでは半透明の電飾看板を用いたインスタレーションを見ることができる。

会場風景より、旧小穴家住宅で展示されている鬼頭健吾の作品
会場風景より、旧小穴家住宅で展示されている鬼頭健吾の作品

現在、耐震工事中の国宝・旧開智学校のすぐ横にある「旧司祭館」は、長野県内最古の西洋館。こちらも昨年に引き続き会場となった。2階建てで個室も多い同館を、岡本亮のアートブランドCALMAによる作品群が埋め尽くす。「未来の部族」をテーマに、バイクやスーツケース、狩猟のための道具、骨董や鉱物など、博物館のように様々なメディアを駆使した展示を通じて、人間中心的な世界観や、多様性の必要について問いかける。

会場風景より、旧司祭館でのCALMA by Ryo Okamoto「PEOPLE FROM THE EUTOPIA」
会場風景より、旧司祭館でのCALMA by Ryo Okamoto「PEOPLE FROM THE EUTOPIA」

松本城の方へ戻ってこよう。呉服卸商の池上喜作の邸宅のなかにあり、京都から専門の大工に工事を依頼したという「池上百竹亭 茶室」には、イギリス人アーティスト、ステファニー・クエールによる動物たちが潜む。「動物のあるべき姿」をテーマに据え制作するクエールは、イギリスの自然のなかで観察した動物たちを、茶室に配置。本来、人をもてなすための空間である茶室を、うさぎやねずみ、カラスなど動物だけの世界に様変わりさせた。

会場風景より、池上百竹亭 茶室でのステファニー・クエールの作品

松本城を通り過ぎ中心部へ向かうと、女鳥羽川にぶつかるだろう。川の手前にある六九商店街はかつて、アーケード街として賑わったエリア。今年、新たに会場となった。商店街内の「旧油三洋裁店」はボランティアによって清掃・修繕。ファッションブランドamachi.のアーカイブと、それらをスウェーデンの写真家ヨーガン・アクセルバルが撮影した写真が展示される。amachi.の服をまとい被写体となるのは、商店街で生活する人々だ。

会場風景より、旧油三洋三洋裁店で展示されているヨーガン・アクセルバル+amachi.の作品

同じく六九商店街の廃墟だった「旧高松屋商店」では、村松英俊の作品が展示。村松は、ヘッドフォンやスケートボードなどの既製品の一部を、削り出した石で置き換えた彫刻作品を制作している。

村松英俊による旧高松屋商店での展示風景 Photo by Kazumi Kiuchi

川を超え、中心部にある「信毎メディアガーデン」へ。同館は長野県出身の建築家・伊東豊雄が設計した、信濃毎日新聞の本社でもある複合施設だ。ここでは、昨年に引き続き参加している井村一登による、黒曜石を再生成した人工的な鉱物が並ぶ。

信毎メディアガーデンでの井村一登「loose reflection」展示風景 Photo by Kazumi Kiuchi

女鳥羽川沿いへ戻ろう。洋風のデザインを取り入れた「旧三松屋蔵座敷(はかり資料館)」で展示されるのは、オランダで結成されたデザインユニット、ドローグ・デザインのプロダクト。牛乳瓶を用いた電灯や、多数のランプを束ねたシャンデリアなど、既製品を利用するユーモラスなデザインが印象的だ。

会場風景より、旧三松屋蔵座敷で展示されているドローグ・デザインの作品

草間彌生のコレクションで知られる松本市美術館にほど近い「池上邸土蔵」は、明治時代に建てられた洋風の米蔵。マーケットを中心に、国内外で注目されている井田幸昌は、普段蔵に光が入らないことに着目し、ツクヨミをモチーフとした彫刻を制作した。

会場風景より、池上邸土蔵で展示されている井田幸昌《月読命》

再び女鳥羽川を超えると、有形文化財にも指定されている「かわかみ建築設計室」が見えてくる。もともと病院だったが、建築家が維持管理の問題で解体の相談を受けた際に自ら買い取り、現在は設計事務所として活用している。ここでは、本芸術祭のメインヴィジュアルを担当するMISSISSIPPIの平面作品が展示。コミック作家らしいユーモアあふれる絵画が、グラフィティのように配されている。

会場風景より、かわかみ建築設計室
会場風景より、かわかみ建築設計室で展示されているMISSISSIPPIの作品

後藤宙の作品が並ぶのは、かわかみ建築設計室のすぐ裏手にある「レストランヒカリヤ」。もともとは1887年に名門商家が建てた古民家で、2007年に飲食店としてリノベーションされた。こちらも有形文化財であり、昨年に引き続き会場となった。なまこ壁が目を引くフレンチの『ニシ』で展示される後藤の作品は、糸を用いて幾何学的な図像が描かれている。

会場風景より、レストランヒカリヤ
後藤宙とその展示作品

上土シネマと向かい合う、木造3階建ての「下町会館」は、もともと化粧品店として建てられたもの。ここでは、木を素材とする彫刻家、青木悠太朗の作品が公開される。青木が彫刻としてボリュームを与えるのは、主に滞在制作を行なっていたメキシコでの体験。滞在中に食事が合わず腹痛に悩まされた経験から着想した《Oasis=H》や「形として気になっている」というタコスをモチーフにした作品のほかに、松本に住む母の友人から毎年もらう贈り物にインスピレーションを得た彫刻などが並ぶ。

会場風景より、下町会館で展示されている青木悠太朗の作品

ほかにも市内のカフェでは飯沢耕太郎の作品が、松本市立博物館では広告写真家白鳥真太郎によるポスターが並ぶなど、「名建築」以外にも見どころがたくさんある。

松本市立博物館での展示ポスター Photo by Kazumi Kiuchi
飯沢耕太郎の作品が並ぶコーヒースタンド「ALPS COFFEE LAB」

飲食店や雑貨屋が多いなど、文化的な豊かさを感じさせる松本の市街地。展示会場のほとんどが、松本城から800メートル以内にあるため、会場をめぐりつつ、偶然見つけた路面店に入ってみるのも楽しいだろう。会期中には、ワークショップやパフォーマンスも多数予定されている。ぜひ足を運んでみてほしい。

浅見悠吾

浅見悠吾

1999年、千葉県生まれ。2021〜23年、Tokyo Art Beat エディトリアルインターン。東京工業大学大学院社会・人間科学コース在籍(伊藤亜紗研究室)。フランス・パリ在住。