東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで「未来のかけら 科学とデザインの実験室」が開催中だ。会期は3月29日~9月8日。展覧会ディレクターを務める山中俊治がこれまで手がけてきたプロジェクトを中心に、様々な研究者やクリエイターのコラボレーションによって生まれたデザインプロトタイプが展示される。
参加作家は、舘 知宏+荒牧 悠、稲見自在化身体プロジェクト+遠藤麻衣子、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE + Nature Architects、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)+山中俊治、東京大学DLX Design Lab +東京大学 池内与志穂研究室、nomena+郡司芽久、村松充(Takram)+ Dr. Muramatsu、山中研究室+今仙技術研究所・稲見自在化身体プロジェクト・臼井二美男・宇宙航空研究開発機構(JAXA)・岡部徹・河島則天・斉藤一哉・SPLINE DESIGN HUB・鉄道弘済会義肢装具サポートセンター・新野俊樹・Manfred Hild・吉川雅博。
展覧会ディレクターの山中によると、本展では「出会い」がひとつのキーワードとなっているという。内覧会では本展のコンセプトについて次のように語った。
「東京大学に着任したばかりのころ、そこには何に使えるかわからない最先端の技術が多く存在していました。しかし、様々な分野の研究者たちとの協働によって、それらは『未来のかけら』を感じさせるプロトタイプへと生まれ変わっていったのです。本展はそのような『出会い』を集めた展覧会であり、科学の面白さ・美しさを見て、触って、科学の未来を少しでも感じてほしいと思っています。」
展示室にはいった私たちを迎えるのは、なんと動物の大きな骨だった。この骨は、本展をきっかけに初めて出会った nomena+郡司芽久の《関節する》という作品だ。主に動物園で死亡した動物の解剖をしながら、生物の身体を分析する郡司の研究をもとにnomenaが作り出した、骨格模型が展示されている。
本作品では、この模型をパズルのように分解し、組み立て直すという体験もできる。私も実際にチャレンジしてみたが、ナマケモノやキリンの関節構造は思っている以上に複雑で、結局骨をバラバラにするだけで終わってしまった。この作品もそうだが、本展はとにかく「体験性」の高い作品が多い。実際に見て、さわって、楽しむという体験は、幼いころ博物館に行ったときのような、純粋で素朴な高揚感を思い起こさせてくれるようだ。
つづく展示室(ギャラリー1)でも、本展の「体験性」の高さは引き続き感じられる。展示室のなかに入ってすぐ、大きなスクリーンに映し出されているのは、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)+山中俊治が手がけた、機能性や生産性ではなく、最先端の美しい機械構造を基軸にしたロボットだ。
また、展示室中央に置かれた《Wonder Robot Projection》というデバイスを使うと、通常は非公開であるロボットの裏側や細かい機構部を見ることができる。ロボットやデザインスケッチはもちろんだが、このようなインスタレーション作品にもぜひ注目してみてほしい。
21_21 DESIGN SIGHTのなかでもっとも大きな展示室であるギャラリー2には、柔らかく光を反射する薄い金属の天板が並べられている。このなめらかな曲線美を持つ什器は、なんと亜鉛メッキ鋼板(いわゆるトタン)でできているというからおどろきだ。
展示室のいちばん手前の天板には、脳細胞との会話を試みるための方法についてのマインドマップが展示されている。こちらは、東京大学DLX Design Lab+東京大学 池内与志穂研究室のインスタレーション作品《Talking with Neurons》の記録をまとめたコーナーだ。
《Talking with Neurons》は、体外で培養された神経細胞に電気信号に変換したメッセージをおくると、細胞から受け答えがある(ように感じる)というインスタレーション作品だ。この培養された神経細胞は、果たして人間によって作り出された半生命的存在なのか、それともたんにシステムに組み込まれた機械にすぎないのか。本作品は、バイオエンジニアリングにおける、このような倫理的問題を提起する作品であるともいえる。
また、ギャラリー2の前半には、《場の彫刻》という、粒子の動きをもとに作られた村松充(Takram)+ Dr. Muramatsuのアクセサリー作品や、スチームストレッチ技術という、熱を加えて布を伸縮させる技法を使い、裁縫を極限まで減らして作られた、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE + Nature Architects によるブルゾンも展示されている。
別ブースには、村松の粒子を用いたデザインプロセスを可視化し、体験することができる《場の彫刻シミュレーター》や、A-POC ABLEのスチームストレッチ技術を用いたテキスタイルを実際にさわれるコーナーもあるので、こちらもぜひ体験してみてほしい。
多くの研究者やクリエイターたちと協働をおこなってきた本展ディレクターの山中。ギャラリー2の中盤では、山中の代表的な研究である「美しい義足プロジェクト」や、3Dプリント技術で作られた「生物機械」のプロトタイプをみることができる。
本展では、山中のデザインの原点であるスケッチにもぜひ注目してみてほしい。スケッチは、それを描いた者の視点を追体験できるものであると同時に、描く対象を分析する思考プロセスの形跡でもあると言われる。スケッチで描かれている角度から再度プロトタイプを見てみたり、ズームアップして描かれている部分を注意深く観察してみると、何か新しい発見があるかもしれない。
ギャラリー2の後半で展示されているのは稲見自在化身体プロジェクト《自由肢》と、稲見の研究に関連するプロジェクトの様子だ。稲見の自在化身体プロジェクトは、人間が物理/バーチャル空間でロボットや人工知能と「人機一体」となり、自己主体感を保ったまま自在に行動することの支援を目的としている。
もしかすると、読者の方のなかには画像下の着脱可能なロボットアームをつけて踊る女性を見て、稲見の名前を思い出す方もいるかもしれない。まるでアニメ作品『攻殻機動隊』や『PSYCO-PASS』の世界に登場するかのような稲見のプロトタイプからは、身体拡張が当たり前になる未来の接近を感じるとともに、未来の身体の在り方について、少し立ち止まって考えたくなるようなひやりとした感覚も与えられる。
また、奥の別室では稲見自在化身体プロジェクト+遠藤麻衣子による映像作品『自在』もあわせて展示されている。こちらは撮影禁止となっていたため、写真によるレポートはできないが、映像には研究者たちが設計・製作したロボットや、サイボーグ化した少年が登場し、それらが独特の緊張感をもって映像世界を展開する。こちらもぜひ自身の目でたしかめてほしい。
ギャラリー2の出口を抜け、解放感あふれるロビーに戻ってくると、窓側には舘 知宏+荒牧 悠の《座屈不安定性スタディ》が設置されている。荒牧が素材や部品と 「遊ぶ」ことによって発見した、それぞれの素材に特有のふるまいを、舘が理論的に分析することによってうまれた本作品。山中いわく「どちらも手遊び好き」なふたりの出会いもまた、彼が生み出したものであった。
たわんだ金属片が引き伸ばされ、微分不可能なねじれを生み出す様子は、瞑想的であり、金属そのものが身体をもって動いているような感覚にもなる。動物の骨格模型、培養された脳細胞、生物機械、身体拡張というテーマを前に見てきたからか、この「もの自体のふるまい」に着目した彫刻には、テクノロジーがうみだす、柔らかい/有機的な美の可能性を感じてしまうようだ。
先にも述べた通り、本展はさわることのできる作品が多く展示されている。ロビーに備え付けられた通称「さわれるコーナー」は、子供たちとの時間をすごしながら、美術館という場を楽しむのにうってつけのコーナーかもしれない。また、来場している子連れ客を観察してみると、テーブルの低さが3~5歳ぐらいの子供たちにとってちょうどよい高さになっている。これらもすべてデザインされたものなのだとしたら脱帽ものだ。
一見すると何かよくわからないプロトタイプも、それにどのような技術や研究がつまっているかを知ると、それが急に自分たちに身近なものであることに気が付ける。その意味ではまさに大人が訪れても、子どもが訪れても、それぞれが気が付くこと、面白いと思えることがある展覧会だといえるだろう。
開放的な本館の窓をとおして差し込む日の光を浴びながら、ゆるやかに未来の輪郭をなぞることのできる本展。ぜひあなたも足を運んでみてほしい。
井嶋 遼(編集部インターン)